第39話 千と一つの夜を往け
あの決定的な敗走から数日。通り過ぎた村々では既に西国の噂が囁かれていた。
曰く、西の兵隊が村々を焼いている。追われた異種もどんどん増えているらしい。
ウォルが里に帰りつく間でさえ難民とも乞食ともつかぬ姿を幾つも目にしていた。
東方蛮地においては決死の行動だ。彼らの内、殆どが希望も無く死ぬ事だろう。
押し黙ってウォルは目を瞑り、さすらい人達の悲惨を一瞬だけ悼んだ。
どこにいようが平穏無事を祈る事は出来る。誰の損にもなるまい。
再び目を開く。石造りの部屋に幾つも蝋燭が灯っていた。
ウォルの隣にはロボ=ヴォーダンソンが椅子にかけている。
狐耳の爺──久方ぶりに顔を合わす長老が苦虫を嚙み潰したような顔で言う。
「何があった。包み隠さず全て喋れ」
「完敗だ。いや、強いのなんの。ケチョンケッチョンのパーだよ」
「他言は?」
「する訳ねぇ。味方が総崩れになるだろうが。で、爺さまの方は?」
「西国の噂は聞いておる。関わり合いになりたくない敵じゃのぅ」
「言っとくが今戦ったら負けるぞ。奴さん方強い上に堅実だ」
「じゃが、長く戦を厭(いと)っては離反者が続出しかねん。弱腰とみなされるぞ」
「現金な野郎共だ。何かいい話は無いのか?」
「戦士団が坊主共に激怒しておるらしい。既に不穏な動きを見せているとか。
表立って兵こそ起こしてはおらんが、王の寝首を搔く気がありありと見えるのぅ」
「切り崩すならやっぱそこか。奴らと渡りを付ける方向性で決まりだな」
東国戦士団とは東国王の従士やハスカールと違い、半ば独立した武装集団だ。
傭兵団であり、盗賊団でもあり、西方から見て異教の神々を崇拝している。
選抜基準は二つ。腕っぷしの強さと生き残り続ける事。種族出自は問われない。
ただ強い事だけが誉めそやされ、多種多様な種族人種がひしめいている連中だ。
凡そ西国騎士団とは相容れない集団である事は明らかであった。
だが、問題がある。狐耳爺はロボの提案に眉をひそめていた。
「気軽に言いおる。彼奴等とは刃を交え、互い殺し殺されもしたろう」
「もう十年も前なるか。あの時は酷かった。アンタら間一髪だったものな」
「寄せ手を皆殺しにしたのは貴様じゃろう」
「遺恨を持ち出してる余裕はあるめぇさ。敵は西国、異種根絶の権化。
当然、徹底的に粛清、異種狩りを行うだろう。戦士団の連中も例外じゃねぇ。
配下を守れない親分とくりゃ離反者続出ってのはどこも同じさね」
「それにしても連中の動きが早すぎる。……何ぞあったんかのぅ」
「さぁな。どっかで誰かが盛大に面子を潰されでもしたんじゃねぇか?
戦士のカシラは評判が命。弱い奴、頼りにならん奴となれば誰もついてこねぇ。
分け前無し、未来の保証なし、危険アリじゃあ逃げ散るわな」
たかが余所者に手玉に取られる王に命を預ける阿呆は居ない。
過酷な東方蛮地においては首領の強さ弱さは死活問題である。
ともあれ、西国の登場によって情勢が大きく変わりつつあるのは確かだ。
椅子に背中を預けつつロボ=ヴォーダンソンは天井を睨んだ。
「戦や政やるには頭数がいる。が、西国は敢えて真っ二つに割ろうとしてる。
敵味方を定めて無理矢理まとめるって腹積もりだな。古典的だが効果的だ。
ドカンと一発、頭がフラついてる奴らにそう吹き込む腹積もりだろ」
災害、戦乱、疫病その他諸々。突然降って沸いた危機に対して人間の心は脆い。
その渦中において冷静沈着に状況を俯瞰(ふかん)できる者などそうは居ない。
我こそ具眼の士なりと意気込む輩とて、多数に属せば理性など簡単に失うもの。
惨禍を前にし、白紙となった頭へ敵と味方、目的と正義を上書きする。
一つの国や集団を叩き割って掠め取るには実に手っ取り早い方法であった。
「文化の塗り替えは一大事業。取りこぼしも離反者もそりゃ大量に出るだろ。
そいつら集めて悪さしてやろう。ひょっとすれば戦士共も抱き込めるかもしれん」
「妙に詳しい。国や街を滅ぼした事でもあるのか?」
「頼る者、縋る者もなくなりゃ胡散臭い話にだって耳を貸すって事さ」
「この地は狭く痩せておる。大所帯は抱えきれんぞ?我関せずと籠った方が──」
「援軍のない孤城はいつか落ちるぞ。酷ぇ事になる」
「……むぅ」
「状況を引っ搔き回せりゃそれでいい。要は事を成せるかどうかだ」
「あの娘の様子を見るにあと一息じゃな」
「さよか。なら、俺様は精々時間稼ぎを頑張るとしよう」
敵の敵は味方。だが、握手する互いの手が白いとも限るまい。
にこやかな笑顔の裏に隠した腹の底はインクのように黒いもの。
腹に一物抱えた上で、我ら二つは味方同士と臭い芝居を踊らねばならん。
言うは易く行うは難しの典型のような提案を終え、ロボはにやっと笑う。
「後はイイ感じの小話と面のいい看板が必要だな」
「詐欺師を信じる阿呆ばかりでもあるまい。秘策でもあるのか?」
「西国の連中は急進的過ぎる。国中の恨みが山の上にまで聞こえてくるほどだ。
地の利、天の時はこっちにある。後は人の和をこしらえてやりゃいい。
怒りと憎悪を束ね刃にし、坊主共の新しい国を引き裂いてやろうぜ」
「悪だくみばかりして……もっと真面目に戦えんのか?」
「こっちとは兵の質が段違いだ。四六時中魔物殺ししか考えてねぇ連中だぞ。
戦いたくねぇ相手だが、どうにも避けられん。なら、根性悪くするまでだ」
「貴様ほどの男がそこまで言うか」
「本軍引き連れてないだけマシだがね。奴ら、質で言ったら当代の人類最高峰。
その中でも西国最強とその親衛隊とくりゃ選りすぐりの精鋭共だ」
「貴様に勝った例の男……どれほどだ?」
「サシじゃ散々策を弄して勝ち六分が精々。正面切ってはちと荷が勝つ。
剣筋を散々見られた以上、次は対策込みで来るだろう。方針を変えにゃならん」
「その西国最強が軍を連れてここへ殴り込んできたらどうする?」
「糧道断って引きずり回す。重装騎士の強みを徹底して潰せばやれん事もなかろう」
地の利は変わらず我らにあり、と黒衣の男は言う。
輝く鎧の騎士だからこそ、鎧櫃(よろいびつ)を背負って山登りなどすまい。
細く崩れる劣悪な道と天高くそそり立つ峰々が延々と続く土地柄だ。
大所帯では行軍するだけで列は延び、兵は疲弊し、士気も砕けて補給も死ぬ。
個としての力とて時所位を得なければ無用の長物に過ぎぬ。
と、不意にロボは傍らのウォルへと視線を向けた。
「ウォル坊、お前さんも話があるんだろ?」
「……爺さん。僕は、その」
「聞くべきは既に聞いた。左手を見せよ、小僧」
言葉を遮り、狐耳爺は催促する。
苛立ちを隠しつつ手袋を外し、ウォルは左手を突き出した。
狐耳爺は身を乗り出し、魔法の指輪を凝視する。
「龍のかけら……見紛うはずも無い」
「やっぱり教えてなかっただけか」
「確証が持てなかっただけじゃ」
じろり、とウォルを一睨みして狐耳爺は言う。
それから手で橋を作って口元を隠し、考え込む事しばし。
錆び付いた釘を棺桶から引き抜くような声で狐耳爺は問いかけた。
「小僧、何が聞きたい?」
「この指輪は何だ。僕は一体何になった」
「貴様ら風に言えば神の御使いよ。今は不完全じゃがな」
「天使に生まれ変わった覚えはないぞ」
「物の例えじゃ。……何処から話したものか」
「一番伝えたくないものと一番危険なもの」
ウォルは指輪に視線を落とした。
思えば初めから何も解らないまま愚者のように進んで来たのだ。
目を逸らす事を止め、事実と向き合わねばならない。
ウォルを睨み返しながら、ようやく狐耳爺が答える。
「貴様は我らの神に選ばれた。その力を行う者としてな」
「ちょっと待った。何だそれ、そんな事約束した覚えは無いぞ!?」
「選ばれた、と言うたぞ。貴様の意志なんぞ関係ないわ」
神様扱いされる少女にとある少年が選ばれたらしい。
英雄英傑の物語であれば祝福や栄誉、奇跡。はたまた偉業への報酬か。
だが、選ばれた挙句に破滅する只人のおとぎ話とて掃いて捨てる程ある。
「何て無茶苦茶な。一方的過ぎる。……いや、待てよ」
「心当たりはあろう?気ままな神々とて予兆や啓示は与えるものじゃ」
彼岸へと足を踏み入れ、腰まで沈み込んでいた事にウォルは気づいた。
旅路での不思議を幾つも想起する。例えばあの夜の出会い。
月の海で見た大いなる龍の姿と少女の白い手。その濡れた月色の髪。
我がものだと首筋に押した烙印。そして、左手に収まった奇妙な指輪。
非現実的過ぎて気付かなかったが──確かに、兆しは在ったのだ。
ごくり、と生唾を飲み込む。やっと出て来たのは間抜けな物言いだ。
「その……改めて待遇の交渉とか。そういうのは無理?」
「諦めよ。ともあれ貴様は選ばれた。どういう事か解るか?」
「変な鎧が出てきたり、指輪を通じてツクヤとお喋りが──」
「それはオマケよ。貴様は文字通り神に代わり力を用いる者になりかけておる。
指輪はその証じゃ。いずれは思うままに振るえるようになろう」
「絶対に危険な……うわっ!?」
その時だ。ウォルの左腕が意志に反してひとりでに動いた。ツクヤの仕業だ。
確信を裏付けるかのように、暗い感情が奔流めいて流れ込んで来る。
拒絶、恥辱、後悔、忌避感、逃避。そういった夕暮れめいて昏い色彩。
押し流されそうになるのを必死にこらえながら手袋を着ける。
息を荒げ、机に半ば突っ伏し、ウォルはやっとの思いで正気を取り戻した。
「クソッ、ロクなもんじゃない……何なんだよ、この指輪」
「心を繋ぐ呪物じゃ。いずれ貴様は大いなる者を覗き見る事にもなろう。
じゃが、いたずらに龍の心に触れればすぐに魂を砕かれる。普段は隠しておけ」
「どうにかならないの?そのさ、魔法の力とかで」
「ワシらが使う術は龍の力を模倣し、ごく簡略化したものに過ぎん。
断片のそのまた断片の、更に不完全な一かけら。いわば初級者用の手品じゃ。
そんなもので力の太源をどうこう出来る訳がなかろうが」
がぶりを振って狐耳爺は話を続ける。
「天地の仕組み自体たる神々は人間めいた理屈を捏ねる必要は無いからのぅ。
彼らは人の理の外なる存在。在るも在らぬも自律した異なる理じゃ。
感情の高ぶりごときでこの始末。危なっかしい事この上ない」
「……仮に。もし僕がその力を使い過ぎたら?」
「言語も解さぬほど狂い果てた挙句、死ぬまで荒野をさ迷う事になろう。
新たに呪われた者よ。貴様がどんな代物に成り果てたか聞かせてやろう」
狐耳爺はウォルを睨み上げる。
曰く、龍の騎士とは理の力を用い、龍に仕える者たち。
めでたくも選ばれた犠牲者たちは人の心が解らぬ神々に弄ばれ、いずれ滅ぶ。
人から道を踏み外した彼らは決して元のようには死ねなくなると言う。
ようこそ不思議の物語へ、と面白くもなさそうに狐耳爺が皮肉を叩いた。
「貴様の左腕を鎧(よろ)った殻とその指輪は神ご自身の体の一部じゃ。
使い続ければ全身を繭のように覆い尽くし、やがて貴様を造りかえるじゃろう」
「さらっと流したけど、それって僕は死ぬよね」
「死ぬのぅ。芋虫が蛹を経て蝶に変ずるようなものじゃ」
「知っててツクヤはやったのか……?」
「生きる事を知らなんだ娘じゃ。死が解らぬとしても不思議はない」
「なぁ。その神様ってさ。結局、どんな奴なのさ?」
「結論を急ぐな。そうさな……我らの神は願いを叶えてくれはするが──」
「大変な事になるんだろ?今だって散々脅し文句を繰り返してる」
「それだけではない。無から有を造るような都合の良い奇跡では無いのじゃ。
アレは基底より現世の理を曲げ、結果を実現する。犠牲と対価ありきの御業じゃ」
曰く、願いの大きさに従って犠牲と対価が途方も無く増えていくのだと言う。
ウォルが未だ平穏無事であるのは少年が愚かで無欲だったからに過ぎない。
狐耳爺は慎重に言葉を選びながら話を続けた。
「本来あるべき理路を飛び越え変化を起こす。その影響は計り知れん。
一つの願いが無数の我欲を作り出し、いずれ全てを砂と塩の柱に変えてしまう」
「だから邪神呼ばわりされたのか。人の願いの分だけ破滅も振りまくから」
「かの龍の本質は『万物は変化する』という理そのものじゃ。
それは生育であり老い。月の満ち欠け。全てを蹴倒す時と死の化身とも言える。
代償はあるが限界は無い。波及する因果の末と対価の取り立てを知る術も無い。
只人には余りに過ぎた力よ。絶対に軽々しく使うな。貴様だけではすまんぞ」
ウォルは必死に理解しようと努める。
鈍い頭にやっと思い浮かんだイメージは破滅と引き換えの魔法のランプ。
浅ましい男が望み全てを叶えようとして荒ぶる魔神を解き放つおとぎ話。
ソレは気まぐれ一つ、身じろぎ一つで人を滅ぼし気にも留めまい。
まるで雲間の月を掴むような話だ。物語になんぞ巻き込まれるものではない。
めまいを覚えるウォルを無視し、狐耳爺は話を続けていく。
「何十年かに一度、尾の無い赤子が生まれてくる。神の依り代としてな。
その可哀想な子は年頃になる頃、天より下られる神と同化し、昇天される」
「イファからも聞いたよ。残酷で怪しげな邪法で作り出した、とかじゃないんだな」
「頼みもせぬのに生まれて来おる。……せめてワシらが無害化せねばならん」
「持て余してるのか、ツクヤを」
「余計な願いを託さぬ限り、かの龍は月夜に現れ、一夜戯れて消える幻に過ぎん。
とても制御なんぞ出来ぬ以上、害を成さぬようにして送り返すのが精一杯じゃ。
儀式と言うのもその為に積み重ねた形式的なルールと手順に過ぎん」
曰く、儀式とは無知のまま留めおいたその無垢なる娘に神が降りた後、
その身全てを食いつくし、蛹を破って夜空に返るまで封じ込め続けるだけのもの。
全身が龍へ置き換わる最後の日に盛大に着飾らせ、昇天を見届けるのだと言う。
何ら魔術や不思議なんぞ含まない、単なる祝祭やシキタリに過ぎないものだ。
つまるところ、狐耳らは降りて来る神に働きかけや呪いをしている訳ではない。
発見し、封じ込め、事が終わるまで保護する。行っているのはたったそれだけだ。
「って、じゃあ何だ。助ける方法は……無いのか?」
「願えば助かろう。が、それは月の満ち欠けを止めようとするに等しい望み。
犠牲として捧げられる事そのものがあの娘の在り方として固く定められておる。
定めを覆すことは易く無いぞ。そうであればワシらがこれ程苦しむものかよ」
「止めてくれと願いさえすれば──」
「顕現した神とは自律する魔法じゃ。存在するだけで辺り一帯から奪い取っていく。
留まり、地で生きるだけでもあらゆる災厄を撒き散らす怪物に成り果てる。
貴様の気軽な一言で誰がどれだけ死ぬかワシにも皆目見当すらつかん」
「イファが言ってたのはそういう事か……」
ちきん、と不意にロボがウォルの迷いを立つように刃を鳴らした。
迂闊な事を考えればこの場で斬り殺す、とその鋭い目つきが語っていた。
ウォルは必死に打開策を練るが、その度に現実が根拠なき楽観を砕いていく。
不意に、狐耳爺が口を開いた。
「ツクヤじゃったか。短期間で驚く程成長されたろう。気付かなかったか?」
「……実際、僕よりよっぽど頭が良いんじゃないかって思ってる。
怖かった。何も言えなかった。……まるで、次の日には別人になってそうで」
「心と個を与えられ人々の間で暮らし、見聞きし観察し、学び続けた果てにじゃ。
恐怖や悲しみ、怒りさえ知ってしまった。もう純粋無垢に留めおく事も出来まい。
ワシは恐ろしい。己の境遇を理解すれば、あの娘は定めを拒絶するやもしれぬ」
「嫌だと暴れ出したら誰も止められない、か。どうすりゃいいんだこんなの」
ツクヤという魔法のランプは自ら意志し願いを叶える事だって出来る。
踊り、喜び、歌える。死と運命を否定し死体の山を築く事だって出来る。
制御不能で、自らの意志を持ち歩き回る神様は恐怖の化け物と変わりない
今更ながらウォルは狐耳共がツクヤを一秒でも放置できない理由が解った。
まるでいつ何時、炎と煙を噴き上げ大爆発するか解らない火薬庫だ。
「今となっては全てが終わるまで心安らかであり続けて貰う他無い。
じゃがな……どれほど変り果てようともワシにとって大切な孫娘でもある」
老木めいてシワだらけの狐耳爺には深い苦悩が浮かんでいた。
とてもとても長い時間、自分一人で決壊寸前の扉を押しとどめて来たかのよう。
長きに渡り力を尽くし、疲れ果て倒れかけた老いた男の顔だった。
かつては駿馬を駆り、鋭き剣と強き弓矢を取り、暴れ回り暴れ回った生き残り。
死にぞこなって老人に成り果て、疲れ切った戦士の残骸は言う。
「もうすぐ死ぬあの娘の為に。ワシらと神様の身勝手で犠牲にするあの娘の為に。
優しい夢を見せてやってはくれんか。老いた頭ではこれ以上の事が思いつかん」
ツクヤの精神や情緒が安定するというのはあろう。
だが、それ以上に老爺の声には深い苦悩と肉親の情が滲んでいた。
ウォルを排そうとした事とて、深い愛情の裏返し。
差別と区別とは、情愛や執着と不可分で正反対の間柄だ。
美醜は背中合わせの張り合わせ。一体不可分の相互矛盾だ。
違うからこそ愛し、違うからこそ憎むのだ。相対的で、絶対的な関係だ。
だからヒトは誰も差別を気軽に手放せない。西国騎士団やあの司教のように。
「僕は……」
ウォルは瞑目する。応諾も拒否も簡単。投げ出すのも簡単。
何せ願いが叶う魔法のランプは手の内にある。飛び越えろ!
だが、浅はかなズルで解決など出来ない。それだけは出来ない。
安ぴかの答え。安易な結論。問題の否認。それらは最悪の選択肢に他ならない。
世界は、もっともっと複雑で単純だ。冷笑し、あざ笑って良いはずもない。
ウォルは睨み上げる。安いプライドと痩せ我慢が引きつった笑みを造る。
怖くてたまらない。ひび割れた心に一瞬だけ本心が浮かび、泡と消える。
恐れ、気持ち、怯懦(きょうだ)……今、そんなものはどうでも良いのだ。
ウォルの心根を越えて跳躍すべき崖が、今ここに在った。
「お爺さん、どうか泣かないで」
ウォルは言わずにおれなかった。
意気地はあるか。あるさ。ウォルは臆病者だ。覚悟を繰り返すだろう。
事態は理解した。諦めはゴミ箱へ。承諾などしてやるものかと決意する。
死ぬのはたった一度きり。少年はちっぽけな勇気を搔き集め腹に詰める。
ウォルは席を立つ。狐耳爺へ歩み寄り、彼の震える細い手を取った。
「僕は、ツクヤと一緒にいるよ。それだけでいい。誰が何を言おうとも」
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