第10話 狂気と病気


 俺は今、そわそわしている。

 けれどそれは仕方がない。

 なんだよこの豪邸。

 庭がサッカーグラウンドぐらい広い。


 これで、一家が父娘しか居ないって……


 夜見の母親は、随分前に他界してるらしい。

 夜見が生まれるずっと前に。


 その死別後、父親は再婚しなかった。


 けれど、そのせいで遺産相続の問題が浮上したらしい。

 ドラマでしか見ない殺人事件が起きるレベルの資産。

 誰に継がせても、トラブルが生まれる。


 だから、養子を取り娘を作った。

 それが、丹生夜見だった。


 そんな話を聞きながら、俺は客間で紅茶を飲んでいた。

 部屋の装飾品が豪華すぎて味が分からん。


「お茶のおかわりは如何ですか?」


 メイド? 使用人? 家政婦さん?


 良く分からないけど、奇麗な人がそう言ってティーポットを見せてくれる。


「あ、ありがとうございます」


 やばい、贅沢アレルギーで胃の中身が逆流しそうだ。


 このカップ幾らするんだろ……

 割ったとしたら、皿洗いとかじゃ絶対弁償できない事だけは分かる。


「待たせてごめんね。

 お父様の検診があるの」


「い、いいいえ」


「ん?」


「あ、大丈夫、です。

 お嬢様……」


「呼び方、何。

 普通に名前でいいよ?」


「めめめ滅相も……ござ」


 そう俺が言いかけた所で、客室が開く。

 少し老けた白衣の男性が現れる。


「受診は終わりました。

 お変わりはありません」


 男性はそう言って頭を下げる。


「ありがとう」


 夜見さんが短く礼を言うと、医師の様にも見える男性は深々と頭を下げて出て行った。


「それじゃあ行こっか」


 そう言って、俺と彼女は立ち上がる。

 そのまま、夜見の後を追っていく。




 ◆




 ピッ――ピッ――ピッ――



 よく分からない。

 何かの計器が、そんな音を鳴らしている。


 豪邸と呼ぶに相応しい丹生家の屋敷。

 その中でも、一際厳重な一室。


 俺は、そこに通された。

 中央に大きなベッドがあって。

 老人が一人、寝かされている。


「紹介するね。

 これが私のお父様、丹生源次郎うにゅうげんじろうです」


「俺を、騙したって訳ですか……」


 この、寝てる老人が。

 どう見ても、動く事すらできなさそうな男が。

 どうやって、俺のバイト先まで出向いて来れる。


「ごめんね。

 でも、そうでも言わないと来てくれないと思って」


「病気ですか?」


「さぁね」


「揶揄ってます……?」


「分からないんだよ、本当に。

 原因不明だから、どれだけお金があっても治せない。

 徐々に衰弱してるし、元々寿命も長い訳じゃ無いから」


 そう言いながら、先輩は懐から煙草の箱を取り出す。

 それを、枕元に置いて寂しそうに言う。


「もう、煙草臭いなんて言わないから。

 だから、起きてよ」


 真面に会話したのは、昨日が初めてだ。

 そんな相手に。

 しかも、性格破綻者のシリアルキラーに。


 そんなのに、同情する訳なんか……


「悪い事をしたら凄く叱られた。

 私が誰かを虐めてたら、拳骨なんかじゃ済まなかった。

 私が例え別世界でも、動物を、人を殺してるなんて知ったら、飛び起きて、怒って叱ってくれる。

 そんな、優しい人なんだよ」


 俺に説明しているというよりは。

 まるで、神にでも願う様に。

 丹生夜見は目を瞑る。


「回復系のギフト持ちに頼った事もある。

 でも、無駄。

 治らなかった」


「この人を治すために部に入ってるんですか?」


「どうなのかな……

 お父様が倒れて2年。

 私の力は戦いに特化してるから。

 治す方法のヒントも無い」


 それでも、現代医療じゃ治らない。

 その事実が分かっているのなら。

 異世界、なんて幻想に頼るしかない。


 そう、思っても不思議はない。


「お父様、私彼氏ができたんです。

 お婿さん候補だよ。

 絶対紹介しろって言ってたでしょ?

 自分の目で見定めないと絶対納得しないって言ってたでしょ?

 だから連れて来たんだよ。

 だから……起きてよ……」


 回復系のギフトか。

 俺の力は複製デュプリ

 回復なんて言葉には当てはまらない力だ。


 でも、俺はあの時見た。

 いや、食って体感した。

 あの実は、あの世界で最上級の回復能力。

 そう、この人も言っていた。


 可能性はある。

 でもいいのか。

 俺の複製には多分、登録制限がある。

 それを、この人の為に使う理由なんて何も無い。


 違うな。

 あるよ。

 あるだろ。



 ――この人は、俺とマナを助けてくれた。



 ――登録番号002……


「ねぇ、お願いがあるんだ。

 私と一緒に、お父様を起こす方法を探してくれない?」


 涙を堪える様な、そんな子供みたいな表情で。

 悔しさの籠った顔で。

 奇麗な顔を崩して歪めて。


 丹生夜見は、俺に縋る。


「君のギフトは最上の力なの。

 成長して、力を理解すれば、お父様を助ける様な力を手に入れられるかもしれない。

 だから、私と一緒に異世界を冒険して欲しい。

 部を辞めないで欲しい」



 ――登録番号002『神紅実レッドアップル』で完了しますか?



 この実なら可能性はあるんじゃないのか。


「夜見さん」


「頼んでもいいかな?」


「いや、そうじゃ無くて今すぐに……」



 ――いや、待て。


 違う。この人は言っていた。

 回復系のギフトでも駄目だったって。

 どういう理由で倒れてるのかも分からない。

 どういう回復が施されたのかも分からない。


 普通の治癒じゃ駄目な可能性は無いか?


 確かに、神紅実レッドアップルの説明文にはあらゆる病や傷を治すと書いていた。


 でも、本当にこれは病なのか?

 っていうか、病ってどこからどこまでだ?

 毒とか病原菌とか、腫瘍とか。

 精神病なんて物まで現代にはある。

 それを全部治せる?

 流石に誇張表現な気がする。


「どうしたの、充君?」


「決めてました」


「……何を?」


 俺が、あの世界から持ち帰るべき財宝を。



 ――登録番号002『神樹の杖』で完了しますか?



 頭に響いたその声に、俺は頷く。


「何……それ」


 真っ白な木製の杖。

 それは、マナが埋めた白い枝だ。

 手に持てるサイズ、ギリギリだな。


 でも行けた。


「頼む、来てくれ」


 マナは言った。

 自分は、この枝に籠った意識なのだと。

 だったらこの枝自体が、基地局になって。



「――何処じゃ、ここは」



 白い、巫女服を着た少女。

 彼女は辺りを見て、俺の顔が視界に入ると笑いかけて来る。


「おぉ、充ではないか。

 まさかこれほど早く再会できるとは。

 もう儂は芽吹いたのか?」


「いや、違うんだマナ」


「其方! それは儂の枝では無いか!

 まさか掘り返した訳では、いや其方に限ってそれは無いか。

 何故それを持っておるのじゃ?」


「これは、俺の能力というかギフトっていう力なんだ。

 見た物を複製する事ができる……」


「複製……それで儂の枝を呼び出したと?

 しかし、殆ど精霊に近い儂を呼び出す等。

 そうとうに精巧な模倣でも……」


 そう言ってマナは杖を見る。

 俺から見ても、あの時マナが埋めた物と違いは感じない。


「君は確かあの時の……

 なんでこっちの世界に来れてるの?」


 その声に、マナはバッと振り返る。


「そ、其方は! あの時のイカレた娘!」


「助けてあげたのに……」


「何をぬかすか。

 貴様の様な怪物が森に入ったせいで、4種族が恐怖し徒党を組んだのだ。

 他に、あのようなタイミングの良い話があるか」


 あぁ、そういう事だったのか。

 確かにそれなら納得できる。

 ていうか状況証拠が物語ってるか。


 あれ、じゃあ恩なんか無くないか?

 いや、人助けに理由なんて要らない。

 うん、要らない……


「それで充君、どういうこと?」


 マナの話、完全スルーしたよこの人。


「いえ、異世界の人ならこの症状に心当たりあるかもしれないかと」


「でも、異世界特有の病気を異世界に行った事も無いお父様が患うなんてあり得ないよ」


 そんな会話の横でマナが指を差す。


 そして。


「お父様というのはこの小僧の事か?

 なんだ、ただの魔力マナ不足ではないか」


 そう、言い放った。


「え……?」


「分かるのか?」


「うむ。

 魔力の使い過ぎで倒れておるだけじゃ。

 数日で自然回復するぞ」


「嘘、お父様は2年間ずっと寝たまま。

 それに、魔力なんて物を使う方法なんか、お父様は知らない」


「それは、貴様の様な化物が一緒に住んでおるからじゃろうが」


 そう、マナが言った瞬間。

 丹生夜見の顔付きが変わる。


 まじまじとマナを見つめ。

 真剣な表情で。


「どういうこと……?」


「貴様のスキルか魔法か知らぬが、貴様は常に周囲の魔力を吸い取って居る。

 微量ではあるが、吸い続ければ尽きるのが道理。

 魔力が無ければ生物は意識を保てぬ」


「……あぁ、そっか。

 そういう事か……」


 何か、腑に落ちたように夜見は口を覆う。

 その声は震えていて。

 手は少し、濡れていた。


「私のギフトのせいだったんだ……」


 顔を押さえ、嘆く様に丹生夜見は俯く。

 その後ろからマナは手を差し出した。


「案ずるな。

 貴様には恩がある。

 あの魔物共に儂が困っていて、それを片付けてくれたのは事実じゃ」


 そう言って、マナは掌に青い林檎を出現させる。


「これは、神蒼実ブルーアップル

 効能は魔力の全快。

 食わせてれば、数秒で目覚めるじゃろう。

 また定期的に食わせれば、男が再度眠りにつく事も無い」


「……ありがとう、充君も」


「いえ……」


 ゆっくりと、丁寧に。

 白髪の少女から黒髪の彼女が果実を受け取る。



 それを見て、俺は思った。



「寝てるから食わせられなくね」


「捻じ込めば良かろう。

 其方にもそうしたぞ」


 窒息しなくて良かったな俺。

 いや、窒息も治っただけか……

 怖すぎる、この枝幼女。


「ミキサーしても大丈夫かな」

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