第79話 タダ乗りデスカー

「……お客さんどちらまで?」

「うーんとね、日本海」


 ジーラ運転手は後部座席に座る幼稚園みたいな男の子の言葉にきょとんとした。

 男の子なりの冗談のつもりか。


「……なははっ」

「海は広いな、大きいやー‼」


 ジーラがひきつりながら笑う中、男の子は大きな声で童謡を歌い出す。


「……かといって海の中を進むのは無理」

「えー、ボートにもならないの? つまーんない!」

「……うぐぐ、ボウヤめ」


 ジーラは歯痒さを噛みしめながらもニコニコとした顔でお客さんの話に付き合う。

 顔で笑って心で泣いて……いや、子供とは言えぬ、高度なお笑いのテクニックに悔し泣きしていた。


 ジーラは芸人を乗せた運転手だったが……。


 幸い、接客のマニュアルはネギの千切りの如く胸に刻んである。


「こらっ、お姉さんを困らせないの」

「だって、からかいがいがあって」

「大人をからかってはいけません」


 男の子の隣にいた年輩の女性がようやく口を挟んでくる。

 どうやらこの男の子のお母さんのようだ。


「えー、どうみても子供じゃん? 胸もないし」

「……胸は余計だ」


 男の子の言葉に、さらに胸をえぐられ、明日から毎日を一リットルの牛乳飲もうと誓ったジーラであった。

 そんなに飲んだら、お腹壊すよ。


「ママ、だったらさ、このままハワイ行きがいいから、太平洋に行こうよ」

「……すまぬ、それも無理だ」

「えー、使えないタクシーだね」

「……うぐぐ、この子供め」


 この男の子はさっきからおちょくるばかりで、ジーラは頭に血がのぼっていた。


「こらっ、何回お姉さんを困らせないとすまないの!」

「二千回かな?」

「こらっ、屁理屈を言わないの!」


 お母さんは男の子を厳しく叱っていた。

 ジーラはハンドルを握ったまま、ミラー越しに親子のやり取りを見つめ、少しばかりにやけていた。

 二千回もこんな冗談食らったら、頭の中、すっからかんになるや。


「このままじゃ失礼でしょ、お姉さんに謝りなさい」

「やだよ、ピアスとかしてて、怖そうなんだもん」


『ガーン!』と重たい岩石がジーラの脳内に当たる。

 お洒落と思ってケセラから教えてもらったコーデが仇となるとは……。


「人を外見で判断しない。それよりも謝りなさい」

「はーい」


 それに比べ、お母さんは変に着飾ってなく、真面目だな。

 何でこんな生意気な子供に育ったんだろう。


「お姉さん、ごめんなさい」

「……別にいい。中々の刺激になって楽しめた」


 その刺激は普段飲んでるジュースよりも、炭酸強めだったが……。


「ママ、この運転手さん、少し変だね」

「こらっ、本心を言うんじゃありません」

「……うぐぐ、変人扱いか」


 ジーラはショックを隠しきれずに頭を伏せる。

 まだ目的地が不明なため、車は走らせていない。


「じゃあ、私たちはここで下りますので」

「……えっ、乗ったばかりだけど?」

「主人が車で待っていますので」

「バイバイお姉ちゃん。楽しかったよー‼」

「……何でい!?」


 なっ、ただの子供の欲求を満たすために、車内で世間話とか、うまいことはめられたー!

 てやんでい、これがいわゆるタダ乗りというものかぁぁー‼


 にらみ顔を利かせながら、勇ましいポーズを決めるジーラ。

 歌舞伎役者ジーラの最期でもあった……。


「勝手に人を亡きものにすなっ‼」

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