第2話 救出・断章【Depth 2】

 普段なら計器類の出す音や乗組員と乗客の会話で賑やかなコックピット内を静寂が包んでいる。予備バッテリーの消費を抑えるため、照明はもちろん、計器類もオフにしてあった。


「万事休すか」


 後部座席から危機感のない声が聞こえる。今回の潜航は海洋大学の教授である彼の希望だ。何度も潜ったコースで勝手は知っている場所で、トラブルがあっても解消できると思っていた。慢心ですね、とパイロットの近江 美汐はため息をついた。


「ええ。万事休すですよ、先生」

「機体の様子を確認したが、まさかコックピットだけになっているとは。相手は整備士かな」


 非常時には後部座席のコンソールにも状態が表示されるようになっている。それを見たのだろう。


「そのテクニックのおかげで、この船のAI……ブルースノーは無事です。相手は彼が活動するのに必要な箇所をきれいに持っていきました」

「相手の狙いは機体のAI、と考えられそうだが、一体何がしたいのやら」


 教授の声には危機感が全く感じられない。むしろ、楽しんでいるかのようにも感じられる。


「こうでもしないと、暗闇に負けそうなんだよ」

「御冗談を。さっきまで気持ちよさそうに眠っていたでしょうに」

「眠れるときは寝て体力を温存・回復させる。船乗りの基本だよ」

「なるほど、ある程度は慣れている、と」

「本職には負けるよ」


 いったん会話を切って、


「わずかに残った映像には巨大なイカが映っていた。しかし、イカにこのような芸当はできない」

「では、先生は何だと思うのですか」

「人だ」


 暗闇の中、振り返っても表情は見えない。


「根拠は?」

「人の性質を持ちながら、人の形ではない存在になる事例はある」

「それは都市伝説ではないのですか」

「私も冗談の類だと思っていたがあれを見て確信した、本物だ。救助に来る者たちに伝えなければ」


 手持ちの端末の光信号通信アプリを確認しながら、


「何をですか?」

「あの生物が何者であるかをさ。上で待機している若者は人助けで来るのだから、手荒なことをさせたくはない」


 ぴ、と送信音が聞こえた。手元の端末にメッセージ受信の通知、教授のレポートだ。


「それは同意見ですよ、先生」


 内容を確認し、振り向くと、端末のディスプレイに照らされた若い教授がサムズアップしている。まったく、タフな人だ。

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