第5話 勇の過去
目覚ましの音で、奈菜は目を覚ました。
奈菜は何もいないことを確認をしながら起きた。
(何も、いないわよね)
ため息をはき、床に落ちているカメラを拾い、カードを取り出して、元に入っていたカードを入れた。
身支度も整え、あとは食事を運んでくる執事を待つだけだ。
ベットに座り、後ろを見ないで目を瞑っていた。昨日の動画のことを思い出してしまい、体が震える。
(あと3日よ。3日だけ耐えれば良いのよ)
奈菜は心の言い聞かせていると、扉が叩かれる音が聞こえた。
扉の前に行き、開けるといつものように執事が立っていた。
「おはようございます。奈菜さん、朝食をお持ちいたしました」
「ありがとうございます」
奈菜は心配されないように作り笑顔を見せながらティーカートを受け取って、扉を
閉めた。
朝食も食べ終え、ティーカートを廊下に出し、歯磨きを終えるとまたベットに座って目を瞑った。
今は何も見たくもない。あの黒い物体がここにいるとしたら恐怖が沸いてくる。
奈菜は頭の中で好きな曲を永遠と響かせていた。
すると、呼び鈴が鳴り響き、奈菜はいつものように駆け足で書斎に向かった。
扉を3回叩き、声を掛けながら書斎の中に入って行った。
「おはようございます、勇さん」
「おはよう、奈菜さん」
「あの、カメラありがとうございました。先ほど確認を致しましたが、昨日と同じく何も変化などは御座いませんでした」
奈菜はカメラを渡して言った。
「そうか。何も変化無しで良かった。じゃあ、仕事の内容を説明するね」
「はい」
「えーとね、今日の仕事は、お花に水やりでしょ。それからポストの中に入っている手紙を回収する事と、部屋の掃除だけかな? 他にやって欲しい事があったら呼び鈴を鳴らすね」
勇はそう言うと、タンス中からマッチを取り出して奈菜に渡した。
「はい、かしこまりました。それでは失礼します」
奈菜は頭を下げ、書斎を出ると外に向かった。いつものように外は寒く、白い息が出てくる。
倉庫から箒とちりを取り、花畑の周りにある枯葉を集めた。枯葉を集めながらも、思わず屋敷を眺めた。
わかったことは、今までの手書きなどはそのような体験をしたから書いたもので、次にくる家政婦を早めに退去させる為にいくつか残したものだと言う事が分かったが、まだ疑問が残っている。
(3階にあった紙、一体誰が置いたの?)
執事だと最初は思ったものの、奈菜が3階のことを調べているなんて知らないし、明や勇だってそのことを知らないはずだ。
(なんで私が、四つ目の部屋を調べようとしたことを知っているんだ)
あの黒い影が奈菜に伝えたのだろうか。けど、何のために教えたのだ。
奈菜は考えるほどよくわからなくなり、掃除を再び始めた。
枯葉を集め終え、焼却炉に捨てて火を付けたマッチ棒を入れた。
倉庫に箒とちりを置き、ポストを確認をすると新聞紙だけが入っていた。
取り出し、屋敷の中に入って勇に届けた。
「勇さん、新聞です」
「はい、ありがと」
勇は笑顔で受け通って、書斎の扉を閉めた。
奈菜は掃除機と雑巾を手に取り、廊下の窓に床、部屋などを丁寧に掃除をした。だが、いつものように気分を高鳴らせながらやるのは出来なかった。昨日の動画で映っていた物が頭から離れないからだ。
いつもなら期限まで、今日も頑張れと心の中で唱えてやるがが、今では今日も早く1日が終わりますようにと、恐怖を感じながら掃除をやっていると、後ろから肩を叩かれた。
反射的に振り返ると、執事が立っていた。
「どうしたんですか? 奈菜さん。なんか怖がっていませんか?」
「いっ、いえ。ちょっとまた怖い夢をまた」
「はぁ、大丈夫ですか?」
「はっ、はい。大丈夫です」
奈菜は作り笑顔で言うと、執事は「では、頑張ってください」と言って、その場を離れていった。
1人になると、大きく息をはいた。
(早く終わらせよ)
奈菜は心の中で言い聞かせると、掃除を始めた。
掃除を終えた奈菜は、道具を部屋に戻し、この後どうしようかと考えた。
(自分の部屋や、図書室に行くのだって嫌だし、あっ、だったら外に行けば良いんだわ。外だと変なことはあまり起こらないし。それから、本も読もう)
奈菜はそうしようと考え、書斎の中にいる勇に外に出ると声を掛けた。
「わかった。気よ付けてね」
勇の声を聞き、奈菜は部屋に行き、執事から借りた読みかけの本を手に取り、外に出た。
外に出ると、冷たい風が頬を触った。
(寒い)
本当なら屋敷の中で読みたいところだが、あんな映像を見て、そのまま屋敷の中で読むなんて出来るはずがない。我慢をしながら手で頬を擦り、階段に座って本を読み始めた。
20××年 8月7日 年を超えて7か月が立った。久々に日記を書いたと思う。家政婦は雇わない様にしていると、月に一度、いつの間にか悪魔が家政婦を寄こしてくる。月に一度、家政婦は二週間とされて泊りに来る。悪魔には十字架や聖水が効くと言われたため、帰って行く家政婦には必ず渡したが、効果が無しだ。あいつらは、そんなことをしても無駄だと嘲笑った。例え殺されたとしても、悪魔が仲間を使って相手の記憶を改ざんをする。だから出来るだけ、屋敷の中に暗号を残した。あいつらが、分かりにくそうな暗号を何個か残してやった。これを見て、恐怖を感じた家政婦は私の屋敷から去ることは間違い無しだ。けれど、何かに感じて、居たものが居れば悪魔は憑りついて自殺に見せかけて殺す。早めに対処を行なわれなければ。早く、早くしなければまた誰かが死ぬ。
(証拠隠滅、何事もなかったようにするなんて、悪魔ってこんなこともできるのかな。いや、何せ昔から伝わるものだからきっと、
奈菜はページをめくった。
20××年 9月7日。また家政婦がやってきた。2週間お世話になると、出来れば屋敷のことを話したいが、目の前に彼がいる。性格が変わり、鋭い目つきと化したあいつが壁に立って見張っている。見えなくても分かる。恨みのこもった目が私を見続けている。眠っている時も同じく、部屋全体を埋め尽くすような視線が集まっている。そして、恨み言をぶつぶつと呟いてきている。私は枕で耳を塞いだ。塞いでも声が聞こえてくる。あぁ、何故私は前の執事たちに酷いことをして来たのだろう。今も、その罪を考えるばかりの毎日である。
20××年 9月12日 今月の家政婦は遠い親戚が亡くなったと言う事で早めに帰って行った。嘘も見えないため、きっと私の暗号やこの屋敷にいる奴には気付いていないだろう。あいつらも、今回は見逃してくれた。今月は死人が出なくて助かった。
20××年 10月9日 もう1人の家政婦が来た。その人はとても自然が好きで、よく街に出かけ、カメラやレコーダーで撮ったり、録画などをしていた。そして何よりもクイズが好きな子だった。きっとこの子なら、すぐにこの屋敷の中にある暗号やお風呂の壁に入れている紙や他の奴を見つけ出すかもしれない。
20××年 10月16日 家政婦は顔を蒼白くして早めに止めていくと言った。きっとこの屋敷の中にいる者に気付いたのだろう。勿論執事が扉の向こうで立っていることが分かる。理由を一応聞くと、変な物音、不気味な物体を目撃をしたと前の家政婦、執事が言っていることが同じだった。同意をした。すると、その子はあいつらの弱点は直接の光と火だと。そして、あなたが呼んだのは悪魔より、最も恐ろしい物を呼んだんですと言い残して、屋敷を去っていった。けれど、抵抗をすればするほど体力が失われていく。これもあいつらの力だ。
奈菜は本の文字を見て、ふと違和感を感じた。
(ボイスレコーダーと置き場所なんか同じだよな。まさか)
奈菜はもう1度本を読み返した。
お風呂の壁の中に入っている紙、暗号、どれもが自分が体験をしたことが同じだった。
(そんなはずは、だってこれは本のはず。人が考えた物語でフィクション)
奈菜は本を見つめていると、玄関の方から叩かれる音が聞こえて頭をあげた。
「宅配便でーす」
「あっ、はい。お待ちください」
奈菜は屋敷の中に戻り、印鑑を持って玄関に駆け寄った。
宅配便の横には、大きめな箱には赤いテープが貼られている。それは家政婦宛てだと言う事が分かる。
奈菜は尚子に何か送るような物があれば箱に赤いテープを貼っておくと言われたのだ。そのもう一つは勇宛てだと言う事がわかった。
ハンコを押し、宅配便が去ると奈菜は箱を抱えて屋敷の中に入った。
印鑑を元の場所に戻し、書斎の方に向かって「郵便です」と声を掛けた。
「あー、横の机の上に置いといてくれ」
勇の言葉に奈菜が机の上に手紙を置き、自分用の箱を抱えて部屋に戻った。
ベットの上に置き、ガムテープを取り外して中身を見た。
「何、これ?」
中に入っているの昔の家政婦に関する書類とメモ用紙に貼り付けた少しだけ厚みのある書類と尚子宛ての手紙だけが入っていた。
奈菜はすぐに手紙を取り出し、読んでみることにした。
“奈菜へ。今も屋敷を恐れているかもしれませんが、その予感は的中をしています。あなたに頼まれて調べた私も恐怖を感じました。
調べてみると、その屋敷に行き、帰って数日が経つとほとんどの家政婦は原因不明の死に方や病気で死んでいることが分かりました。こんなことが続いているなら一切その屋敷に行かせないはずです。ですが、部長は何故だかそんなことをなぜだか知らなかったしいです。部長もこの件に関してはとても後悔をしているわ。すぐに部長は中断の電話をしましたが、何回も掛けても一向に繋がれなく、タクシー会社にも連絡をしてお迎えさせようとしたんですが担当者が不良な事故に遭ってしまい、他の人頼もうと思ったのですが不自然な事故などで数々起こってしまい、タクシー会社は一時休止となってしまい、この様な形になってしまいました。だからお早めに辞退をさせたい紙と、そのことを勇さんにも送りました。きっと同意をしてくれるに違いありません。なので、一刻も早くその屋敷から出てきてください。そして一様お祓いなどをしましょう。そうすれば、気持ちだって収まるかもしれません。もし、メールが送れる状況になったらすぐにメールをお願いします。
尚子より
尚子の手書きに、奈菜はどうゆうことと、困惑をした。
(固定電話なら電線が切れたりしなければ、出来るはずなのに。それに勇さんだって、会社から電話が来たら必ず出してくれるはずだけどその電話もない。それならなんで)
奈菜は手紙を置き、廊下にある固定電話に向かった。ダイヤルを回し、耳に当てたが何も聞こえない。
(どうして? 普通なら)
奈菜はふと下を見ると、差し込んでいるコンセントがゆらゆらと小さく揺れていた。掴んでみると、固定電話に繋がれている線が誰かにちぎれていた。
奈菜は電線を放り投げ、部屋に入った。
(電線が切れているってことは、あの黒い奴が私を帰さないように)
奈菜はそう思い、目の前にある段ボールを見た。
すぐに近づき、段ボールの中に入っている書類を引っ張り出して見てみると、コピーされた新聞には死亡と書かれていた。
尚子が分かりやすくマーカーでしるしを付けてくれたのを見た。
不自然な死! と書かれた横には死んだ人の顔写真と名前が書かれていた。
「前田花、この人の名前。あの手紙に書かれていた」
奈菜は文字にも目を通した。
内容は、現場には何処にも押しつぶす機能がないのに、全身は複雑骨折に内臓が破裂となっていた。
他のコピー用紙も確認をした。
事故は別々となっているが、不自然な死因は全て全身複雑骨折と心臓破裂で死亡と書かれていた。
(こんなのが同じような内容がほとんど毎月1回はあったら普通に記者達は何か調べるはずなのに、そんなネットニュースと記事なんてないし、えっ)
奈菜は何かに感ずくと、全身の震えが止まらなかった。気が付くと段ボールに自分が持ってきた荷物を全て詰め込んでいた。
(もし、今までのことが本当だったら、あの本の通りだったら、私が読んでいた主人公って)
すると、扉の叩かれる音と共に扉が開いた。
振り向くと、勇だった。
「奈菜さん、少しお話が」
勇が言いかけると、周りの光景と奈菜の顔色に荷物を詰め込んでいる姿に、疑問を浮かべながらも、ベットの横にある新聞のコピーの紙を見て何かを察したのか少し悲しそうな顔をした。
「いっ、勇さん」
奈菜は勇の顔を見て、思わず半泣きかのような声を出してしまった。
「その表情だと、し、えっ」
勇は書類などが入っていた段ボールの横に置いてある黒い本に目を移すと、表情が変わり、駆け寄って片手で奈菜の肩を掴んだ。
「奈菜さん! この、この日記帳をどうしたんだい!」
勇は叫びながら黒い本を指差した。あまりのことと、勇の顔は蒼白くして目を見開いた。奈菜は勇の変わり姿に言葉が発せなかった。
「どうしたんだ! 早く言いなさい!」
「しっ、執事さんから借りました。おっ、面白いとおすすめしてくださったので」
奈菜はやっとの思いで言うと、勇は息を荒くしながらも黒い本を取って扉を開けると叫び出した。
「おい! 影夫! お前も奈菜さんのことを狙っているのか? それともあいつからの命令か! 今までのしている行動は許すがこんなことわしは一切許さない!」
勇の聞いたことが無い怒りの叫びに、奈菜はただ立ち尽くすしかなかった。
「……勇さん」
奈菜の声に、勇は「あぁ」と息をはいて後ろ姿で話し出した。
「荷物をまとめて、私の書斎に来なさい。忘れ物がないように」
そう言い、黒い本を抱えたままその場を去った。
奈菜は荷物を全て段ボールの中に入れ、書類も全て入れ、台車に固定をさせた。リュックの中に多少の荷物を入れ、書斎の方に向かった。
扉を叩き、声を掛けるいつ物ように勇の声が聞こえた。
「いいよ」
前とは違い、声のトーンが落ちているのが分かる。
入ると、勇はソファに座り、あの本を自分の目の前に置いていた。
「さぁ、荷物を置いて座りなさい」
奈菜は荷物を横に置き、ソファに座った。
「君は一体どこまでを調べているかを教えて欲しい。全てだよ。全て」
「はい」
奈菜は勇の言葉に決心をし、これまでのことをすべて話した。3階に行って見たこと。部屋を調べたことを全て言った。
探して見つけたものを、机の上に置いた。
全てを話し終えると、勇は「そうか」と顔を暗くした。
「まさか前の家政婦さんがこのようなものを撮っていたとはな。驚きだよ。これを見つけたってことは、あの時のカメラもその確認のためか?」
勇の言葉に奈菜は頷いた。
「そうか。それで、見たんだね。このカメラであいつの姿」
勇のあいつと言いながら渡したカメラをなぞった。
奈菜は勇の言葉に動画に映っていた物だとすぐに察した。
「はい、あの。あれは一体何ですか? まさか、あれが本に書かれていた契約をしたものなんですか?」
奈菜はそうゆうと、勇は言った。
「あぁ、そうだ。君の言った通り、あれは私が契約をした奴だ」
勇はそう言うと、大きくため息を付き、そばに置いてあった本を握って過去の話を語り出した。
「この日記を読んだ通り、私は正真正銘の最低なクズ人間だったんだ。前の私は金しか信用をしていなかった。周りの人間はゴミのような存在、殴ったり、暴言をはいたりなどをしてきたさ。特に、今さっきに名前を呼んだ奴が酷かった。ストレス発散道具としてきたさ。毎日あいつは殴られながらも私を睨み続けていた。当時の私にはどうってことは無かったが、今の私にとっては恐怖だ。あの鋭い目つきが毎日私を見つめてくる。あの時、妻の忠告を聞いていれば、そしてもっと人を大切にすればと、私は心底後悔をしたよ」
勇は髪を掴んで首を前に曲げた。
奈菜は目の前の勇の姿が後悔に包まれた罪人に見えた。
「明さんと私が見た女の人って、人間なんですよね?」
奈菜は言うと、勇は重い口を開いた。
「君が見た明、そして女は、私が自殺に追い込んでしまった人」
勇の言葉に奈菜は言葉を失いかけた。
「君が拾ったこのイヤリングの持ち主は、私が妻に隠れて通っていたキャバ嬢の子で、主に愛人になった子だ。それで一線を越えた後に、子供が出来たと言うことを知って、産んでもいいが2度とかかわらないでくれって言って大金を渡した。後から、その子は本気で私を愛していたことを知った。私からの身勝手な別れ、そして愛していた人からの別れに彼女は絶望し、まだお腹に赤子を抱えたまま自殺をした。そして明、コックは散々私が貶めてきたやつ。あいつは私のところを辞めた後に自分で店を建てた。その話を聞いた私は」
「何をしたんですか?」
奈菜は胸糞悪い気持ちを抑えながら質問した。
「私は、その店の嘘の情報を流した。おかげで、あいつの店はどんどん傾き、借金が残った。あいつは自分の保険金で返すために、自殺をした」
勇の話に奈菜は目の前が真っ暗になりかけた。
今まで優しかった勇の過去がここまで最低だなんて思いもしなかった。
「あの時の私は、そんなこと何んて罪悪感だなんてなんもなく、ただ死んだんだなって思ってただけ。でも、今は違う。今の私は毎日罪悪感と闘いながら生きている」
勇は自分の拳を握った。
「……じゃあ、私が今まで会っていた明さんって」
奈菜は震えた声で言うと、勇はあぁと言った。
「君があったのは正真正銘のあいつの幽霊だ。死んでから俺の家に居座るようになった。いつもいつも、色んな薬品が入った食事をしてきた」
「色んな薬品?」
奈菜は疑問を口にした。
「あぁ、家政婦にはしっかりとした食事にしてくれって私から頼んでいるから、君には何にも害はない。だが、不死身の私は様々な薬品が入ったスープを飲まされているんだ。もぉ、不味くてたまらないんだ。あれは」
勇の言葉に、奈菜は吐き気を覚えてしまった。
「そんな、じゃあずっとあの食事を」
「うん。もぉ、何回食べたのだが忘れたよ」
苦笑いで勇は言った。
「ちなみになんですが、あの日記は」
「あれはあの日記は私が誕生日の時に妻からもらったものだ。その時に始めてな、中々のデザインと書きやすさが良いもんだっらからさ」
勇は微笑んで言うと、再び黙り込んだ。
「あの、他の執事やメイドさん達はどうしたんですか? 妻が亡くなってから」
「えっ。あぁ、残りの人達はいろいろな理由を付けて止めさせて、他の所に移してもらったさ。あいつらにはとても悪いことをしたから私なりの情けをかけたんだ」
勇はそう言うと、横に置いてあったペットボトルの水を一口飲み、顔を奈菜に向けた。
「それから奈菜さん。君は私の顔色が悪いと見えるかね?」
「えっ、はい。少しだけ見えますけど、でもそれはただ今の説明をしたから」
奈菜は言いかけると、勇は濡れティッシュのような物を取り出した。
(えっ。なんで濡れティッシュなんか取り出して)
勇は一枚取り出すと、強く顔を擦り出した。
「ッ!」
奈菜は勇の顔に思わず手に口を宛てた。
勇の目の下には酷い隈の痕、染みの痕にしわの痕が滲み出ていた。先ほどまでの若々しい顔から一瞬にして年を老いた老人になった。奈菜は濡れティッシュを掴んでいる手を見ると、そこにはファンデーションの汚れがびっしりと付いていた。
「勇さん、その顔」
あまりの酷さに奈菜は言葉を失いかけた。
「このようになっているのはね、あいつらの恨み言が毎晩聞いているからだよ」
「恨み言?」
「あぁ、毎晩私が寝ようとするとあいつらの声が聞こえてくるんだ。毎晩、毎晩飽きもせずにね。お陰で寝不足。寝れるとしてもほんの少しだけ。お陰でこんな酷い顔さ。バレたら困ると、執事が言うもんだから、家政婦の前では厚化粧を施しているんだ」
勇は語り出していくうちに、手が震えている。
「あいつらも同じだったさ。私が寝ずに働けと強く言ったからな。執事たち全員の目の下に隈が出来ていたし、客が来るときは化粧でなんとか誤魔化せとまで言ったさ」
勇はそう言うと、微笑んだ。今じゃ奈菜はその顔に鳥肌がたった。
そこで奈菜はあることを思い出した。
(ちょっと待ってよ。一冊目の日記を見た時、不死身になったって)
「あの、勇さん」
「ん、なんだい」
勇は濡れティッシュをポケットにしまい、顔をあげた。
「あなた今、何歳何ですか?」
奈菜は声を振り絞りながら言うと、勇はその言葉にゆるく微笑んだ。
「さぁ、何歳だろうね。日記に年を書いてもあいつらが10の位から1の位の数字を塗りつぶしされたからね。不死身と言ってもただ単に生きられるわけではないんだ。俺が自殺に追い込んだような奴らの少しの代償もあった。ちなみに、このように内側は普通だが」
勇は自分の口を指差した。
「歯はボロボロだよ」
「ッ!」
勇の言葉に奈菜はあることに察した。
(歯が使えないから、いつも食べ物がスープ、野菜を食べられるように細かく刻んだりしていたのか)
奈菜は生唾を飲み、口を開いた。
「沢山の人からの恨みでそのようなことが」
「あぁ、図書室の中に悪魔に関する本が盛りだくさんだっただろ。本当の理由はこの契約をなくせないかを懸命に探したんだ。世界中の悪魔払いや対処法に関することを徹底気に調べた。けど、そんなことをしてもあいつらは逃げられないし苦しくもない。なんでだろうと思っていたら、1か月前、前の家政婦が教えてくれたんだ」
「悪魔じゃなく、もっと恐ろしいのを呼んだと、ですよね」
奈菜の言葉に勇は頷いた。
「あいつの弱点は直截な灯りだと言う事を教えてくれたが、だが、そんなことをしっても無意味だった」
「えっ。どうしてですが」
奈菜はそう言うと、勇は顔を片手で隠し、頭を垂れた。
「あいつらは、私の中に入り込んできたんだ」
「えっ?」
「光を灯すなら、私の体に乗り移って仕舞えば布団の中に入れて直接の光を避けることができる。直接耳から言うのではなく、体の中にある神経から脳に言葉を吐き続けているんだ。だから私の中で、恨み言を吐き続けているんだ。毎日、毎日、眠れないほど、恨み言をぶつぶつぶつぶつと吐き続けているんだ」
勇は自分の髪を抜けるとばかりに強くつかんだ。
奈菜はその姿に怖くてたまらなかった。
「あの。もう一つ質問良いですか?」
「なんだい。何でも質問していいよ」
「先ほど話したウサギに関して、知りますか?」
奈菜はそういうと、勇は下唇を噛み締めて話し出した。
「きっと赤い目と体の色、不自然とあいつに妙に懐くとなるとそれは、あいつの使いかもしれない。私の元の家を教えるのも、場所を知っているかもおかしすぎる。わざわざ教えるなんて、まさか」
勇は何かわかったのは口を手で押さえた。
「何かわかったんですか?」
「もしかしたら、わざと教えて、この場から離させる作戦だったのかもしれない。私の場から離して自分のものに」
「ちょっと待ってください。殺すならまだしも自分のものってどうゆうことですか? 意味がわかりまん」
奈菜は思わず声を上げていうと、勇は「これは私があいつから聞いた限りなんだが」と言って話し出した。
「あいつは少しだけ特殊な奴でな、両親や他人に思いやりを持っている人物が深ければ深いほどあいつは酷く好んで自分のものにしようとするんだ。だから、これは私の推測だけど仲間に言って私の家に案内して、逆にわからせたのかもしれない」
「そんな、じゃああのミシミシっていう音は、まさか」
「あぁ、仲間が君のこと監視していたのかもしれない。けどまさかそれほど気に入っていたなんて思いもしなかった」
勇はそう言うと、2人は押し黙った。
窓のそばに立った。
「奈菜さん。もぉそろそろ帰ったほうが良い」
「えっ」
「窓を見て」
そう言われ、窓を見てみると明るさが先ほどより減り、薄いオレンジ色になっていた。
「あれ? まださっきまで明るかったのに、なんで」
「時は自分達が気づかない間に進んでいる。もぉそろそろタクシーが着くだろう」
勇の話に奈菜は「えっ!」と声を出した。
「タクシーが着くって、黒電話の電話線切られちゃっていますから電話なんかできませんよ」
奈菜はそう言ったが、勇は「安心して」と言った。
「実は電話線を切られると思って、保管していた予備の黒電話で他のタクシー会社に連絡をした。聞いたところだと担当者が事故にあったと聞いたからね」
「えぇ、きっと」
奈菜は言おうとすると、勇はわかっていると言わんばかりに頷いた。
「わかっている。さぁ、早く帰るといい。あと、一応ライトを渡しておこう」
勇は大きめのライトを奈菜に渡した。
「あ、ありがとうございます」
「うん、短い間だったけどありがとうね。本当に。もぉ、ここには2度と来ないだろうけどね」
「はい、短い間でしたが、ありがとうございました」
奈菜は荷物を手に取り、頭を下げ、書斎を出た。
鉄の扉を開き、思い荷物を引きずりながら屋敷内を出た。
枯葉が落ちている長い道を歩きながら奈菜は、勇の話を思い浮かんだ。
『私の中に入り込んで来たんだ』
「……」
冷たい風がふき、落ちている枯葉を舞った。辺りは木のせいか少しだけ夜に近くなっている。
(早く、早くあの場所に向かおう)
奈菜は荷物を引きずりながら足を早めると。
「……おい」
「えっ!」
奈菜はあの声が聞こえ、振り向いたが何もいない。その声に奈菜は聞き覚えがあった。あの屋敷の中で聞こえた声だ。
すぐに持っていたライトを照らした。
「だっ、誰?」
声の主に声を掛けたが応答がない。すると、何かが猛スピードで奈菜の横を通り過ぎた。
「きゃ!」
奈菜は思わず持っていたライトを床に落としてしまった。
「あっ。ライトが」
光が消えた瞬間、自動的に膝の力が抜けてその場に座り込まれた。なんだろうと思い、下を見ると徐々にその場に黒い影が広がっていき、奈菜の足からから徐々に沈んで行った。
奈菜は必死に抵抗をし、逃げ出そうとすると黒い線が次々と奈菜の体に巻き付いていき、逃げられないように腕を縛り付けたまま沈んで行こうとした。
「いやぁぁ! 誰か! 誰か助けて!」
奈菜は必死に助けの声を出そうとすると、その黒い物に口を塞がれてしまった。
もぉだめかと思っていると。
「やめろ!」
声と同時に何かを投げられると、その黒い物体はその場から消えていった。
奈菜は解放され、息を荒くをしながら振り返ると、そこには息を切らしている勇だった。
「勇さん!」
「大丈夫かい? 奈菜さん。少し嫌な予感がしたから来てみたんだ。大当たりだね。立てるかい」
「はい、ありがとうございます」
奈菜は勇の手を借りて、立ち上がった。
「あの、黒い奴ら」
「あぁ、分かっている。まさかここまでやるとはな」
勇は下を向いて言うと。
「あぁ、俺だって思ったよ。違う意味で」
「「‼」」
声に振り向くと、そこには仮面を付けたあの男が立っていた。
「お前」
勇は目の前の男に思わず声が出た。
「酷いよ勇さん。せっかく手に入れる所だったのに」
男は奈菜を見つめながら言った。
勇は奈菜を自分の背中に隠れさせた。
「お前、何度言ったら分かるんだ。奈菜さんは渡すことは出来ないと言っているだろ!」
「おいおい、その子は別に家族でもなんでもないただの他人じゃん。それにこれは、俺の中だとお前はチャンスなんだぜ」
「チャンス?」
男の言葉に勇は言うと、男はニヤリと笑った。
「実は考えたんだよ。奈菜さんに乗り換えれば、お前は不死身ではなくなり、おまけに一時間後に死ねる。まっ、悪魔と契約は交わしたからこの後はどうなるかは分からないけど、君は永遠の呪縛に苦しまれる事も無くなるんだ。なっ、良い案件だろ」
奈菜は男の言葉になぜだか同情の気持ちがあった。
もし奈菜を渡せば長年の苦しみの呪縛から逃れ、不死身じゃあなくなっていく。けれど、悪魔と契約を交わしてしまった以上天国と地獄にはいけないと思うが、この提案は勇が乗るような話だった。
「さぁ、どうする?」
男は舌なめずりに言うと、勇は真剣な眼差しを向けながら言った。
「いいや。その案にも乗らない。決して、奈菜さんを渡さない」
「えっ!」と奈菜
「……」
勇の言葉に奈菜は思わず驚いてしまった。男はその言葉に真顔になると、すぐに微笑んだ。
「わかった。諦めるよ」
「……勇さん」
奈菜は思わず声を掛けた。
勇は振り返り、また微笑みかけた。
「さぁ、帰りなさい。私は、こいつと一緒に帰るから。さようなら、奈菜さん」
勇はそう言うと、落ちているライトを拾い、「さぁ、来い」と男に声を掛けてその場を去った。その背後に、先ほど奈菜の体に絡みついていた黒い奴らが追った。
奈菜はその背中を見て、これが幸せや欲望を求めすぎた末路と言う事に感じた。
奈菜はまた、重い荷物を引きずって長い道を歩いて行った。
駐車場に着くと、この前とは違うタクシー色と女の人が立っていた。
「あっ、奈菜さんでしょうか?」
女の人は奈菜に声を掛けた。奈菜は安堵を強くし、「はい。そうです」と言いながら駆け足でタクシーに向かった。
「お待ちしておりました。お荷物は後ろに入れさせて頂きます」
「はい。ありがとうございます」
奈菜は女の運転手に荷物を渡した。
そして思わず、後ろを振り返った。あの、悪魔の力で偽物の屋敷に住んでいる勇はこの先生き続けるのだろうか。そう思うと、生き地獄だなと感じ、車の中に乗り込んだ。
その後、タクシーが駅まで向かっている最中に奈菜は駅に向かっていることをメールで送ると、2、3分後にすぐに「尚子が迎えにいっています」と言うメールが送られてきた。奈菜は「ありがとうございます」と返信をした。
長野駅に着き、周りを見渡すと不安気味でキョロキョロしている尚子の姿を見つけた。
奈菜は声を掛けると、尚子は駆け足で近寄り強く抱きしめた。
「奈菜ちゃん!」
「うっ‼ 尚子さん。苦しいです」
奈菜は抱きしめる強さに苦しみながら言うと、尚子は「ごめんなさい」と謝って離れた。
「どこもケガとかしていない? 大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ」
「それなら良かった。じゃあ早く車に乗って。部長も心底心配をしているから」
尚子は奈菜の荷物を手に取ると、車の後ろに積んでいった。
会社に付き、駐車場に車を止めてから駆け足で建物内に入って行った。
事務所に入ると、顔を青くした泉がいた。
泉は奈菜の顔を見ると尚子と同じで駆け足で近寄った。
「奈菜さん‼ 良かった無事で、あの記事を見た時心臓が止まりかけたわ……それから、本当にごめんなさい。知らなかったとはいえあんな恐ろしいことが立て続けに起こっていたなんて思いもしなくて」
泉はその場で頭を下げた。
「なっ、頭をあげてください泉さん。知らなかったんですからしょうがないですよ」
奈菜はそう言ったが、泉は一向に頭をあげないままでいた。
「いいえ。例え忘れていたとはいえ、あんな奇妙なことが月に1回は起こっていたなんて思わなかったわ。お詫びとして約束以上の給料は倍して渡す。それから、しばらく休みなさい。そして明日、尚子さんと一緒にお寺に行きなさい。尚子さんが場所を知っているからね」
「はい、わかりました」
奈菜はそう言うと、今日の疲れと11日の泊まり込みと家政婦としての仕事の疲れがどっと出てきた。
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