第19話 王宮へのご招待

 コルネリアとテレーゼが共にマナー習得を誓い合った日から、二人は二人三脚でマナーの勉強をしていた。

 テレーゼは子爵令嬢であり基礎ができてはいたものの、レオンハルトに掛け合ってメイドながらもマナー講師としての資格を得るために努力をして、見事資格取得をした。

 そんな彼女の教えは非常に厳しいもので、コルネリアは何度も何度も叱られる日々。


「コルネリア様っ! もっと背筋を伸ばしてくださいっ!」

「はいっ!」


 マナーを学ぶにつれて、コルネリアの性格も前向きになっていった。

 彼女は次第によく笑うようになり、そしてコミュニケーション能力も上がっていった。

 テレーゼの指導のおかげで、なんとか社交界パーティーに行けるだけの最低限のマナーを身に着けることに成功する。


 まだまだ10歳くらいの令嬢レベルの作法を中心とした勉強であり、それ以上のことはなんとか”知っている”程度でまずは認識して知識をいれるということにした。

 数日後に王宮での上位貴族のダンスパーティーが控えており、それにコルネリアも参加する予定になっていた。


 そして、それが彼女の社交界デビューとなる──




◇◆◇




 コルネリアとレオンハルトは馬車にしばし揺られて王宮へと向かう。

 さすがに緊張をしている表情を浮かべているコルネリアに、レオンハルトは優しく声をかける。


「コルネリア、僕もいるから安心して。何かあれば頼っていいし、基本的に傍にいるようにするから」

「ありがとうございます」


 傍にいてもらえる、ということが未知の世界に飛び込むコルネリアにとってどれほどの安心感があっただろうか。

 彼女は目を閉じてゆっくりと深呼吸をすると、胸の前に手を当てて祈るようにして自らに誓いを立てる。


(レオンハルト様のお役に立つ。ただ、それだけ)


 その思いだけで彼女はマナーを学び、そして今社交界へと足を踏み入れようとしている。

 彼女の覚悟に気づいたレオンハルトはそっと見守るように優しい瞳を向けた。


 馬車から降りた二人はダンスパーティーの会場へと向かっていく。

 王宮でのホールの入り口は大きな階段となっており、レオンハルトはコルネリアを気遣って手を差し出した。


「申し訳ございません」

「いいんだ、僕がエスコートしたいんだよ」


 その男らしく角ばっている大きな手に自分の手を添えると、そのままドレスの裾をもう片方の手で持ち、ゆっくりと階段を上っていく。

 階段の最上階に着くと、ホールの中が見渡せて、そしてその人の多さと華やかさにコルネリアは一瞬くらりとした。


「あら、レオンハルトっ!」


 なんとも可憐で美しく高い声で名を呼ばれたレオンハルトは、声のしたほうへと顔を向ける。

 コルネリアも同じように身体ごとそちらに向けると、なんとも可愛らしいひらっとした赤と白を基調としたドレスを身に纏った少女がいた。


「クリスティーナ」


 その名を聞いてコルネリアは思わず彼女のほうに向けてお辞儀をする。

 この国にいて彼女の存を知らぬ者はいないであろう。


 クリスティーナ──この国の王女であり、彼女の美貌と品の良さ、そして知識の豊富さは他国にも名が轟くほど評判がいい。

 テレーゼからレオンハルトとクリスティーナは少し年は離れているが幼馴染であり、仲がいいことも聞いていたので、すぐさま挨拶をする。


「あなたがコルネリア様?」

「はい、お初にお目にかかります」

「レオンハルトがいつもお世話になっております」

「やめろ、その言い方だとなんか僕が大変に難がある人間みたいじゃないか」

「あら? 泣き虫レオちゃんなんて言われていたのはどこの誰かしら?」

「昔の話だ、それはっ!!」


 なんとも軽口を叩く様子を見て、コルネリアは自然とふふっと笑みが零れてしまう。

 そんな彼女の姿を見て、言いあっていた二人も目を合わせて一瞬微笑んだ。


(もっとレオンハルト様のことを知りたい)


 そんな風に心の中で思いながら、コルネリアはクリスティーナに声をかける。


「お二人は幼馴染と聞きました。よかったら、お二人の小さな時の様子を聞かせていただけませんか?」

「ええ、いいわよ! あ、その前にもしよかったらコルネリアと親しみを込めて呼んでいいかしら?」

「もちろんでございます」

「あ、私のことはクリスティーナでいいから」

「そんなっ! 王女様をそのように軽々しく呼ぶことなど……」


 と、そこまで言って自分の夫がその軽々しく『クリスティーナ』と呼び捨てにしているという矛盾に気づき、口元を押さえてしまった、いった様子で少し俯く。

 レオンハルトは頭を掻きながら目を閉じて気まずそうにすると、クリスティーナは思わず笑ってしまう。


「ふふ、どちらでも結構よ。レオンハルトはもう兄みたいなものですから、呼び捨てでも王女でもなんでも呼び方は構わないわ。でも、ぜひ今度うちでお茶でもしたいわ!」

「わたくしで良ければぜひご一緒させていただきます」


 ドレスの裾を持ってちょこんとお辞儀をすると、クリスティーナは満足そうに笑って、次の挨拶へと向かった。


「クリスティーナも昔はお転婆だったけど、ほんとに最近は国を代表する王女の顔になってきたな」

「ええ、素晴らしい方だとお見受けしました」

「コルネリアと年は変わらないはずだから、よかったら仲良くしてやってほしい。手紙や伝言なら僕が王宮にいった時に伝えられるから」

「ありがとうございます」


 そんな風に言葉を交わしていると、レオンハルトの元にはどんどんと挨拶の波が押し寄せてくる。

 国の宰相やそのご子息、そして侯爵令息など、それはそれは様々な人々が彼のもとに挨拶にとやってきた。


 最初こそ彼の横で妻として同じく挨拶をしていたのだが、少し込み入った話をするようになってきたため、コルネリアは気を利かせて少し離れたところでパーティーを楽しむことにした。



 しばらくしてパーティーの空気感にも少し慣れてきた頃、1時間ぶりくらいに一人になっている様子のレオンハルトを見つけた。


(レオンハルト様っ!)


 レオンハルトを待つ間も他の令嬢や夫人たちから挨拶を受けており、その対応で少し気疲れをしたコルネリアは夫のもとに行こうとする。

 しかし、彼のもとにたどり着く少し前に彼に近づく美しい女性がいた。


(ご挨拶かしら?)


 そんな風に見守っていたコルネリアだったが、二人の距離が他の皆よりも近い事に気づく。


(誰なんでしょうか、あの方は。それにこのざわつきは何?)


 コルネリアの心の奥に眠っていたドロドロとした感情がうごめき出した瞬間だった──

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