農作業という名の全身トレーニング
MAXを大幅に更新し上機嫌になったセクシャルは、最近20〜30分程度の有酸素運動も始めたらしい。
この20〜30分という時間設定にはもちろん理由があり、長時間の過度な有酸素運動は筋肉の分解を引き起こしてしまう原因になると考えられているからである。
現代の地球では筋トレ科学が発展し、新たな考えが生み出されているのかもしれないが、少なくともキン・ニクオの記憶の中ではその情報が最先端であった。
そのため、記憶通りのメニューを行なっているが、セクシャルの肉体は有能で様々な可能性を秘めているのも確か。
そのため、有酸素運動での筋分解や筋合成の阻害が全然起こらないという可能性もなきにしもあらず。
その場合はきっと、心肺機能の強化のためにランニングの時間や強度を高めることも十分考えられるだろう。
いつもはお家の中で能力で生成したランニングマシンを使い有酸素運動を行なっているセクシャルだが、気分転換だろうか。今日は珍しいことに領地を走り回っていた。
公爵家の子息が領地を走り回っているなど、普通に考えたらあり得ないことである。
しかし、見た目だけならば成人していると言われても違和感がないセクシャルならば、特に問題はないだろう。
服もセクシャルの自作の機能的に優れたランニングウェアであり、ぱっと見あまり価値があるようには見えない。
装飾品なども身に付けていないし、襲われる要素はほとんど皆無である。
もしも身元がバレたとしても、過去にセクシャルの兄弟や先祖たちが領地でやらかした実績が数多くあるようなので、触らぬ神に祟りなしと、セクシャル関わろうとする者もいないだろう。
しばらくランニングを続けていくと、足の速いセクシャルは貧民街の近くにある農耕地帯あたりまで到達していた。
一面畑や農作物しかないのでそこまで面白みのある光景ではないのだが、前世でも今世でもこうやって実際に農作業をしている人を見るのは初めてだったのだろうか。
セクシャルはランニングのスピードを少し落とし、珍し気に農民たちの作業を眺めていた。
そして、何をおもったのか、セクシャルは農民たちに近づいていく。
「俺にもそれをやらせてくれないか」
声をかけられた農民たちは、警戒心を宿した瞳でセクシャルを観察した。
あまりこの辺では見かけないような珍しい服装で、整った容姿と日焼けを知らなそうな白い肌。
普通、男ならば仕事に出ているような時間帯に1人でランニングをしているくらいの暇人なのだから、きっと商人や金持ちの息子なのだろうと推測したようだ。
金持ちの子供の癇癪に巻き込まれてはたまらないと、警戒心の強い農民や子連れの母親などはセクシャルから遠ざかっていく。
しかし、直接声をかけられた農民に限ってはそうはいかない。金持ちは大抵権力を持っていてかつ強引なものだ。無視などしてみようものなら、何をされるかわからない。
そして農民は、警戒した面持ちのまま口を開いた。
「……いいですけど、楽しいもんじゃありませんよ」
そして軽くやり方を教えてもらい、畑を耕していくセクシャル。耕すためのクワはもちろん、セクシャル特製のくそ重いクワである。
意外にも真面目に畑を耕す気がありそうなセクシャルに農民がクワを貸してくれようとしたのだが、器具を借りるのは悪いと断ったのだ。
普段からトレーニングを積んでいるだけあって、重いクワを使って軽々と畑を耕していく。
そしてセクシャルの農作業は、農民に止められるまで続いた。
どうやら、1時間程度だったのにもかかわらず、今日耕す予定のところの半分以上を1人で耕してしまったらしい。
「これは…….いいな。全身の連動性が必要な運動だし、低負荷で高回数かつ長時間の作業。遅筋繊維や心肺機能が鍛えられそうだ」
「は、はぁ……」
無言真顔で恐ろしい速度で畑を耕したかと思えば、意味のわからぬことを言うセクシャル困惑する農民。
「いい運動であった。邪魔したな」
「いえ……こちらとしても作業を行なっていただいて助かりましたので……」
最初こそ怪しくて警戒していたが、実際にセクシャルが役に立ったのは事実である。
農作業は立派な肉体労働だし、低い地面に対して作業をすることが多いので腰を痛めやすいのだ。
今日一日だけでも休めたことが嬉しかったのか、農民はセクシャルにお礼を言って頭を下げた。
「……ふむ。そうか。ならば、明日も来る」
どうやら、セクシャルは耕す作業を気に入ったようだった。
いいトレーニングになりそうだったが、流石に農民の仕事を邪魔する訳にはいかないと思っていたようだった。しかし、向こうからお礼を言われては話は別である。
流石に困惑する農民だったが、普通に助かるし、なにより既に決定事項のようだったので受け入れるしかない。やはり、金持ちに逆らうことはできないのだ。
お昼時になったので帰ろうとしたセクシャルだが、何かを見てピタリと体の動きを止めた。
「なあ、彼らが食べているのは白米だよな?」
「え? ええ、そうですが……」
どうやら、セクシャルは農民たちの食事に目をつけたようだ。
「中には何か具材が入っているのか? いや、それにしても少なすぎる……」
「中身ですか? 中身は入ってませんよ。昼にもオカズを食べられるほど裕福ではありませんので」
確かに、農民たちの食事量は少ないように見える。
成長期の子供だっているし、なにより彼らは肉体労働者である。それなのにもかかわらず、昼間がおにぎりが一つとは流石に少なすぎる。
健康な体を作る上での食事の大切さを見に染みて理解しているセクシャルからすれば、それはありえない光景だったようだ。
「具なし……だと……。た、タンパク質が足らぬ! 塩すらも振っていないのであれば、ミネラルも足らぬ。あれだけ汗をかく農作業を行っているというのに、飲み物も……ただの水だと……なんということだ」
セクシャルは1人しばらく思考を巡らせたあと、何かを決めたかのように顔を上げた。
「少し待っていろ! 俺がお前たちのバルク不足を解消してやる!」
そう叫んだセクシャルは、自慢の筋力を惜しみなく発揮し、ランニング後にあれだけの農作業を行ったとは思えないほどの俊敏な動きで屋敷がある方へと駆けて行った。
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