10 強くなりたい

翌日、いつもの待合せ場所へ行くとアネラは現れなかった。その翌日も、またその翌日も、彼女は現れなかった。



一週間経ち、とうとう廊下を歩くロビーをつかまえ、アネラのことを尋ねた。

「ロビー•••先生、、アネラは今何をしているかご存じ•••ですか?」


ロビーは、オレと廊下で急に出くわし驚いたのか、メガネの奥の小さな目を丸くして、ジロジロ探るようにオレを見た。



「アネラは訓練期間が終了したので、実家に戻りました。最後にあなたに挨拶をしたいと言ってましたが、あなたのことはあまり公にしないよう私は命を受けてますので、断りました。悪く思わないでくださいね。」


それだけ言うと、「私は忙しいんですよ。」とこぼしながら、出張ったお腹の脇に数冊の本を抱えて、歩いて行ってしまった。


悪い予感が当たってしまった。アネラが来てからそろそろ半年経ってしまうのではと思いつつ、いつ訓練期間が終わるのか尋ねることができなかった。


例え聞いたとして、その時の自分に何ができただろう? それに、小さな女の子が、こんな街の中心部から何十キロも離れた場所へ、一人で来れるはずもない。






終わりはこんなにも簡単にやってくるのだと、オレはもう十分すぎるほど知っていた。どんなに全てを持ち、尽くしていても、あっけなくそれは変わることを、オレは嫌と言うほど思い知らされていた。




だから、与えられていたコトが無くなるたび、ただ嘆くのはもう終わりだ。


(”強く”なる!!! あらゆる意味で。そうしなければ、きっと彼女をこの手に迎えることは二度と叶わない!!)






意外だったのは、レオは本当にあれから何度もこの部屋を訪ねてくれ、魔力の使い方についていろいろ教えてくれたことだ。

大柄な身体の彼は、伯爵家の次男で、家督に縛られず騎士としての自分に身を捧げていた。


「いいか、ユオンっ。自分の魔力の特性をよく知るんだ。同じ水だとしても、片方は水を蒸発させたり氷にしたりすることが得意な者もいれば、水のままその量を増やしたり、その方向を変えたりする方が得意な者もいる。そしてまれに僕のように、そのどちらも得意な者もいる。」


レオは熟練した水魔法の使い手だった。滝のような大量の水で相手の進路を妨害したり、放たれた矢から身を守る為の、まるで鉄のような盾を一瞬で作り出したりできた。



なぜ彼がオレの身元引受人となってくれたのか、一度聞いたことがある。シルバー色の切り揃えた髪から日焼けした肌が覗く。そして遠くを眺めるように黒い瞳を細めて、話してくれた。


「君は顔が整っていたから、城でも随分目立っていたなあ。こちらを見透かすような大きな碧色の瞳が印象的だった•••。騎士として、君の近くに行った時、幼かったにも関わらず、あまりの魔力量の高さに衝撃を受けたんだよ。騎士団の中でも、あんなに高い魔力量は簡単にお目にかかれないからね。」と、椅子の背もたれに寄りかかり、頭の後ろで腕を組んだ。


オレは、前から考えていたことを打ち明ける。

「レオ、魔力の使い方だけでなく、剣も教えて欲しい。オレも騎士を目指したい!」 


レオは身体を起こして、こちらに向き直ると、頭に手をポンポンとおき、「早くここから自由になりたいなら、まずは魔力を完璧に使いこなせるようになることだ。剣の稽古はそれからだ。」と、穏やかな表情のまま微笑んだ。




◇ ◇ ◇



アネラが去って数ヶ月も経つ頃には、レオの指導のおかげもあり、相当自分の魔力をコントロールできるまでになっていた。


完全に自分の魔力を使いこなせることができるようになり、施設から出ることが許されたのは、入所してから二年後のオレが9歳のこと。




施設から出て一番最初にしたことは、アネラの居場所を探すことだったが、彼女の実家は、ほどなくすぐに見つかった。

由緒ある家柄に生まれた「魔力なしの落ちこぼれ令嬢」と揶揄する者も一部いたが、同時にその容姿の良さでも噂を集めてもいたのだから•••。

アネラの父、ルーン・バイオレット・サン公爵は、代々貿易で名を馳せた家系だ。彼女に相応しい”強さ”と身分を得るために、オレが騎士の道を選ぶことは、必然だったようにも思う。



騎士団に入団できるのは15歳以上という年齢制限が課されていたが、そんなのを待つ余裕はなかった。騎士団の副団長だったレオから個別に剣を学んでいただけでなく、13歳になる頃には生来の魔力の高さとそのコントロール力を買われ、本隊騎士の訓練に招かれるようにもなっていた。



◇ ◇ ◇




あれは、騎士団に入団してすぐの頃だった。一発合格は難しいと言われていた入団試験も突破し、オレは新兵としてレオに剣の稽古をつけてもらっていた。


「おい、知ってるか、今度の妃候補•••!」

「何でもすごい美人らしいぞ。」

「あの令嬢だろ?俺、前から目をつけてたんだけどな!」

「何だよ〜俺、結構本気で好きだったのに!」



「レオ、何かあったのか?みんないつもよりざわめいている。」

ビュンッと、レオ相手に訓練用の剣を大きく振りながら尋ねる。


レオは大柄な体格にも関わらず、身軽な動きでオレの剣を容易く避ける。「シャーロウ殿下の最初の妃候補が決まったからね。」と、オレの間合いに一瞬で入り、剣を叩き落とそうとしてきた。


(あ、あっぶなっ!!!)


間一髪で、手首を捻り回避する。


「それがどうした??? シャーロウ殿下ももう14歳だ。実際に結婚するのが先だとしても、妃教育を施さなければならないんだ。別におかしくはないだろ。」

言い終わる直前、地面を蹴り高く跳び上がり、上からもう一度、レオを狙う。


レオは上を見ることもなく、先ほどまでオレがいた地面を見てる!


「もらったっ•••!」

思い切り剣を振り下ろす。


!?




「い、痛いっ!!! レオッ•••!! 降参 !! 降参!!」

気づけば、地面にめり込むぐらい身体を叩きつけられ、剣の柄の部分で肩を抑えられている。



「ハハハッ、ユオン、最後の最後まで相手の反撃を想定して攻撃しないと。油断しちゃダメだ•••! あと、皆が騒いでるのは、新しく決まった令嬢が、随分可愛らしいからみたいだよ。僕には若すぎるけどね。君目当ての令嬢も随分いるみたいだけど、君はそういうのは興味ないのかい??」


レオは、片腕を使ってオレをヒョイッと立たせてくれたが、身体の痺れが抜けずレオに寄りかかる。そんなオレの肩や頭に手を置き、丁寧に土をはらってくれる。



「油断は•••していなかった•••。令嬢には興味がない。•••オレには心に決めた人がもういるから•••。」


(そもそもどうしてみんな、それ程よく知らない異性を、簡単に好きになれるんだ?? )


オレに手紙寄こしたり、待ち伏せしたりする女性たちだって、オレとは言葉だって交わしたことないはずだ•••たぶんっ•••。




「それは初耳だな!! 君があんまりにも令嬢からの数多のアプローチにも全然動じないから、てっきり君は女嫌いとか、そういうもんだと諦めてたんだけどな。人は見かけによらないな。シャーロウ殿下もああ見えて、初恋のバイオレット家ご令嬢を迎えたし•••。」


レオは人の良さそうな笑みを浮かべて、逞しい両腕で、寄りかかっていたオレの身体を慎重に立たせてくれ•••


(バイオレット家? 初恋? まさかっ!?)


ドサッ


「ん?ユオン、どうした?? 剣が落ちたよ。••••んっ?おいおい、どうしたんだ??」

レオが倒れ込んだオレの背中を支えてくれるが、言葉が耳からすり抜けていく。


(あれ?剣ってどうやって持つんだっけ? 今までオレ、どうやって立ってたっ??)






結局その日は、訓練が手につかず、家に戻らされた。


シャーロウは、あの施設であった頃からアネラにずっと目をつけていたらしく、しつこく彼女にちょっかいをかけていたようだった。しかも、ちょっかいをかけていたのは彼女一人ではなく、他にも何人もいるというから呆れる。さらにシャーロウは、夜の街で女性とたびたび遊んでもいたッ!!


「ッんのヤロウッ•••!!!」


絨毯の上で火がぶわりっと燃えたので、慌てて足でドンッと踏み潰して消す。


(あんな男にアネラを取られるのはごめんだ。)


アネラに会いに行きたかったが、彼女を王位継承の争いに巻き込むわけにはいかなかった。あの施設でのユーリが王子だったと、おそらく今の彼女なら知っているだろうから•••。



だが、考えようによっては、結婚式が執り行われる「その日」までは、アネラは大切に守られるという点では良かったかもしれない。あくまで候補であり、まだ妃ではない。

あのシャーロウでさえ、簡単には手出しできなくなる。




自分に言い聞かせる。彼女を幸せにしたいなら、順番を間違えるな!! あらゆる意味で”強く”なれっ!! ”時”が来るのを待つんだ!








オレは王子の身分に何の未練もないが、、だが、•••もし、万が一、本当にシャーロウとアネラが結婚ということになれば、、、





(オレは第一王子という地位を取り戻すために、全力を尽くそう。)

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