なんか、めちゃくちゃ勘違いされてて草

 ていうか、やっぱり顔以外の見た目もイケメンになるには重要だよね。


 土まみれで髪の毛が全てヘルメットに仕舞われていて、だっさい迷彩服を着ているセクシャルを見ると、改めてそう感じた。


 普段はイケメンなはずなのに、一気に乞食みたいだもん。


「どうして君は、泥に塗れてまでこんなことをするんだい?」

「?……ああ、これか。この森の動物たちは気配や香りにすごく敏感でな。人間の臭いを隠すため、森の土を染み込ませた森色の服を着る必要があるんだ」


 顔を顰めて質問するコウセイに対して、セクシャルは至って普通の表情でそう回答した。


「いや、そうじゃなくて……」

「なんのために狩りをするのか。ってことでしょ? 私もおんなじ気持ちよ。趣味にしても、そんなに土まみれになって汚れて……ちょっと心配しちゃうわ」


 どうやらアクティもコウセイと同じことを思っていたようで、話を引き継いだ。


 確かに貴族目線からすると、趣味の一環としてこれはやりすぎなのだろう。


 そもそも、農作業でさえ貴族の彼らからすると本当にありえないことなのだ。


 1日に何度も体を清め、汗をかかないために短距離の移動でも馬車を使い、服は汚れたらすぐに破棄する。どこかの貴族家には、24時間ずっと屋敷を掃除するための人員が配置されているところもあるのだとか。


 基本的に彼ら貴族が汗をかき汚れるのは、性行為の時だけであると言ってもいいだろう。まあ、若い男などは剣術の訓練を行ったりもするが、それは例外だろう。


「狩りの目的……そうだな。あいつらに肉を食わせるためだ」

「え……?」

「それは……」


 それは、どういうことなのかを聞こうとしたのだろう。普通、公爵家くらい裕福な領地には、狩猟を行うハンターが過剰なほどに存在する。


 命の危険があり、技術が必要なその仕事に就く人間は大切にされ、ギルド制度などを用いて手厚く保証を受けられる場所もあるそうだ。


 しかし、ハラスメント領にはそういった制度がない。理由としては、存在する少数のハンターたちに仕事をさせるだけで、貴族や金持ち、平民達の食事は賄えるからである。


 そのためハンターを志すものは少ないが、食えないのは貧民や農民だけ。それら少数のためだけに時間と労力と金を使うほど、ハラスメント家の人間は優しくも賢くもなかった。


 たとえ農民が全員餓死しても、平民達に農作業をさせればいいとでも思っていたのではないだろうか。


 本当に、ハラスメント家は貴族としてはちょいワル程度だが、人間として、家族として見ると本当に嫌な人間達である。


「うちの領地に存在する動物や魔物達は、なぜか異常に強い。だから領地も未発達だし、あいつらみたいな貧しい奴らはまともに飯も食えないんだ」

「なるほど。だから、みんなあんなに細かったのか……」

「ああ。3時間おきのプロテインどころか、1日2食食べるのもキツいような状況だった。そんなんじゃ、筋肉はつかん」


 納得したような、呆然としたような表情の2人を見て、話が終わったと思ったのだろうか。


 じゃあ俺は行くぞ。と一言声をかけたセクシャルは、慣れた様子で蔓まみれの森の中をスイスイと進んで行った。


 セクシャルが消えた後の空間には、沈黙が広がっていた。そして、しばらく時間を置いてから、アクティが口を開く。


「……ねえ、あなたにも同じことができる?普通に生きてたら目にも入らないような人たちのために、服だけじゃなくて髪まで土まみれで、帰ってきたら、きっと血まみれで……。」

「悔しいけど、無理だね。……そもそも、今まで自分の領地の貧民のことなんて、考えたこともなかった。それにもし、仮に俺が食料問題を解決するなら、適当に人を雇って送り込んで終わりにしていたと思う」

「私だってそう。勉強して、領地経営についてわかった気でいたけど……全然違った。人を惹きつけるような領主になるなら、お金を使って解決するだけじゃダメなのね……」


 2人は、自らを危険に晒してまで食料を取りに行くセクシャルの姿を見て、何か思うことがあったようだ。


「でも、本当に情けないのは俺だよ。君たち2人はまだ6歳で、本当は領地のことなんか考えるような年じゃない。あそこまで大人びたセクくんですら、最近までなにも出来ていなかったと言っていたじゃないか」

「ううん、違うの。今思えばきっと、セクは昔からずっと領民のことを考えていたんだと思う」

「……聞かせてくれるかい?」

「うん……えっと、昔からね、セクはちょっと変な子だったの。性格もそうだけど、特に食事。公爵子息なのに質素なものばかり食べてたの。鳥の胸肉を茹でたものとか……そればっかり。なんでそんなの食べてるの?って聞くとね、力をつけるためだって言ったの」


 アクティは、昔を思い出しながら、少しずつ語った。


「じゃあ、どうして力をつけたいのか聞いても、はっきりと答えてくれなかったの。でも、確実に何か目的を持ってた。

 じゃないと、あんなに……何度も何度も筋肉がちぎれるまで自分を追い詰めて、その度に私に回復させて、そんな辛いこと、できるわけない……。」


 少しずつ感情的になり、声が震える。そして、こぼれ落ちた涙を隠すように手で顔を覆った。


「じゃあ、その目的っていうのが、領民を救うためだったんだね。そして、彼は今それを体現している。だからこそ、あそこまで領民たちに慕われているんだ。」

「セク……どうして、どうしてなにも相談してくれなかったの……。あんなに辛い想いをして、1人で抱え込んで……」

「ああ、彼は、本当に……」


 森の奥から、優しい風が吹いた。それはまるで、2人の感傷的な雰囲気を洗い流すかのような、温かい風だった……。




 ん? いやいやいや、まてまて。なんだかすごく都合よく解釈されているが、セクシャルの行動源は全て私欲である。


 トレーニングは楽しいから続けているだけだろうし、筋繊維がちぎれるまでトレーニングをするのは、アクティの回復能力を最大限利用するためだ。


 そして、農民たちを助けるのは……善意ももちろんあるが、例の思い込みによる自分のバルクアップのため。


 ちなみにだが、現在魔物と交戦中のセクシャルは、白目を剥いて気持ち良くなりながらハイオークに腹筋を殴られている。


 殴られて筋肉を強くする、空手とかそういう式の筋トレ方法を思い出し、やってみたくなったらしい。


「あ"ぁ"……これは、意外といいかも……」


 頼むから、誤解よ解けろ。こいつは、君たちが想像しているような聖人などではない。ただの変態である。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る