24. 献身

「アネラは、”調整” の能力の持ち主でした。」





オレの言葉に、ヴィルヘルム王は、「こんなに近くにいたとは•••••••。」と呟き、何事かを考えるようにしばし沈黙した。



“調整” の能力•••••さまざまな魔力を中和し、調整することで、”癒し” の力を発揮する。時代が時代なら、『聖女』と呼ばれた能力だ。何百年に一人いるかいないかほどの貴重な能力。


オレがそれに気づいたのは、川で溺れかけ、防御魔法が発動した時、魔力とは異なる、”光”を彼女が発してることに気付いたからだ。無意識に、『守るべく』働いた”調整”の能力。誰かを心から守ろうとする時、その能力は最大限に発揮される。



アネラにこの事を伝え、ジョンを救えるかどうかは、正直、”賭け” だったんだ。偶然使えたその能力を、自分の意思で使いこなせるようになることは難しい•••••。ジョンは、一度はアネラを陥れようとした男だ。そうであっても、彼女は、目の前の人を救いたい、という一心で成し遂げた•••••。





だが、父上は合理的な人だ•••••。アネラの能力は国にとっては貴重な能力だけど、犯人探しとは切り分けて考えるだろう。魔力を暴走させたオレを、王位継承から躊躇なく外したように•••。そういう人だ•••••。


ーーーこれに寂しさと胸の痛みを感じるのは、オレが甘いんだろうか••••?




◇ ◇ ◇



ユオンっ•••••?


扉を開けた時に聞こえてきた、ヴィルヘルム王がユオンへと放った言葉に、思わずゾワリと寒気が押し寄せる。


ーーー「決定的な証拠を示せない限りは、残念だが、王族とその妃候補への放言として、お前を捕らえることになろう。」ーーー


指の先が震え思うように動けず、扉の前で「待ってっ•••!」と声を張り上げた。少しでも早くユオンの元へ、と焦るのに、足がもつれてうまく動けない。


ーー私だけでなく、何もしていないユオンまで捕らえられてしまうの•••?


話を聞いてっ! 待って! と叫びながら、身体が冷えていく感覚の中、暖かい笑顔が目の前を覆った•••••!

「エドワード様っ••••!」

日焼けした肌に緑の目を覗かせ、「アネラ嬢、お待ちしていました。大丈夫です。団長を信じましょう。」と、ウインクし、片手を差し出してくれる。ーーーエドワード様の言う通りだわ••••。ユオンは、私がジョンを回復させる事ができるかどうかも分からなかったのに、それでもこの場で私のために申し開きをしてくれていた•••••。


私は息を整え背筋を伸ばすと、覚悟を決めエドワード様の手を取った。広間の真ん中で、図らずも皆の前で、ジョンを回復させるために能力を使うことにはなったけれど、おかげでどうやら、話は聞いてもらえそうだ。ヴィルヘルム王は長身の引き締まった身体を、椅子に深くもたれかけさせたまま、「アネラの”調整” の能力で、事件の重要参考人であるジョンが、意識を取り戻したのは、お前たちの大きな功績だ。」と、私とユオンを交互に見た後、担架の上に座る男に視線を定めた。

「さあ、ジョン、お前の知ってる事をすべて述べよ。」

 




「待ッ••••!!」ジェラリアが遮るような声を上げるが、王の会話を阻む事は許されず、すぐに、騎士により、制止されてしまう。




担架の上のジョンは、神経質そうな顔を曇らせて、顔に深い皺を刻みながらも、ポツリポツリと言葉を落としていく。


「ヴィルヘルム王、このような姿で失礼します。今から私が述べる事は全て真実です。」



王が頷くのに合わせ、ジョンは痩せこけた手で、毛布をきつく握りしめながら、震える声で話し出した。

「•••••あの日、私とジェラリア様は、ボートで城へ戻り、私の通行許可証で、外門から入城した後、ジェラリア様はお一人で、侍女の通行許可証を用いて、内門から入り、ミシェル様を殺害しました。」


割れるような大きなどよめきが起こった。


シャーロウは、金髪の頭をグリンッと動かし、血の気の引いた表情で、隣に不遜な態度を隠すことさえしなくなったジェラリアに食いかかる。

「ジ、ジェラリア••••、本当なのか?」


「シャーロウ殿下、私より、こんな悪党の言う事を信じるの?」


ーーーここまで来てもまだしらを切るなんて••••。こめかみに血管を浮かぶぐらい歯を食いしばり、未だにジョンを睨みつけているジェラリアは、自分から罪を認めることは決してしないのでしょう••••。


「し、しかし••••。」


シャーロウは、誰の言葉を信じていいのか、迷うように、視線が定まらず呆けて立ち尽くしている。


そんな彼に、ジョンがトドメの言葉を投げた。

「シャーロウ殿下、ーーー私めを毒殺しようとしたのは、アネラ様ではございません。今、あなたの隣にいるジェラリア様でございます。」


悲痛な訴えに、シャーロウが顔面蒼白になり、口をパクパクさせ、「なっ•••••。」と、一言呟いた後、言葉を失った。ジェラリアに真実を確認しようという気は既に失せてるらしく、緑の視線は、力なくさまよい続ける。



背後でコツンッと靴音を鳴らしながら、「こ〜んな情けない王子さまのお妃さまになるために、人を殺すなんて、そ〜んな価値ないでしょっ。」と、後ろでボソッと悪態をつくナイールに、侮辱罪で捕まるのでは、とヒヤヒヤしてしまう•••••。





王は椅子に腰掛けたまま、騎士たちに向かい、右手を高く上げた。

「ジョンは完全な回復後に、再度取り調べを。ーーージェラリアは捕えよ。」

王の言葉に、一斉に騎士たちがジェラリアを取り囲んだ。


剣を自身に向けられ、ジェラリアは、床に倒れ込み、溢れるような涙を流す。

「ヴィルヘルム王ッ!冤罪です!どうぞ私の言う事を信じてください!私は罠にかけられたのですわッ!この男が嘘をついているに違いありませんッ!」


王は鋭い眼差しを向ける。

「見苦しいぞ、ジェラリア。言いたいことがあるなら、後ほど存分に語るが良い。」



長身の身体に、真っ白な騎士の服に身を包んだユオンは、ずっと無言でジェラリアを見ている。


無言で佇むユオンと誰かの影が記憶の中で重なっていく。

ーーーそう言えば、私がまだシャーロウ殿下の妃候補で城に来たばかりの頃、あの頃は慣れないことばかりで少し無理をしていたっけ••••。だから、妃教育が終わった夜遅くに、城内の薬草を観察するために、時々部屋を抜け出していた時期があった。そんな夜は、決まっていつも離れた場所に、1人の長身の騎士が立っていた。


最初は、監視されてるのかも!? と思ったけど、私がどこに行こうが何も言わずに、ただ離れたところに立っているだけだった。ある時、シャーロウ殿下の悪友が、夜、殿下の部屋で酒を飲んだ帰り際に私を見つけ、不埒な事をしようとした時、初めてその長身の騎士は、圧倒的な強さでもって、その見知らぬ男から私を守ってくれた事があった。「あなたが無事で良かった。」と暗がりの中、ホッとした顔で呟いた美形の騎士は、とても優しい目をした人だった•••••。



今思えば、あれはユオンだった••••! 私は隣に立つユオンの横顔を見上げる。耳にかかるほどの漆黒の黒髪は綺麗に揃えられていて、瑠璃の瞳はずっと厳しい眼差しでジェラリアを見つめている。

ーーーずっと前から、私はユオンに守られていたっ••••!! 私が聞かなければこの人は自分からはきっと言わない•••••。ただ遠くから見守るだけの献身的な愛を、ユオンはなぜか分からないけどずっと私に捧げてくれていたのだわ••••! そう気づいた途端、胸の奥がツンッときて、込み上がってくる涙を必死に堪えた。




目前の床に這いつくばるように倒れたジェラリアは、荒い息を吐き出し、綺麗に整えていた爪を床に立てながら叫ぶ。



「私は、シャーロウ殿下の愛が欲しかっただけッ!騙されたのよッ!私は何もしていないッ!」


ジェラリアは、腰まで伸びた巻き毛のブラウンの髪を、床の上で散り散りに乱し、溢れんばかりの涙をこぼしていく。



ユオンはその様子をただ黙って見ていた。そして見ているうちに微かな違和感に気づき始める。ーーー目の前の女がとても微かではあるけれど、魔力を使っている••••••!? この事を感知した時、オレは、自分との”賭け” に勝ったことを悟った。


“賭け”•••••それは、アネラが”調整”の能力でジョンを回復させる事、そして、もう一つの、この最後の賭けにっ••••!



未だ泣きまねを続ける目の前の女に声をかける。


「ジェラリア殿、ーーーやっとあなたの水魔法を、私たちに見せてくれましたね••••?」

ーーーまるで悲劇のヒロイン気取りだ••••。


女は間抜けな顔を上げた。

「はっ••••?」








「唯一、”王族” だけが魔力の痕跡を『辿る』ことができることをあなたはご存知なかったようだ。」




「“王族” だけが『辿る』••••?」

女は徐々に顔を歪め、その顔に恐怖を映し始める。



「ミシェル様が殺害された部屋に残されていた水魔法の痕跡、それが誰のものかは、あなたが言うとおり、今の今まで決定的証拠はなく特定出来なかった••••。ーーーーけれど、今、あなたが自ら使った水魔法で、私は初めて、ミシェル様の部屋に残された魔力と、今、あなたが使用した魔力の質が同じものだと”特定” できました。」



魔力の痕跡を感じる事は、魔力が強いものなら誰でも可能だが、それが誰の魔力かを『特定』できるのは王族のみ••••。



「なッ何を言ってるのッ!王族だけが辿れるって、あなたは王族でも何でもないじゃないッ!」



女の金切り声と、今のオレの言葉の意味するところについて、広間内に動揺が走る。


その中を、低く、威厳のある声が響いた。

「その事については私から話そう。」そう言うと、ヴィルヘルム王が長身の身体を椅子から起こし立ち上がった。歳を取らないんじゃないかと思うほど、オレが子どもの時から全然容姿が変わらない••••。レオが言うには、剣の腕もなかなか強いらしいが、オレは一度も父上が剣を振るっている姿は見た事がない。だが、常に隙を見せない様子は、その強さの片鱗を窺わせた。


「シャーロウ、お前は先ほど、ジェラリアと運命を共にすると、この場でわしに宣言したな?」


「ち、父上ッ!そ、それは、ジェラリアが罪を犯していたなど知らなかったからです!知っていたらそのような事は申しませんでした!」


シャーロウは、自らの欲望の赴くままに、アネラを裏切り、今ここでジェラリアを切り捨てようとしている••••。


ーーー大切な人なら守れよっ••••!!!、


今すぐ怒鳴りつけたい気分になる。固くこぶしを握りしめ、目前のやり取りを忌々しく見ていた。





「殿下っ、私を裏切るのッ!」


「黙れ! お前は俺に嘘をついていたではないかッ! 」


「シャーロウ、ずっとジェラリアと一緒にいてなお見抜けなかったお前にも非はある。ーーーーお前は王の器ではない。頭を冷やすための半年間の謹慎を申し渡す。」


「父上ッ•••••!!」


ジェラリアを取り囲んでいた騎士たちが、彼女の両手首を背中の後ろで鎖で繋ぎ、捕らえた。


「離してよッ!!」


「この女を連れて行け。」


「は!」


ヴィルヘルム王は、一歩前に出て、広間を見渡す。獅子のようなオレンジの瞳がグラリッと揺らめいた途端、、、、、、






一気に大広間の全体が炎に包まれた••••••!?




「なっ!」

「ぁあああ!!」

「ギャァ〜ッ!」

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