第8話 ロマンチックもカッコよさも何もない告白
「さようなら、冴島さん」
「はい、さようなら」
学園の正門前で冴島が生徒に声を掛けられ、自身も帰ろうとしていた。
そのタイミングで、俺は学園に辿り着き帰り際の冴島に息切れのまま声を掛ける。
「さ……さえ、うぇ……はぁー、はぁー、冴島、さん!」
「え、小鳥遊君!? どうしたの、そんなに息を切らして」
冴島は物凄く汗を流し、息が上がった俺を見て心配の表情をみせる。そのまま、直ぐに駆け寄って来た。
「冴島さんに、用があって、来たんだけど、今、大丈夫?」
「私に? だ、大丈夫だけど……そんなに急いで来るまでの用事って何?」
俺はそこで大きくゆっくり深呼吸をして息を整えた。
「俺の今後に関わる事」
「?」
その後冴島の許可をもらい、学園から少し離れた小さな公園へと場所を移した。
公園には大きな桜の木が中心に立っているのが特徴である。
もう五月であったが、遅咲きの桜であったためかまだギリギリ桜が咲いていた。
時刻は十八時目前のためか、子供たちもおらず公園には俺と冴島だけであった。
「それで小鳥遊君。今後の君に関わる事で、私を呼び出した理由って何なの?」
「え、あ~それは」
いざ目の前にすると、告白の覚悟が揺らいだ。
だが、ここまでして逃げる訳に行かないと自分を鼓舞する。
俺は小さく咳払いしてから、懐かしのかブランコに触っている冴島に声を掛けた。
「冴島に、大切な話があってさ」
「大切な話? ……分かった」
冴島は俺の雰囲気から何かを察したのか、茶化さず視線を向ける。そして、桜の木の近くに立っている、俺の方へと戻って来てくれた。
その時点で俺の心臓は物凄い速さで鼓動していた。
今にも口から出てきそうな気分であった。
落ち着け、落ち着け俺! もう後は言うだけだなんだ。
冴島は俺の真正面に立ち、ただ何も言わずにじっと俺を見つめて来る。綺麗でくりっとした瞳に吸い込まれそうになる。
だが、俺は小さく息を吸って深呼吸し口火を切る。
「俺は、冴島麗奈に高校入学当初から一目ぼれしてました。お付き合いしてもらえませんか?」
拙く言葉足らずで、ロマンチックもカッコよさも何もない告白だった。
俺はそのまま目を瞑って冴島に右手を差し出した。
その時完全に俺の頭の中は真っ白になっていた。何を口にしたかさえも、覚えていない程にだった。
冴島の表情は見えない。
だが、たぶん困っている表情やまたかという呆れた表情をしているのだと思う。
何故なら、既に冴島には将来を誓った相手がいるのだから。
わざわざ相手を傷つけない様に断らなければいけないと思っているに違いない。
だけど俺にそんな必要はないんだよ冴島。
俺はそれを分かった上で告白してるんだ! だから、ばっさりと言ってくれ!
俺は目を更に強く瞑り、冴島からの分かりきった答えを待った。
すると冴島が微かに息を吸う感じが分かり、返事が来ると分かった次の瞬間だった。
「こんな私でよければ、よろしくお願いします」
冴島が俺の差し出した右手を握り返して来たのだ。
「そ、そうだよな。やっぱりむ――って、えっ! ええ!? ええーー!!」
何度も握り返された手と冴島の顔を交互に見返した。
「どうして貴方がそんなに驚いてるのよ、小鳥遊君」
冴島は俺の手を握りながら、恥ずかしそうに小さく笑う。
「いや、だって。え、えぇ本当に!? 夢? 夢だったりするのか?」
「夢じゃないよ。何言ってるのよ小鳥遊君。それとも、これを夢にしたいの?」
テンパる俺の姿を見て、冴島は手を離して声を出して笑う。
夢じゃない、現実。告白成功した……成功したんだ! そう言えば右手の数字。
俺はすぐさま右手の甲へと視線を向けた。そこには、刻まれていた数字が徐々に消え始めているのが確認出来た。
それから直ぐに完全に消え去ったのだ。
消えたって事は死なない。死なないんだよ、試練ってやつを乗り越えたって事だよな!
「やった……やったーー!」
「急に大声出すから、ビックリしたよ。そんなに嬉しかったの?」
「そりゃ嬉しいに決まってるだろ! あの冴島に告白して、オッケーしてもらったんだぞ? しかも片想いしてた相手に。こんな最高な出来事があって喜ばない奴はいないって!」
「そう」
冴島は少し恥ずかしそうに答えた。俺はそんな姿も「可愛いな~」と見惚れてしまう。
しかし、そこで忘れかけていた問題を思い出す。
冴島が以前口にした、将来を誓った相手の事である。俺はすぐさま冴島に訊ねる。
「何でそんな事知っているの?」
「え。い、いや~何か噂であってさ。だから、俺は断れるんじゃないかと思いつつ告白したんだよね」
「そうだったんだ」
「……もしかして、それってお」
「それ、嘘だよ」
「え、嘘?」
「うん。だってそう言った方が、また告白してこないでしょ。そう何度も告白されてもこっちの気持ちは変わらないし、断るのも気持ち的に辛いからつい、ね」
「なるほど。でも、どうして俺の告白はオッケーしてくれたんだ?」
すると冴島は俺にぐいっと近付いて来た。
「そんなの分かってるでしょ。それとも分かった上で、今彼女になった子に言わせようとしてる?」
「彼女……いや、普通に気になってさ。今までどんな人からの告白も断って来た、学園の高嶺の花だった冴島がどうして俺を選んでくれたのかなって」
直後、冴島はいきなりそっぽを向いてしまう。
「冴島?」
「……」
「お~い冴島? どうしたんだよ、急にそっぽ向いて」
「彼女になったのに冴島ってどうなの? 他人行儀ぽい。海原さんの事は、うみとかたま~に詩帆とか呼んだりするくせに。彼女は名前で言ってくれないの?」
な、何故それを。
確かにたまに本当にたま~にだけど、詩帆って呼んでたけど。人前では気を付けてるからバレてないと思ったんだが、どこで知ったんだ。
それよりも、もしかしなくて拗ねてたりするのか? 俺が名前で呼んでない事で?
そう考えたら、とてつもなく目の前の彼女が可愛く思え胸がキュッとなる。
「悪かったよ冴、じゃなくて……れ、麗奈」
俺は今まで詩帆以外の女子を名前で呼んだ事がなかった。そのため、女子の名前を口にした事がとてつもなく恥ずかしくボソッと言ってしまった。
「う~ん、聞こえなかったな~」
麗奈には聞こえているはずだったが、とぼけた様な顔で再要求して来た。
「だ、だから! 悪かったって……麗奈」
「ま~いいでしょう。及第点で許してあげましょう。祐樹君」
突然の名前呼びに俺は驚き、顔が赤くなってしまう。
その表情を見て麗奈は無邪気な顔をする。
「恥ずかしがるなんて可愛いな~祐樹君は」
「やめてくれ」
「顔を隠すのもいいね。耳も赤いよ」
「お願いだから、それ以上口にしないでくれ」
その後麗奈にいじられたり、俺がいじり返したりとした。
他人が見たらいちゃついてると思われるやり取りを続けた。
「そろそろ暗くなって来たし、帰ろっか」
「そうだな。遅くなったら両親も心配するだろうしな」
「へぇ~祐樹君って結構真面目だね~」
麗奈は覗き込む様な体勢をとる。
その時、ワイシャツの第一ボタンを麗奈は外していた為、鎖骨辺りが見えてしまう。自然と視線がそこへ行ってしまい、動揺が言葉に出てしまった。
「ど、どう言う意味だよ」
「も~分かってる癖に。祐樹君は女子にそういう事を、あえて言わせようとする性癖でもあるのかな?」
「いやいや、本当に分からないんだって。それにそんな性癖なんてないから」
「本当かな~。それじゃあ、さっきから祐樹君の視線はどこを見ているのかな?」
「えっ!? いや、ななな、何でもないぞ! 別に何も見てないぞ!」
俺が慌てて言い訳をしている途中で、麗奈が鎖骨辺りが露わになっている事に気付く。すると、すぐさま両手で隠して背を向けた。
その反応から麗奈は分かって見せていたのではないと理解する。
そして背を向けた状態で、麗奈は視線だけを俺へと向けて来た。
「……見た?」
「いや、何にも」
「本当に?」
「うん……いや、本当はちょっとだけ鎖骨辺りを見てました。すいませんでした!」
正直に白状し俺は麗奈に頭を下げる。
「他には?」
「他? いやいや、ちょっと鎖骨辺りを見ちゃった以外は何もないぞ! これは本当に!」
麗奈は小さく安堵の息をした。そのままワイシャツの第一ボタンをリボンで隠す。
背を向けたまま身なりを整え終えると、改めて俺の方へ身体を向けた。
「今回は特別に許してあげる。私も悪かったし。でも……そ、その……そういうのはもう少し仲を深めてから、ね」
少し赤らめた顔を麗奈は俯ける。
俺は何も言い返せず、ただ一度頷くだけしか出来なかった。
暫く沈黙の時間が続いた後、麗奈が沈黙を破った。
「それじゃ、また明日ね。祐樹君」
「あ、ああ。また明日。麗奈」
少し早歩きで麗奈は公園から出て行った。
俺は暫くほおけた顔をした後、改めてあの冴島麗奈が彼女になったんだと実感する。
「よぉぉっしゃぁぁーー! あっ、近所迷惑か。喜ぶのは帰ってからにするか。……うふふふふ」
俺は喜びが隠しきれず帰り道で、気持ち悪い笑い声を出していた。
すれ違う人に異様な視線を向けられたが、俺はその時そんな事など気にせずに歩き続ける。自宅へと辿り着き、走って自室へと入り再び大声をだして喜んだ。
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