Part6

「やっと出口だ!」

「早く陽の光浴びてぇー!」

「みんな、お疲れ」


 スライムを倒してからは特に大きな障害もなく。ついに一行は、光が射し込む出口を見つけた。


「どうだった、クラリス」

「みんなと一緒だったから、頑張れた」

「それはよかった」


 初めての山越えは、とても大変なものだった。強敵との戦いもあれば、仲間全員に情けない姿を見られるような恥ずかしい事もあった。


 だがそれでも、クラリスはこの冒険を楽しむ事ができた。それは、仲間がいてくれたからに他ならないだろう。


「みんな止まれ!」


 だが感傷に浸る間もなく、それは起きた。


 レオンが突然足を止めて叫ぶと同時に、周りの仲間も皆揃ってぴたりと足を止めた。


「言われなくたってそうするよ」

「すごく、嫌な感じだね」

「この感じ……ダメ……!」


 レオンに言われなくとも、全員が気付くほどの不穏な気配に皆冷や汗を流しながら武器を取る。


 緊張感が漂う中、突然地面が弾け、それが姿を現した。


『やアヤあニンゲんノ皆さマ、ご機ゲンよウ』

「っ……!?」


 それは、異形。

 包帯に包まれた頭部には不規則に眼球が並び、額についた口からは男と女が混ざったような声を出し、身体は左右非対称で右腕は剣と一体化。左腕は骨が剥き出しになっている。

 足先は棘のようになっていて、僅かに宙に浮かんでいる。


(なんて威圧感なんだ……!)

(こいつはやべぇ、オレたちにどうこうできる相手じゃねぇよ!)


 何より威圧感が圧倒的だった。ここにいる全員が気圧される程のプレッシャーだ。


 この山の洞窟に、こんな人語を解する異形のモンスターがいるという情報はなかった。恐らく、外から来た何かだろう。


「誰だ、お前は!」

『魔人。コれ以ジョウは、名乗ル価値なシ。キャハ!』

「魔人って、まさか魔神王の……!」


 異形が名乗った、魔人という名にはレオンだけでなく皆心当たりがあった。加護の剣士が打ち倒すべき最後の敵。闇の根源、魔神王。その直接の配下が、魔人という存在だ。


(身体が、動かない……!)


 魔人を前にして、クラリスは足が竦んでしまう。身体が震えて動かない。怖いのだ、魔人が。


『キヒヒ、マずハ雑魚カら殺シちゃオっかなァ!』

「まずい、逃げろクラリ──」


 一瞬で、リックの頭の上半分が消えた。切断された面から、血が溢れ出る。


 雑魚からという言葉に、クラリスを逃がそうとして振り向いた瞬間。一瞬にして頭蓋骨ごと頭部を斬られたのだ。


「リック!?」

『赤イ血、キレい! ニんゲン、哀レ! ギャハハハハ!』


 リックが死んだ。リックが死んだ悲しみに、高笑いを上げる魔人への怒りと恐怖。色々な感情が押し寄せるが、泣いている暇も恐れている暇もない。


 一瞬の迷いが、死に繋がるのだ。


「ミミィ、魔方陣を! こいつは俺が抑える!」

「リックが、リックが!」

「死にたいのかッ!」

「なんで、なんでこんな……!」


 レオンに急かされ、ミミィが震えて涙を流しながらも魔方陣を描き始める。

 

 魔人を倒すには、剣では勝てない。魔法で消し去るしかないとレオンはこの状況で瞬時に考えたのだ。三人で、生き残る為に。


(どうして、足が震えて……動けない……)


 そんな時でも、クラリスは動けなかった。リックの呆気ない死を目の当たりにして、力が入らなくなってしまったのだ。


「殺すのが! 人を殺すのが、そんなに面白いか!」

『ヤるネ、キみ』

「許さない……絶対にッ!」


 クラリスは動けず、ミミィは魔方陣の作製。たった一人でレオンは魔人へと立ち向かい、剣を打ち合う。


 凄まじく重い魔人の斬撃を受け流しながら、隙を突いて斬撃を加えてゆく。力では圧倒的に劣るものの技量では勝るようで、レオンが優勢にも見えた。


「急がなきゃ、急がなきゃ急がなきゃ……!」


 一方ミミィは、目を血走らせながら必死に魔方陣を描き進めてゆく。魔人を焼き尽くすに足るであろう、最上級の火炎魔法だ。


「じゃないとみんな殺される! レオンも私も……」


 全ては、もう誰も殺されない為に。皆で、生きて陽の光を浴びる為に。


「クラリ、ス……」


 だがそんな中、頭にクラリスの名が、顔が浮かんだ。


「なんでクラリスだけ、ずるいずるいずるいずるい……!」


 クラリスは死なない。殺されても死なない。リックが殺され、例えレオンと自分が殺されたとしても、クラリスだけは死ぬ事がない。


 羨ましい。妬ましい。クラリスばかり不死の力を持ってずるいと、彼女に対する感情で、魔方陣を描く杖を握る手が震えた。


「勝つんだ、勝って生きるんだ!」


 横薙ぎの斬撃をバックステップで躱し、再び距離を詰める。


「俺はまだ、クラリスに言いたい事も言えてない!」


 一瞬の隙を突いて腹部に一撃を加え、再び距離を取る。防御優先の戦い方で少しずつだが魔人に傷をつける事ができ、一方レオンは殆どダメージを受けていない。今のところは優勢だ。


 一瞬も気の抜けない戦いの中、レオンは決心する。この戦いに生き延びる事ができたのなら、その時はクラリスに想いを伝えてみようと。


「もうすぐで……できた!」


 そして剣戟の音が響く中、ついに魔方陣を完成させたミミィ。あとは血を垂らして詠唱するだけだ。


 ナイフを指に当てた瞬間、足先にこつんと何かが当たる。


 足元を見下ろしたミミィが目にしたのは、切断されて断面から血を流すレオンの首だった。


「えっ……」


 何が起きたのか。理解出来ずに硬直してしまったその一瞬。横薙ぎに放たれた魔人の一撃で、ミミィの身体が上下に両断されてしまった。


「どうして……」


 上半身だけになったミミィが、断面から溢れるほどの血を流しながらクラリスを睨む。


「ずるいよ、クラリス……ちゃん…………」


 最後にそう言い残して、ミミィは息絶えた。


 その言葉がクラリスの胸に突き刺さり、心を曇らせる。


『雑ハ、みナ殺シ! ゼツ望、オもシロイ! ギヒャハハハ!』


 愉しそうに嗤う魔人の言葉に、クラリスは気付き、憎しみを抱く。


 レオンは初めから、有利などではなかった。遊んでいたのだ、こいつは。魔方陣が完成し、勝利が目前という所で殺して希望から絶望に突き落とす為に、こいつはわざと劣勢のフリをしていたのだと。


 その悪意に、知性に、クラリスは思わず吐き気を催した。


『不死ノ剣士、あトハ君だヨ』

「……殺す」


 そしてその時、クラリスの中で何かが壊れた。


「殺すッ!!」


 剣を握り、魔人へ向けて斬りかかる。


 魔人は弾こうと剣を振り上げるがその瞬間に寸止めして剣を逸らして回避、すかさずもう一撃を叩き込んだ。


『タノしいネ、不死ノ剣士!』

「殺す」


 振り下ろされた斬撃をバックラーで受け流し、もう一撃。


 見開いた目で、一瞬たりとも目を逸らす事なく。魔人の姿を捉えながらその身を斬りつけてゆく。


『いイネ! イいヨキみ!』

「殺す」


 生まれて初めて抱いた、強い殺意を込めて。クラリスは無心に剣を振るう。


 ただ怒りと憎しみのままに。


 ただ、敵を殺す為に。


『デも残ネン』


 しかし、勝てなかった。魔人が軽く一撃を振るうと簡単に剣が折られ、クラリスは成す術を失った。


『弱いヨ、きミ』


 そして魔人の剣が燃え上がり、炎の剣となるとその剣先がクラリスの腹へと向けられる。


「うあ゛あ゛ぁぁぁああぁぁぁぁっ!!」


 燃え盛る刃が身体を貫き、クラリスは苦痛のあまり絶叫を上げた。


 剣で貫かれる痛み、身体を内側から焼かれる熱さ。地獄の苦痛に悶え苦しむクラリスから剣を抜くと、魔人は再び無慈悲に剣を振り上げた。


「いっ……か、はっ…………」


 炎剣が、次は肺へと突き刺される。


 肺が焼け、息もできない。それでも死ぬ事さえできない。必死に酸素を取り込もうとするも叶わず、まるで絞首台にかけられた囚人のような苦しみを受けながら、クラリスはぽろりと涙を零す。


『カワいソウ! カわイソう二!』


 その後も容赦なく、嗤いながら、魔人はクラリスの身を滅多刺しにして苦しめてゆく。頭と心臓は狙わず、じわじわと嬲り殺しにするように。


 苦痛と絶望の中、クラリスは思う。


(きっとこれは罰。不死なのに、弱虫で臆病で何の力もない私が……神様に赦される筈なんてなかったんだ……)


 そしてこの時、クラリスの心は折れてしまった。

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