15 ほんとうに容疑者••••???
「ジョンだ。そいつは、工場長のジョンという奴だ!!」
それまで黙っていたユオンが、突如、土の塊からできた人の姿を見て、呟いた。知ってる人なのだろうか?
皆が注目する中、ユオンは下唇を噛み、拳をギリリと握り締める。•••••ッ•••••••。途端に、土でできた人型の塊が青白い炎に包まれた。炎の中で、一瞬で形を崩し、塊が崩れ土埃に戻ったが、それらは下に落ちることなく、炎と共に消えてしまった。
「へっ??? 何!! 僕の作品、どこいっちゃったのっ??」
ガタガタッと椅子を動かし、ナイールが立ち上がって、たった今まで、土の塊があった空間に腕を伸ばす。サッサッと、空中で腕を振り、切る真似をするが、当然今はもうそこには何もない。
「そいつの醜悪な顔は、もう見る必要はない。そいつは、工場長のジョンと言う奴で、子ども達を無給で働かせるような奴だ。」
ユオンは鋭い目で、先程まで土人形があった場所を睨むと、腕を組んで苦虫を噛み潰したような顔をした。
「何でそんな男がジェラリアといるのさ??? また何か悪いことでも企んでそうで、僕、怖いんだけどっ!!」
ナイールの言葉に誰も反論しなかった•0。ユオンから聞くジョンと言う男の容姿の特徴は、ジェラリアの好みからもかけ離れていて、ただの男遊びとも思えない。
(殺人事件のあった日に、そんな曰く付きの人物と一緒にいるなんて•••。これはただの偶然? )
得体の知れない恐怖に、身がすくむ。
拳を固く握りしめていると、ふと、暖かい手に包まれた。隣に座るユオンが腕を伸ばし、こちらを見つめていた。たったそれだけのことで、心強さを感じてしまう。だって、彼の透き通った瞳がとっても優しく見えたから•••。
クレールは、落ち着きのない少年の肩を掴み、椅子に座らさせようと悪戦苦闘してる。その姿を見ながら息を整え、心を落ち着ける。
「ナイール、分かる範囲で良いから、ジェラリア達がその日何時ごろに到着し、その晩何をして過ごしたか、教えてくれるかしら?」
ようやくナイールは、ストンッと腰を下ろし、まだ納得がいかないのか、土人形のあった辺りに視線を彷徨わせていた。そのまま、う〜ん•••••••••としばらく何かを想い出すように、低く唸り声をあげた。
「そうだなあぁーーーーーーー、ちょうど昼ぐらいに馬車が到着して、ジェラリアと一人の使用人、そしてそのジョンとか言う奴が乗ってた。そんですぐ、彼女とジョンは、何も食べず、そのまま川辺に行くとか言ってたから、はぁぁあっっ??? とか思ったよねっ! どう見たって、川とか自然とかさ、似合わない二人じゃん??」
ナイールの率直な言葉に、こんな時なのに少し笑ってしまった。でも、本当になぜそんな場所へ? 確かに二人とも、川や自然から、もっとも縁遠そうな感じよね?
「それでその後はどうした•p?」
ユオンが、何やら考えながら、続きを促す。ギュッと私を握る手に力が入り、手を退かすタイミングを見失ってしまった。
「っあのさぁっ!!いい加減、僕の前でイチャイチャするのやめてくんないっ???僕、失恋の痛手から立ち直れなくなっちゃうっーーーー!」
ジトッーとした目でナイールが、私の手の上に重ねたユオンの手を見て、「くっつきすぎっ」とこぼす。ずっと見られていたことに居た堪れず、慌てて自分の手を引っ込めた。
「イチャイチャのうちに入らんだろう。」
ボソッと隣でユオンが呟くのが聞こえ、先程ユオンに抱きしめられたことを思い出し、顔に熱が集まる。
ナイールが頬杖をつき、口を尖らしながら、
「ま〜ったく、もう••••。んーーとねっ、その後は、ジェラリアが、バイオレット家の川辺の小屋はどの辺にあるか聞くからさ、このすぐ裏だよって、僕、案内したんだっ。ジェラリアたちは、出掛けてから、2-3時間ほどで帰ってきてたね。」と、一人でうんうんっと頷いてる。
ユオンが眉を上げ、「川辺の小屋?」と、問いかけると、クレールが、「バイオレット家が所有する小さなボートがあります。」と、同意を求めるように私の方を見たので、肯定の意を込めて、首を上下に振った。
「それで、ジェラリア達が、コテージに戻った後、何をしていたかあなたは知ってる?」
(嫌な予感に胸騒ぎがする。だんだんと、犯人の見つかる可能性が消えていくような•••。)
私の言葉に薄黄色の瞳を細めて、「知ってるも何も、それがさ〜、ジェラリア達は、帰ってきたら、一階の広間で酒瓶をあちこちに投げ散らかして、飲んでたんだよ〜。二人で機嫌良く、しかも一晩中だよっ!!! 話し声がうるさくってさ、読書の邪魔になるから、何度も文句言いに行こうかと思ったもんっ。でも、我慢したんだよ、僕。」と、プゥ〜ッと頬を膨らませたかと思うと、テーブル下の足先で床をタンタンッと打ち付けた。
一晩中??? 夜通し、このコテージで飲み明かしていた!?
「ジェラリア達がこのコテージに居たのは間違いなさそうね•••。コテージにいなかったわずか2-3時間で、城に戻り殺人を犯すなんてこと、できっこないわ。」
だんだんと声が陰っていくのが自分でも分かる。睫毛を伏せテーブルの上をボンヤリと眺めながら、頭の中では納得できない感情が渦巻いていた。
クレールも「馬車で城まで早足で駆けても、道も険しいですし、どんなに急いでもゆうに片道半日以上はかかってしまいますね。」と、頭をひねる。
少年は、頬杖をついた手を解放し、目の前にキレイに皿に盛られた赤いキヌの実をつまんで、パクッと口に放り込んだ。
「うんっ!! 甘くてトロットロッ!ーーーそれにさっ、仮にボートで川下りしたとしても無理だろうね。そもそも帰りは逆流して、帰ってこれなくなるし•••。」
「ナイール様ッ!行儀が悪いですよっ!」と、すかさずクレールから小言が入ると、少年は肩をすくめ、ペロッと舌を出す。「ごめんっごめんっ、つい話に夢中になって!!」ふふふっと笑う。
水色の髪の間から、金糸雀色の瞳を細めてニコニコしてる従兄弟を傍目に、これまでに得られた情報を頭の中で組み立ててみる。
ミシェル様はあの日、夕方の湯浴みの時までは、侍女たちと共にいたので、その時までは確実に生存していたことが分かっている。そして一度侍女たちが、ディナーの準備にと不在の間の、ほんのわずかな時間に殺された。
一方その日、一番有力な容疑者であるジェラリアは、昼に城を出て、夕方に到着。その後数時間は不在ではあったけれど、夜は一晩中、城から遠く離れたこのコテージに客と滞在していた。そのことは、馬車の御者から証言が取れていた。ここにきて、ナイールの話でその裏付けが確実なものとなった。
「ジェラリアでは•••ないということが確定かしら。」
何かモヤモヤする••••••••••••。
『•••••••••••』
部屋の中は沈黙に包まれ、窓から聞こえてくる鳥や虫の声だけが響いていた。
「••••確定するのはまだ早い。」
沈黙を破ったのは、静かな、けれどよく響く声だった。
(ユオンッ•••••?)
魔力を使っているわけでもないのに、真っ白な騎士の服を纏った鍛えた身体から、とんでもない魔力を感じる。そして、獲物を狙う狼のような鋭い眼光は、 碧色の瞳に光となって灯り、とても美しく見えた。その佇まいには、圧倒的なカリスマ性があり、騎士団長としてのユオンはこんな感じなのだろうか、などと考えが浮かぶ。
(まだ早いってどう言う意味??? 何か考えがあるの??)
皆が、ユオンの次の言葉を聞き漏らすまいと、固唾を飲むのが分かる。
ユオンは私たち一人一人の顔を見渡し、笑みを浮かべた。
「ジェラリアたちが行っていたという、川辺のボートを調べに行こう。」
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