第81話 息子の態度が悪すぎる

「お姉さん、ちょっと聞いてよ」

「はい、何ごとでしょうか?」


 もうこれで何度目の問いかけか。

 買い物帰りのおばちゃんがリンカの運転するタクシーに乗ったらこの有り様である。


「実はね、うちの家の息子がちょうど反抗期でね」

「はあ……」

「貪るようにご飯を食べたらと思ったら、今度は元気よくうちの顔を舐めてくんの」

「えっ、それはちょっと……」


 年頃の子供には話せないアダルトな内容。

 対象者が目標を捉えてのペロペロ行動。

 免疫のないリンカはあまりの恥ずかしさにその場で固まっていた。


「そう、いつも激しくてね。おばちゃんも耐えられないのよ」


 そうか、おばちゃんの体がもたないほどなのか。

 両手に大量に物が詰まったレジ袋からして、熱血硬派体育会系なイメージだけど……。


「……折角のお化粧が落ちちゃうしね」

「何だ、良かったですわ」

「んっ? そんなに顔を赤くして、一体、何を想像したのかしら?」

「いえ、そんなことより行き先を」


 この際、ピラミッドでもオホーツク海でも竜宮城、鬼ヶ島、段ボールでできた仮設住宅でも何でもいい。 

 リンカにはこの恥ずかしい流れを変えるきっかけが欲しかった。


「お姉さん、この話も聞いてよ」

「はい、今度は何でしょう?」

「うちの息子がね、最近おかわりを覚えたんだけど、丼ものがお気に入りでね」

「えっ、それはちょっと……」


 またもや、おばちゃんの赤裸々事情を耳に挟むリンカ。

 もう落とし穴があったら、その穴に顔を突っ込んで『我は宇宙人候補である!』と思いっきり叫びたい気分だ。


「そしたらね、親子丼がいいと、ご機嫌の顔でおねだりしてね」

「もうがっつきすぎて、おばちゃんの体がもたないわ」

「あの……ご家族のお話ですわよね?」

「まあ、親子みたいなもんだからね」


 違うでしょ、親子ってものはお互いに信頼して向き合うものであり、与えられた餌を食べるものではない。


「あの、それよりも行き先を教えてもらってもよろしいでしょうか?」

「そうそう、お姉さんまたまた聞いてよ」

「はあ……」


 おばちゃんの一方的なトークは終わりを見せない。


「うちの息子がね、この前ガムテープでグルグル巻きになってたんだけど」

「それは許せませんね」


 いじめカッコ悪い。

 いくら強い力があっても、その権力を利用して弱者をいたぶるなんて、人として最低である。


「ガムテープとじゃれていたら絡まったらしいんだけど」

「まだ体が小さいからねえ」

「小さいからって? 最近の子供にも困ったものですわね」

「まあ、小型犬だから仕方ないかもだけど」

「犬の仕業ですかー‼」


 相談事がペットの犬だったことに仰天するリンカ。

 うま過ぎる話には裏がある。


「どうしたん。さっきからペットの話をしてるやん?」

「言い方が紛らわしいですわ!」

「へっ? 何で怒ってんの?」

「別に怒っていませんわ!」


 見事に羞恥心をさらされたリンカがついに逆ギレしてタクシーを走らせる。

 話に夢中なお客さんを人気のない近場へと下ろすために……。

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