剣と盾の王国
柏木椎菜
一話
私達は大昔、この名も知らぬ大陸へ渡って来たという。それ以前に住んでいた大陸ではもっと大勢の人間が住んでいたらしいが、喧嘩か権力争いか、はっきりした理由は定かではないが、とにかく何かしら問題が起こって、私達だけが追い出され、広大な海を放浪することになった。
新天地を求め、それは過酷で長い旅だったという。途中で力尽きた者は数知れない。誰もが死を覚悟していたに違いない。船を揺らす荒波の底が自分の墓場になるだろうと。でも天上の神は耐え忍ぶ私達を見捨ててはいなかった。波に飲まれそうな私達を導き、新天地へと連れて来てくれた――それが、この名も知らぬ大陸だった。
上陸した私達は、自然豊かな景色を目の当たりにし、ここに留まることを決めたという。というより、疲弊しきった状態ではそうする他なかったのだと思う。草木が多く、川も流れていたのは幸運で、本当に神のお導きと言えるだろう。食料を調達し、傷病者を回復させながら、私達は拠点とするべく場所を定めるために探索をし、さまよい続けたという。
そうしてわかったことは、ここには野生動物以外に、すでに住んでいる者達がいるということだった。つまり先住民族がいたのだ。一つは人の姿をしながら角の生えた種族――私達は彼らを獣人族と名付けた。獣と言っても毛むくじゃらなわけではなく、ただ角を生やし、私達より体格や力があるだけで、見た目は人間に近い。接触を試みたらしいが、言葉が通じず、しかも相手は警戒心が強く、威嚇されては引き返すしかなかったようだ。
もう一つは人の姿をしながら羽の生えた種族――私達は彼らを羽人族と名付けた。背中に透き通った一対の羽を生やし、それは光の加減で七色に輝きを放ってとても美しい。彼らはもちろん宙を飛べるが、その高さには限りがあるようで、地面から一気に遥か上空へ飛ぶことは出来ないようだった。しかし木の上や崖などはいとも簡単に上ってしまい、人間にはない身軽さを持っていた。
彼らにも接触を試みたが、当然言葉は通じなかった。だが警戒心の強い獣人族とは違い、羽人族は私達に興味を持ち、積極的に交流をしようとしてくれた。友好的な態度は不安だらけの状況の中では心強かったことだろう。それに応えて私達も羽人族と交流し、地理の説明や物資の調達など、様々な助けを得て仲を深めていった。そうするうちに互いの言葉を学び、わかるようになり、意思の疎通もしやすくなった。そこで私達は拠点――すなわち新たな国作りの礎にふさわしい場所はないかと相談をした。これに羽人族は快く協力を申し出て、まさに適地と言える平原へと案内した。北には渓谷と山々が、南には森と海が見渡せ、私達は希望に溢れる第一歩に胸を躍らせた。
しかし羽人族は国作りを認めるに当たり、条件を付けてきた。話を聞けば、羽人族は獣人族にたびたび襲われ、恐れ怯えているのだという。自分達は非力で、抵抗する術も力もないので、獣人族から守ってほしいというのが条件だった。私達の中には武器の扱いに長けた者もいたが、旅の途中で多くの武器は失われ、満足な手入れもされていなかった。不十分な装備では獣人族に返り討ちに遭うことが心配された。
すると羽人族は武器はこちらで用意すると、十本の剣を持って来た。それは見たことのない材質の剣で、刃の根元には丸い石が埋められていた。自分達では重過ぎて扱えないが、あなた方なら使いこなせるだろうと、私達はそれを受け取り、羽人族を守ることを約束した。
現れた獣人族に振るってみると、普通の剣と比べ、恐ろしいほどの切れ味で、襲ってきた獣人族を瞬く間に撃退した。この結果には羽人族も私達も満足で、この二種族は互いに支える関係となり、協力し合いながら新たな国を作り上げていった――というのが、我がフレンニング王国に伝わる祖先の話だ。歴史の勉強でも、子守唄代わりでも、小さな頃から何度聞かされてきたことか。それだけ私達と羽人族との絆は深いということなのだろう。羽人族は人間を助け、人間は羽人族を守る。それぞれ恩を持つ仲だ。決して忘れてはならない気持ち。そして約束。それは五百年経った今でも引き継がれている。女王になった私の胸に――
「行けえ!」
大声で号令を出すと、周囲の兵達が武器を握り締め、一斉に駆け出す。砂埃が舞い上がる中を、私も兵に混じって駆け出した。
「打ち倒せ!」
兵の一人が鼓舞の叫びを上げると、他の者達も気合いの声を発し、表情に力をみなぎらせる。臆する者はどこにもいない。迫る目標に私も兵も突っ込んで行く。
見据える視線の先、そこには鎧をまとい、武器を掲げて向かって来る獣人の一団がいる。数は二十から三十と、こちらよりも少ない。だがそれで気を抜いてはいけないのが獣人だ。何しろやつらの身体能力は私達人間よりも上回っている。体の大きさは男はもちろん、女だろうと子供だろうと、皆人間以上に大きく、たくましい。そんな体に備わる腕力は、もはや怪力と言っていい。素手で地面を殴れば一瞬でえぐれる力は、一人で兵士三人分に匹敵するとも言われている。つまり数で有利だと油断してはならないのだ。どうなるかわからない互角な戦いと思わなければならない。
さらに厄介なのは獣人の皮膚だ。一見私達と変わらない肌も、実は厚く硬くて、普通の剣で切り付けても浅い傷しか付けられない。それでもしつこく切り続ければ倒せないこともないが、そのためには人数も時間も必要となる。戦いでは怪力よりも、こちらのほうが大きな障害だ。しかし、私達には受け継がれてきた切り札がある。
「ルギル隊、前へ!」
私の指示に九人の兵が横並びに剣を構え、迎え撃つ。私もそのすぐ後ろで同じように構えた。
ルギルとは、羽人の言葉で剣という意味だ。私と九人の兵が持つ十本の剣、これこそが切り札で、対獣人用の武器。そして、羽人族との約束の証――
獣人は凶暴な顔を浮かべてこちらに襲いかかって来た。巨大な石斧を振り上げ、兵に叩き付けようとしてくる。その腕を振り上げた瞬間に、九人のルギル隊は切り込んだ。
それはまるで草を刈るように切られていく。他の武器では手応えが得られないものが、羽人によってもたらされた剣では、石のように硬い獣人の皮膚も柔らかな布に変わってしまう。
「ウッ、グハ……」
腹を切られ、苦痛の声を上げると、最初の獣人が地面に倒れ込んだ。それを皮切りに互いが入り乱れての戦闘が開始された。
「こちらにはルギルがある! 恐れる理由などない!」
誰かがそう叫び、兵達をさらに勢い付かせる。私は周囲を見回し、苦戦している兵の元へ駆け寄った。
「ふんっ!」
兵に手を伸ばそうとしていた獣人のその手を切り付け、返した切っ先で腹を貫いた。獣人は持っていた武器を落とすと、私を暗い目で睨み、そしてその場に崩れた。
「……へ、陛下、ありがとうございます」
恐縮した様子で礼を言う兵士に、私は頷きを返し、次の獣人へ向かう。
人間は身体能力では獣人に敵わない。しかし他で勝っていることがある。剣術などの武技だ。兵達は常日頃からその鍛錬を欠かさず行い、出来る限り無駄な動きを排除している。だが獣人にはそういった洗練されたものがない。ただ力に頼って襲うだけの単調な戦い方しかしてこない。もしかすると獣人族には軍隊や剣術といった概念がないのかもしれない。見ているとそんな気さえしてくる。
もう一つ勝っていることは装備だ。こちらは皆金属製の鎧や武器なのに対し、獣人は木製の防具に石の武器しか持たない。どうやらやつらは金属加工技術を持っていないらしく、長年この格好で戦い続けている。それを見るに人間の文化水準より低いことがうかがえる。これだけを考えれば戦力の差は大きいが、相手は同じ人間ではなく獣人族だ。その大きな体躯と力は時に武技や装備の優位などを無視して勝ることもある。
三人目の獣人を仕留めたところで兵士の声が響いた。
「敵が逃げてくぞ!」
ルギルに付いた血を払い、視線を上げると、数人の獣人が一目散に、あるいは手負いの仲間を抱えて逃げ去って行く姿があった。
「恐れをなして逃げるか!」
「自ら仕掛けた戦いを捨てるのか!」
兵達は情けなく逃げて行く獣人の背に嘲笑する。
「……陛下、追いますか?」
ルギル隊の一人が私に聞いてきた。
「必要ない。いつものことよ。向こうは私達にちょっかいを出したつもりなのでしょう。いたずらは叱らないといけないけれど、まあ、次の時でもいいわ」
私は兵達のほうへ振り返り、その顔を見渡して言った。
「とりあえず、勝ち鬨を上げるわよ!」
握ったルギルを空へ振り上げると、それを合図に兵達が一斉に喜びの声を上げた。うおおと空気を震わす大声に聞き入る中で、地面の至る所で負傷者が座り込み、または力にひねり潰され、息絶えてしまった者が見えた。ルギルがあれば獣人に負けることはない。だが犠牲者はどうしても出てしまう。ルギルを持たぬ兵は力の差から必然的に逃げることが多くなり、追い詰められやすくなってしまうのだ。しかしルギル隊は隙さえ突ければ何も恐れず切り込んで行ける。
「……やはり、数が必要ね」
私は下ろしたルギルを見つめ、改めてそう思った。そのルギルに埋め込まれた石は、今日も満足げに白く光っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます