アンチ異世界アンチ

airmokugyo

第1章 異世界アンチの旅立ち

第一話「転生の女神はなろう作家」

 太陽も月も空も地面も、朝も昼も夜も無い、何も無い白い空間は、女神の間と名付けられている。


 この場所に存在することを許されるのは、この世界の管理者である女神と、その女神が許可したものだけだ。


 今、女神の見つめる水晶の中には、一人の青年が映っている。


 金髪碧眼の青年の両脇には美少女がいて、それぞれ腕を絡めながら、性的に陶酔したような目で青年の顔を見つめていた。


 青年の腰には女神の授けた剣が佩かれていた。

 この剣を使い、青年はつい先ほど、その世界の魔王と呼ばれる存在を一撃で倒してきたばかりだ。

 

 魔王。一つの世界において極点に達したもの。その世界に存在する要素の組み合わせでは排除できないレベルの驚異をそう呼んでいた。


 自分の管理する世界の中で魔王が現れたときにそれを排除することは、女神の持つ重要な役割のうちの一つだ。ただ、管理者たる女神が、直接世界に干渉することは出来ないため、別の世界の死者の魂を呼び寄せ、能力を渡して魔王が現れた世界へ転移、ないし転生させて、代わりに討伐してきてもらう。

 今水晶に写っている青年がそれだ。


 青年の両隣でそれぞれ腕を絡ませる美少女の一人は、その魔王に抑圧されてきた村の娘。もう一人はその世界で最大の王国の王女だった。


 青年は魔王を倒したというのに、あまり得意げな顔はしない。さも当然というような様子で、美女二人の愛の告白を故意に受け流しながら歩いている。


 女神は、その様子を食い入るように見つめながら、ラップトップPCのキーボードを叩き、小説を書いていた。


 青年が降りた世界には、もうこれ以上の物語は発生しないだろう。


 物語の最後の一文を書き終えると、女神は透明の水晶に向かって優しく語りかけた。

「お疲れ様でした。お幸せに」


 液晶焼けを防ぐために買ったブルーライトカット眼鏡を外してPCの横に置くと、伸びをして、大きなあくびを一つする。


「女神様、はしたないですぞ」


 女神のすぐそばに立っていたオルファス天使長が言った。老人じみた言葉遣いだが、姿形は少年のようだった。女神と一緒に並ぶと姉弟にしか見えないが、実際には女神より三千年も年上だ。


「ああごめんなさい。でもいいでしょう。一仕事終えたあとなんだし」

 女神は天使長の小言を無視して、再度伸びをする。


「その、それは小説ですか」

 パソコンには、たった今女神がしたためた小説が映っている。


「そうよ。異世界に行った冒険者の記録をそのまま小説にして、webサイトに投稿してるの」


 天使長はやれやれとため息を吐いた。


「そんなことをしているから、無駄に疲れるのでは」

「趣味なのよ。小説出して、コミカライズされてアニメ化もされて、がっぽがっぽ儲けるのよ」

「儲けるって……。あなたお金なんて必要ないでしょう」

「一々うるさいわねえ。お金もだけど、自己承認欲求も満たしたいのよ」


 少年のような見た目の天使長は、ローブの内側から最新型のスマートフォンを取りだすと、女神が先ほど最終話を書き終えた『異世界チーレム勇者』のトップページを表示した。


「今のブクマ数じゃ無理でしょうな」

 20万文字投稿されたその小説は、ブックマーク数は50、総合ポイントは300ほどしか無かった。


 女神は(くそっ。こいつ地味に詳しい)と思いながらも、言い返した。


「これでもPV数はそこそこ稼いでるんだからね」


「まあこれだけ人気が出やすいテンプレ要素を詰め込んで、たくさん話数投稿してればそうでしょうね。しかし評価には繋がっていない」

 天使長は、急に神妙な顔つきになり、手を口に当てて内緒話のジェスチャーをした。


「なによ」


 転生の女神は天使長の口元に片耳を寄せる。

「底辺作家」


「泣かす」

 女神と天使長は意外と広い真っ白な空間の中で長い時間鬼ごっこをした。


 天使長を捕まえると、女神はマウントポジションを取って一時間ほど天使長の脇の下をくすぐりつづけ、天使長が「ごめんなさい」というと、ようやく手を離した。


「許します。二度と言わないでください。次は泣こうが喚こうが十時間くすぐりますからね」

 女神は微笑みながら言った。それは、天使長が泣こうが喚こうが一時間くすぐり続けた女神が言うと、とても説得力のある言葉だった。


 しかし負けず嫌いの天使長は言った。

「生涯底辺」

 女神と天使長は意外と広い(以下略)

 女神は十時間天使長をくすぐり続けたあと、言った。どちらもさすがに疲れて、肩でぜえぜえと息をしている。


「じゃあ一体全体、どうすれば人気出るのよ」

「人選、ですかね」

「? どういうことよ」

「女神様の執筆スタイルは、冒険者の行動をそのままトレースしているんでしょう。だったら、今までにないタイプの人を転生させたら面白いんじゃないですか」

「……なるほど」


 女神はラップトップPCの前に戻った。ブラウザを立ち上げ、小説投稿サイトのユーザーページを開く。

「まあなにはともあれ、最終話を更新しなくちゃね」


 女神が最終話を投稿してしばらくすると、さっそく一件の感想が投稿された。


 しかしそれはいわゆるアンチコメントというもので、異世界もの作品全般を否定するような内容だった。


『百万回読んだテンプレ。主人公がうざい。チートで強くなったのに調子乗りすぎ。ヒロインすぐに惚れすぎ。異世界民頭悪すぎ。ご都合主義』


「今までにないタイプ……」

 女神はレビューを読んでそうつぶやくと、にやりと笑った。


 それから、暫くのときがたった。


 天使長は、女神の間(例の何もない白い空間)に瞬間移動すると、慌てた様子で声を掛けた。

「女神様。悪い知らせが。例の異世界でまた魔王が現れそうです」


 声をかけられた女神は台座の水晶を見つめながら、天使の方を振り返りもせず、「なら、ちょうど良いわね」とつぶやいた。


「こっちは良い知らせがあるわ。候補者の一人の余命がもうすぐよ」


「女神様それは良い知らせなんですか」

 目を細めて女神を見つめる。


「何よ。あなたが『今までにないタイプ』って言ったんじゃない」


 天使長はため息をついた。

「いいですか。小説はあくまで趣味。あなたの本来の仕事は、世界を平和に保つことでしょう」


「あーあーあー聞こえないー。小説書くから静かにしてよね」

 女神は机の前に移動し、ブルーライトカットの眼鏡を掛けた。


「しかしまさか死因があれとはね。ふふふ。可哀想。でも小説のネタにはなるはね」

 女神は水晶を見つめながら、キーボードを叩き始める。


「……。まあ仕事もしてくれるならいいのですが」

 水晶には一人の中学生が映っていた。

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