第14話 淡雪の恋は、大事件のはじまりに

 コルネリアの力によって呪いが解けたレオンハルトは、テレーゼとミハエルに何度も何度も身体を凝視されることになった。

 本当に呪いは消えたのか、とか、コルネリアは無事なのか、とか。

 それはもうしつこく二人に迫られ、二人とも戸惑いながらも心配してくれることを嬉しく思い、目を合わせて笑った。


 真っ先にクリスティーナに報告に行きたいと思ったが、間もなく隣国へ嫁ぐということで婚礼の準備で忙しかった。

 ゆえに、まずはここに、といった様子でコルネリアは足を運んだ──


「リュディーさんっ!」

「ずいぶん今日は表情が明るいですね」

「はいっ!」


 彼女はまわりに客が誰もいないかを確認すると、カウンターにいるリュディーのもとに駆け寄る。


「呪いは解けました」

「へ……?」

「レオンハルト様の呪い、無事に解けたんです」


 彼にとって意外な報告だったようで、入れていたコーヒーがカップから溢れている。

 コルネリアが彼の名を呼んで意識を取り戻させるまで、コーヒーは流れてゆき、そのままカウンターを汚していく。


「ごめんなさい、お仕事の邪魔をするつもりはなかったんです」

「いいえ、あなたのせいではありませんよ。私のミスです。詳しくお話を聞きたいので、良かったらカフェオレ飲みませんか」

「はい、喜んで!」


 リュディーはいつものようにCLOSEの看板を出すと、サイフォンを使ってコーヒーを入れていく。

 ミルクをあたためていき、カップで合わさればまろやかな色合いになる。

 最後にはちみつを少し垂らせば、彼女の最近のお気に入りであるカフェオレが出来上がる。


「聖女の力は、完全に戻ったのですね?」

「はい、私の心に原因がありました。でも、この力を守るために使いたいと思って、もう一度力を取り戻しました」

「そうでしたか。レオンハルトの様子は?」

「無事です。今日も王宮に向かわれました」

「ああ、王宮では王女殿下の婚礼の準備の真っ最中ですからね」


 そう言ったリュディーの言葉を聞いて、コルネリアはカフェオレのカップを置いてじーっと彼の目を見つめる。

 どうしたのかと問われた彼女は、前々から思っていたことをずばりと言ってみた。


「いいんですか、リュディーさんはそれで」

「はい……?」

「だって、好きなんでしょう? 王女殿下のこと」

「なっ!!」


 珍しく狼狽する彼を見て、自分の推測は正しかったのだと思った。

 おそらく彼女だけではない、クリスティーナも彼のことを想っているのではないかと感じているが、それはわざと言わない。

 急にわかりやすく焦り出し、カップを拭く手が早まる。


「このままだと、クリスティーナ様、結婚しちゃいますよ?」

「いや、俺は別にその……」


 素の彼になりかけているのか、焦っているからか、「俺」と呼んでしまっている彼を見て、少し微笑ましく思う。

 レオンハルトには比較的軽口を叩くが、コルネリアにはまだ遠慮しているところがあった。

 彼女自身、自分にも素の彼で接してほしいなと思っていたため、少し嬉しくなった。

 正直なところ、コルネリアだけではなくレオンハルトも二人の想いに気づいていたが、なかなか立場上首をツッコむこともできずにいる。


「コルネリア様、その……俺は、王女殿下には幸せになってほしいと思っています」

「ほらっ! やっぱり好きなんですね!?」

「いやっ!! 自分は確かにお慕いしておりますが、その……あまりにも身分が違いすぎますし。王女殿下は俺のことただの部下にしか……」

「リュディーさんっ!!!」

「はいっ!!」


 あまりのコルネリアの圧力に屈して肩をビクリとさせながら、返事をしてしまう。


「想いを伝えたらどうですか?」

「…………」


 そう促す彼女に対して、リュディーは諭すように言った。


「いいえ、あの方にはふさわしいお方がいます。隣国の第二王子との婚約も決まりました。その邪魔をすることは、自分自身で許せません」

「リュディーさん……」


(想いあっているのに……本当にいいの? こんなことで二人が会えなくなってしまって……)


 コルネリアは虚しい思いを抱えながら、カフェを後にした──



 帰り道の途中で、道の向こうから馬車が見えてきた。


(あれ……もしかしてあの馬車は確か、ヒュートン侯爵家のものじゃないかしら)


 そう思っていると、馬車はゆっくりと止まって窓から一人のご夫人が声をかけて挨拶をした。


「ヴァイス公爵夫人、ご無沙汰しております」

「まあ、やっぱりヒュートン侯爵夫人でしたか」


 侯爵夫人は馬車から降りると、挨拶をしてコルネリアの元にやってくる。

 話を聞くとどうやらコルネリアに用事があってヴァイス邸にいったらしいが、留守だったため引き返したとのことだった。


「それはご足労を……」

「いいえ、ですがお会いできてよかったですわ」

「何かございましたか?」

「実は、お茶会で噂を聞いた程度でしたので、定かかどうかわからず、ひとまず公爵夫人にと思いまして」

「ええ」


 そっと扇で隠すようにしながら、侯爵夫人はコルネリアに耳打ちをした。


「実は、隣国の王族が怪しい魔術師らを王宮に囲っているとの噂があるのです」

「え……!?」


 彼女が言うにはある令嬢が留学で隣国に訪れていた際に、第二王子と怪しい魔術師が共にいるのを見たとのこと。

 令嬢はこの国で少数しかいない魔術を使う一族の子孫であり、魔術の知識があった。


「彼女の見立てでは、黒魔術師の一族だったと」

「──っ!!」


 コルネリアの冷や汗は止まらなかった。

 黒魔術師の存在、そして彼らが王族と癒着していたとしたら?

 禁忌とされている黒魔術を扱うこと、そして黒魔術師と関わることは、この国でも隣国でも法に触れる。


(そんな……じゃあ、クリスティーナ様は……!)


 もしその噂が本当だとすれば、王女であり第二王子に嫁ぐクリスティーナの身が危なく、そして彼女が何かしらの事件に巻き込まれる可能性が高い。


「助かりました。この件は私が預からせていただきます」

「ええ、まずは公爵夫人のお耳と思いまして」


 コルネリアは丁寧にヒュートン侯爵夫人と別れを済ませると、急いでヴァイス邸へと戻る。


(急いでレオンハルト様に知らせないとっ!!)



 国を巻き込む大事件が、コルネリアたちに襲い掛かろうとしていた──

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