45 新学期

 新学期は、陰惨な気分で迎えた。始業式の日、いつもの交差点に安奈は来なかった。ギリギリまで待ってみたが、無駄だった。きっと早めに家を出たのだろう。一旦一組の教室に荷物を置いた俺は、二組へと向かった。安奈のことが、すぐには分からなかった。彼女は、長く伸ばしていた髪を――バッサリとショートに切っていた。


「安奈」


 自分の机に座っていた安奈に、俺は呼びかけた。すると、彼女は俺の顔など見ずにこう叫んだ。


「もう別れたんだから、来ないでよ!」


 俺はクラス中の注目を浴びながら、一組へ戻った。相当酷い顔をしていたのだろう。香澄がいつものおちゃらけた態度をせず、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


「どうしたの?」

「安奈と、別れた」

「ええっ!?」


 それから、俺と拓磨と香澄とで、放課後ファミレスに行くことになった。


「えっと、本当は付き合ってなくて? でも安奈ちゃんは達矢のことが好きで? でもって芹香ちゃんのことが達矢は好きだったの? それから千歳ちゃんにも告白されてたって? あーもうボク頭こんがらがってきた!」


 うんうんと唸りながら香澄は頭をかきむしった。拓磨は冷静だった。


「色々と、大変だったんだな、別荘の後」

「ああ……うん」


 山盛りポテトに俺は手が出ない。不味いアイスコーヒーをすすっていた。拓磨が言った。


「実はオレ、気付いてたんだ。安奈ちゃんと本当には付き合ってないってこと」

「マジで?」

「二人の雰囲気というかなんというか……。恋人同士のそれが無かった。安奈ちゃんの片思いにしか見えてなかった」


 ははっ、拓磨にはバレてたのか。俺は息を漏らした。


「それで、これから達矢はどうしたいんだ?」

「これからって言われても……。俺、自分で自分の気持ちが分からなくなってきた」


 芹香のことはもう吹っ切った。今日も仲のいい二人の様子を確認したばかりだ。寄り道でもするのだろう、芹香が自転車を押して、優太と並んで歩いていく姿を見た。だから、それはもう大丈夫だ。問題は。


「俺、安奈のことは好きなんだ。でも、それが幼馴染としてなのか、女の子としてなのか、分からない。あいつとは、ずっと一緒に居たから」


 頭をかきむしるのをやめた香澄が、こんなことを聞いてきた。


「じゃあ、安奈ちゃんとえっちなことしたい? ぶっちゃけそこじゃない?」

「ああ。つまり性欲の話か」


 拓磨が整理してくれた。それで余計に俺は悩んだ。


「いや、なんつーか、そこまでは。あいつ、きっと怖がるだろうし」

「だーかーらー、達矢の気持ちを聞いてるの。安奈ちゃんとえっちできる?」


 俺は想像してしまった。安奈の白くしなやかな肢体を。そして、かあっと顔が熱くなってきた。いけないことを考えてしまっている気がした。


「今のままじゃ、できない。段階踏みたい」

「ってことは、したいってこと?」

「うーん、そう言われると、そうでも無いような……」

「香澄、その辺にしておけ」


 拓磨が香澄の肩を叩いた。


「俺、こわくなったんだ。初めてあいつの本当の気持ちと向き合って。今までどれだけあいつを傷つけてたかってわかって」

「そうだな。でも、達矢だけが悪くないぞ」


 拓磨が言った。


「最初に嘘をついたのは安奈ちゃんなんだろう? 達矢はそれに合わせただけ。そこまで罪悪感を感じる必要は無いと思う」

「おお、バッサリ切るねぇ拓磨。ボクもそう思う」


 香澄はもぐもぐとポテトを食べながら言った。そして、今さらこんなことを叫んだ。


「っていうか、別荘で同室にさせたのまずかったよね! マジごめん!」

「いや、あれはいいんだ。安奈もあの日、ぐうぐう寝てたしな……」


 あれはきっと、絶対に襲われないという確信があったからだったのだろう。今思うと、だが。俺が安奈を幼馴染としか見ていない、と分かっていたからこそできた行動だ。


「俺、自分がどうしたいのかが分からない。こんな気持ち、初めてだ」


 ぽつりと俺が言うと、拓磨も香澄も黙ってしまった。どうすべきか、じゃなくてどうしたいか。それが分からないなんてこと、今まで無かった。

 芹香のときは、彼女と付き合いたい一心で突き進んだ。千歳ちゃんの想いも、受け入れることをしなかった。そして、安奈とは? 俺は安奈とどういう関係になりたいんだろう。


「飲み物取ってくる」


 俺は席を立ち、追加のコーヒーを入れに行った。その間に、拓磨と香澄は何やら話していたようで、こんなアドバイスをくれた。


「ボク、ひとまず気持ちを寝かせて、ゆっくりさせてあげるのが良いと思うよ。自分のわからない自分のことだもん。きっと、時間がかかるよ」

「オレもそれが良いと思う。焦るな。焦って答えを出すのが一番ダメだ」

「そうか。ありがとう、二人とも」


 俺はその通りにしようと思った。そして、こんな話を聞いてくれる友人たちの存在に感謝した。

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