第58話 作戦会議【EW-B-5】

 いくつかの砦や都市にある対竜用の大型砲で応戦を試みた。ベータ時代に造られ復元された巨砲だ。本来の性能を発揮できていないにしても、現在観測されている竜には致命傷を与えられると期待されている代物だった。だが、ダメージは与えられず、反撃で消滅。通常のギルド戦であれば領土拡大が狙いで攻撃は最低限にするが、アーセナル・バタフライにその様子はない。

 複数のギルドがゲームマスターに問い合わせたが、不正行為には該当しない、と簡潔な返答があっただけだ。プレイヤーが戦って倒せといっているのだ。


「あんな化け物をどうやって倒せと……!」


 誰かの叫びをきっかけに憤りと戸惑いが広がっていく。車椅子の小隊長がゆっくりと周囲の面々を見た。視線に気が付いた者は姿勢を正す。


「不正行為や著しくバランスを乱す場合、GMが介入する。そうやってゲームバランスを維持してきた。そんな連中が問題ないといっているんだ」


 動揺していた者たちが自身を注目しているのを確かめてから小隊長はいう。


「つまり、俺たちの手であれは倒せる」


 その言葉が怒りと戸惑いの波を打ち消す。落ち着いた頃合いを見計らって田辺がさらに続ける。


「アーセナル・バタフライは攻撃と防御の両方に優れている。だから、正面から撃ち合わなければいい。たとえば内側から破壊する、だ」

「内側にどうやって乗り込む?」


 小隊長の問いに田辺の代わりにエリスが答える。


『各映像記録を分析した結果、ハッチらしきものを複数確認した。現在、構造の解析を行っている』


 共有された画像には人の出入りが可能な大きさで四角く装甲が切られており、右側中央にはハンドルが見える。赤い丸に囲われ、ハンドルの下には文字が見える。注意、警告、緊急そんな意味だろう。非常用なら外部からの操作はできる。しばらく考えていたスグリが口を開いた。


「内部から破壊する作戦でいきましょう。敵機竜群を突破するステップ1、内部に侵入するステップ2、重要区画を破壊するステップ3、脱出するステップ4の4ステップ」

『不明瞭な要素が多いと判断する』

「ええ、だから、一つずつ明らかにしていきましょう。エリス、構造解析は任せたわ。小隊長と田辺の二人はステップ1の具体化をお願い」


 田辺は小隊長の乗る車椅子を押して、機竜を運用するギルドのグループに加わる。


「ステップ2の人選はどーすんだよ」


 エンケの空隙の副ギルドマスターであるへゲルがいった。


「私たち、冒険者の集まりだってこと忘れてないかしら?」

「ダンジョン探索はお手の物、か。まさか、前線にでるのか?」

「でたいのはやまやまだけれど、適任者を選ぶべきだわ」


 誰が指示したわけでもないのにいくつかの壁面ディスプレイに各ステップの狙いと課題が並べられ、それぞれに担当チームが割り振られている。作戦会議室がその名の通り、機能し始めた。



 壁一面に広がる大型ディスプレイにはアーセナル・バタフライの予想コースと被害状況が表示されている。予想コースは大中小の円で示されていた。台風の予報コースににている。損害の一覧には5つの砦と3つの都市の名前が並んでいた。予報の精度を上げるためには情報が必要不可欠だが、今求められているのはエーテル濃度だけではない。アーセナル・バタフライの目的、あるいは性質。気象観測系のギルドたちは、高空のエーテルと亜エーテルを観測するため、大陸全域でゾンデが打ち上げはじめた。エーテルと亜エーテルを消費してるのだから、それらを観測すれば性質が見えてくるはずだ。津村は祈るように端末を抱きしめる。



「ステップ2は外観から内部構造を推測して侵入位置を確定する必要があるな」

「しかし、未知の機体です。中に何があるかわかったものでは」

「あれがベータ時代に作られたというのなら、ベータ時代に作られたダンジョン攻略経験者が最適だ」

「各ダンジョンの踏破者リストを調べよう。トップにいるプレイヤーに連絡だ」

「機械化が進んでいるダンジョンの攻略情報にもヒントがあるんじゃないか?」

「ありそうだ。あと、ここ場所が悪いな。解析チーム、どこだー?」

「こっちー」

「移動しよう。テーブルごと」

「物理的に?」

「物理的に。いくぞ、せーの!」



「ステップ3、重要区画の破壊にはやはり、高性能な火薬か?」

「エーテル支配領域の内部も内部だ。使うなら物理的な手段に出るしかない」

「内部の強度もそれなりに高いとしたら、物理的な方法以外も考えたほうがいいんじゃないか」

「コントロールを乗っ取りコースをそらせる、とか」

「クラッキングが必要だな。いるのか、その手の専門は」

「その手の奴は表に名前を出さないのが問題だ」

「だから、裏からいく。蛇の道は蛇さ」



『脱出は乗り込むのに使った機体を使うのが確実か』

「ルート次第では現地調達もあり得るのでは?」

『機竜を搭載しているのだから、脱出艇の類もありそうだが操縦できるのか怪しいな』

「パラシュートで脱出するには周囲の気流の乱れが問題……」

『歩兵の空中輸送に長けているギルドから希望者やアイディアを募ろう』

「できるのか?」

『俺たち、敵対している陣営だってことを忘れてるだろ。こうやって通信できるんだ。呼びかければ誰かが答える』



「津村さん、ゾンデの計測データあがってきましたよ」


 動きを止めていた津村が振り返ると、仲間の観測員が端末を振っている。津村は目線をテーブルの天板と一体になったディスプレイに目を落とす。


「ありがとう。高高度から亜エーテルを引き込んで大気が渦巻いている……台風みたい……。上からの情報は見られる?」

「そういうと思って、すでに観測機をあげてます」

「大気圏外まで届いているなら、亜エーテルを求めてコースが決まることはない……自由に飛び回れる……」

「津村さん?」

「ごめん、考え込んでた」

「今の考え、すぐに共有しましょう」

「でも、考え途中で」

「いいから、チャットに投げちゃいましょう」


 いわれるまま、津村はチャットに思い付きである、と但し書きを付けて投稿した。すぐにビックリマークとナイス気づきのスタンプが押され、すぐに返事が届いた。アーセナル・バタフライが飛んでいる空域で雲が消えている。添付されていた写真は遠方からアーセナル・バタフライを捉えたもので、空の異変もしっかり写っていた。


「すごいレスポンスがいい。このすり鉢状に渦巻いている雲は、宇宙から亜エーテルが落ちてくるときのもの。ほぼ確定だけど、確証が欲しい」

「観測機の報告を待ちましょう。あと」

「あと?」

「ありがとうの返信、しましょう」

「え、あ、あ、そうだね」



 さらなる観測データと検証で盛り上がる気象観測グループを遠目にスグリは、アーセナル・バタフライの目的を考える。彼女の前のテーブルには立体映像で他のギルドの面々が表示されていた。テーブルの天板にはマップの現在位置が大写しになっていて、その上に今までわかったことなどのメモが散らかっている。


『一定の距離に近づくと迎撃すること。ベータ時代からある古い砦や都市を攻撃していること。この2点は確定だ』


 ギルド「ロッシュの限界」の「エプシロン」が言った。チャットで飛び交う情報を整理したり、内容の確認をしていたら、いつの間にか全体を知っている人になってしまったのだ。


『西海岸から上陸後、コースを北に変えた。海岸沿いにはベータ時代からの都市がいくつもある。いくつかある予想進路でもっとも支持されているのが沿岸部を一周、内陸に寄せて周回していく一筆書きルートだ。理由は2つ。宇宙から落下する亜エーテルをエーテルに変換できること、ベータ時代から存在する都市や砦を最短で破壊できることだ』


 マップの表示が変わる。大陸の中心を軸に大きく旋回しながら都市や砦を破壊していく。台風と評したものがいたが、その通りだ、大陸を呑み込む巨大な台風だとスグリは理解する。


「アーセナル・バタフライが一筆書きを終えるまでの予想は?」

『約1カ月だね』

「砦は防御、都市は交易、それぞれ重要な役割を持っている。1週間後には影響が出始めるわ」

「この混乱を狙って、というギルドもあるだろうな」


 へゲルの指摘にエプシロンは考える仕草を見せた。


『そこまで自棄になるものかな』

「今まであるものが破壊されて余白ができるの。好機という解釈はできるわ」

『EW内の経済は数年かけていろんなプレイヤーたちが作り出してきたんだろう? それを作り直すのも同じぐらい時間がかかるんじゃないか?」

「自分たちの都合のいいように作り直そうとして、失敗するんじゃないかしら」


 辛辣なスグリの物言いにへゲルとエプシロンは互いの目を見て小さなため息をついた。


『そういうギルドへの警戒はしているの?』

「各ギルド連合が牽制しているわ」

『ピンチはチャンスか。まったく』


 エプシロンは首を横に振って、


『先も話したけど、アーセナル・バタフライは惑星を包むエーテルの層に穴をあけて、宇宙から亜エーテルを吸い込んでいることがわかった。エーテル・リアクターが止まらない限り、無限にエーテルが使えるんだ』

「なんつーか、宇宙船っぽいな」


 とへゲル。


『それはいい観点だと思う。ベータ時代は今よりも技術が進んでいた噂には知ってる。宇宙に進出していてもおかしくはない』

「そうだとすれば、有人宇宙船だけど、あの型は実用化されてなかったはず……」


 ベータ時代は宇宙開発競争があった。新天地を目指す、と多くのプレイヤーが宇宙船を作り飛ばした。大型の宇宙船を作る計画が持ち上がったところで、当時の製造技術の根幹を支えていたエーテルの物質化技術に大きな問題が見つかり、計画は頓挫。ベータ版の終了とともにすべてが白紙になったはずだ。


「スグリ、漏れてるぞ」

「今の言葉は忘れてちょうだい」


 スグリのベータ時代の思い出話はなかったことにして、エプシロンは続ける。


『そもそも、アーセナル・バタフライはいつ作られたのか。設計と製造設備はベータ時代に終わっていたと考えられる。実際に作られたのはつい最近だ』

「数カ月前の異常地震ね」

『そう。天災は起こらないEWではまさに異常といえるあの地震は、アーセナル・バタフライの建造に必要な資源の採掘が原因だ。あの震域の中央でアーセナル・バタフライは完成、そして発進した』

「私がエッジファイターズ戦とそのあとの遺跡調査で、自動報復装置のスイッチを押してしまったのかしら?」

『自動報復装置、あるいは何らかの抑止力である可能性は高いというのが皆の意見だ。根拠は西の沿岸全域で所属不明の機竜との交戦事例があること。陣営は関係なくね』

「皆で押してしまった、と言いたいの?」

『結論を急ぐとはらしくないね、スグリ様』


 彼の知っているスグリは集まった情報から判断を即座に下す人物だ。しかし、あいまいな情報から自分を責めるような判断はしない。負い目を感じているのだろう。


『ギルド戦を大陸全体で続けている僕らを見て、宇宙にあがるべきではないと判断した仮説もある。今は検証する術はないけどね』

「ありがとう。胸のつかえがとれたわ」

「お前の胸のどこにつかえ――ぐわーっ」


 スグリの裏拳がへゲルの鳩尾にヒットした。このどつき漫才、風のうわさでは聞いていたけど、実在したのか、とエプシロンは感心する。


『このまま続けるよ、いいね。作戦はどのステップもかなり具体的になってる。指摘や提案を待っているよ、皆』

「任せるつもりでいたのだけれど」

『君の手腕に期待している人も多いんだ。敵陣営のギルド連合の長を見極めたいとかね』

「そう。なら、加減はいらないわね」


 獰猛な笑みを浮かべてスグリがステップ1のグループに向かうのをエプシロンとへゲルは見送った。


『いつもあんな調子なのかい?』

「あんな調子だよ、うちのギルマスは」

『なら、問題ないね』

「調子を取り戻したって意味ではな」

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