第百十話「格」
ある日のブレイブ王国の冒険者ギルドの中。ギルド内の酒場は、平時は賑わっているが、夜もふけ、客はまばらになっている。
カウンター席で、ハザンが一人美味そうに酒を飲んでいた。
「おお、旦那」
イグサがハザンに声をかけ、隣に座る。
パーティーは、イグサ以外酒を飲むものが居ないため、ほかのメンバーはみな宿屋に戻っていた。
「まじずっと居るよな」
「ほっとけ」
ハザンは眼を合わせず、酒を呷った。
「なあ旦那。一つ質問があるんだが」
「なんだ」
「もし武器だけで戦うとしたら、このギルドの冒険者で誰が一番強いと思う?」
「魔法抜きってことか?」
「そうだ」
ハザンは酒場を見回す。ライノスが居ないかの確認だ。厄介な種族特性の話はすでにイグサから聞いている。
当のイグサが、ライノスがいるときにこんな話を振るわけがないが、念の為の確認だ。
「まあ、カルマイだろうな」
ハザンは言った。
「やっぱりか」
「ああ、あいつの剣の腕は確かだ」
イグサは頷いたあと、少し間を空けてから言った。
「旦那じゃないのか?」
あくまでも冗談というような感じで、さり気なく。
「馬鹿言え、俺はただの酔っ払いだよ。相手にならないだろ」
ハザンはそう答えると、再び酒を呷った。
「そうかい」
イグサは不満げに返事をする。
ふと、ハザンが杯の中の酒を見つめて黙った。
なにか考え事をしているようだった。少ししたあと、また口を開く。
「ただ、お前のとこのライノスとやるとしたら、少し微妙かもしれないな。剣だけで戦うなら、かなり相性の悪い相手だろ」
「へえ。まあ確かにそうだ。そうなると、最終的に旦那はライノスかい?」
「いやそれ込みでもカルマイだ。なんだかんだあいつは強いからな」
ハザンはそういったあと、ニヤニヤしながら後ろを振り返った。
「おいさっきから何見てんだよ。満更でもなさそうな顔しやがって」
ハザンとイグサがそんな話をしている間中、カルマイはその後ろを四、五回通り過ぎていた。
掲示板を見たり、飲み物を取りに行ったりしながら、ずっと聞き耳を立てていたのだ。
指摘されて、顔を赤く染める。
「知らん!」
ハザンの右肩を小突いて叫ぶと、酒場から走って出ていった。
「え、ちょっと肩パンされたんだけど」
ハザンは涙目で言った。
「恥ずかしがり屋なんすよ。女の子だから」
「ねえ、ちょっと結構青くなってるんだけど、エグいんだけど肩パンの威力。女の子のパンチ力じゃないんだけど」
***
カルマイはふと昔のことを思い出していた。なるほど、相性が悪いというのはこういうことか。
剣と槍。武器のリーチは相手の方が上で、練度も相当なもの。近づいて斬ったとしても、硬い鱗が刃を防ぎ、禄にダメージを与えられない。
右肩の傷がズキズキと痛む。血が流れて、肘から落ちる。さてどうしたものか。カルマイは一瞬だけ悩んだが、すぐに答えを出した。
剣を構えると、ライノスがそれを見て笑った。
「どうした?」
ずっと険しい表情をしていたライノスが突然、ほんの少しではあるが表情を崩したため、カルマイは尋ねた。
「いや、迷いのない、いい目をしている。やはりお前はいい剣士だ」
ライノスが言った。
カルマイは、「なんだ、もう辞めるか」と言おうとして、既のところでやめた。「いい剣士だ」と言ったライノスが、とても哀しい表情だったからだ。
もうどうしても戦うことをやめられない。それを自覚している表情だった。カルマイが停戦を呼びかけても、それはライノスにとってはもう、侮辱にしかならない。更に怒らせてしまうだけだろう。
戦うしかない。それを自分でも悟っている顔だった。だから言うのをやめた。この優しい、不器用な鱗人族と本気で戦う。
もしもその結果、ライノスの命を自分が奪うことになってしまったら、あのメイドを許すことは出来ないだろう。しかし、いまはそのことは考えまい。
剣を構える。相手を見据える。集中の海の中に没頭する。左肩の痛みと恐怖が消えた瞬間、戦いは決した。
槍を持ったライノスは、今度は最初から最後まで、カルマイの動きを追うことは出来なかった。突然眼の前から姿が消え、そして次の瞬間には倒れていた。
斬られたわけではない。カルマイはその膂力で持って、思い切り剣を叩きつけた。その一撃を受けた胴体は、斜めに受けた斬撃の形のまま凹んだ。
ライノスは最初痛みに耐えるように歯を食いしばったが、その口の端から一筋の血を垂らしたあと、意識を失い倒れ伏した。
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