33 パンケーキ
風呂に入った俺は、芹香にラインを送った。
『補習やっと終わったー! 次の土曜日、遊びに行かない?』
既読はなかなかつかなかった。俺はソワソワしながら机とベッドを行ったり来たりして、返信を待った。一時間後に、返信が来た。
『別にいいけど。どこ行くの?』
それにはすぐ既読をつけなかった。待ち構えていたのがバレると恥ずかしいからだ。しかし、やはり待ちきれなくて、五分くらいしてから返事をした。
『ミナコーの近くに、新しくパンケーキの店ができたらしいよ。一緒に行こう』
甘いもので釣る作戦だ。芹香だって新しいものには興味はあるだろう。
『わかった。何時くらい?』
よし! 俺は思わず叫んだ。それから、いくつかやり取りをして、俺たちはパンケーキ屋へ向かうことになった。
俺はこの日に備えて、新しく服を買っていた。黒地にロゴの入ったTシャツに、細身の白いパンツだ。
またもや待ち合わせ場所には早めに着いた。芹香が来たのは時間の五分前くらいだった。
「よう、芹香」
「達矢。何だか今日は、色味がかぶったね」
芹香は黒いチュニックに白いスキニーデニムという格好だった。俺たちは顔を見合わせて笑った。パンケーキ屋は、ミナコーへ行く途中の路地を折れ、しばらく行ったところにあった。
「わあっ、行列できてるね」
「芹香、待つの大丈夫?」
「へーきへーき。まあ、この手のやつは並ぶだろうと思ってたし」
俺たちは列の最後尾に並んだ。待ちながらした話は、安奈のことだった。
「あの子、話しやすいね。見た目だけで敬遠してたよ」
「だろ? まあ、俺は安奈の第一印象なんて覚えていないけどな」
「保育園の頃から一緒なんだっけ?」
「そう。出会ったのは赤ん坊のとき」
一番古い安奈との記憶は、家族ぐるみでキャンプに行ったときだ。五歳くらいだったと思う。あの頃はまだ安奈も虫が平気で、一緒に捕まえて遊んだ。そんなことを芹香に喋った。
「あたしの一番古い記憶は……三輪車かな」
「三輪車?」
「うん。あたしが三輪車で遊んでいたら、同じくらいの年の男の子に取られて、泣いてる記憶」
「あははっ、なるほど」
小さい頃の芹香はどんな風だったんだろう。いつか、家に行けたとして、アルバムでも見せてくれるかな。そんなことを考えてしまい、俺はにやけた。
「達矢、そんなにパンケーキ楽しみ?」
「ああ、まあな」
いけない、芹香と二人だと、どうしても顔が緩んでしまう。
「あたしもさ、ここのパンケーキは気になっていたんだ。でも、こういうとこ、一人じゃ行きにくいし。誘ってくれて良かったよ」
「そっか。シェアもできるしな」
列が近付いてきて、俺たちはメニューの出ている看板の辺りまできた。それを見ながら、芹香とあれこれ話し合った。
「俺はチョコレートソースのやつがいいな」
「あたしはベリーソース。でも、期間限定のマンゴーも気になるな」
「両方食べる?」
「ははっ、そこまであたしは大食いじゃないよ」
順番が来た。俺と芹香は正面に向かい合って座った。結局芹香はベリーソースのパンケーキを選んだ。周りには、女性客が多い。たまに居る男性も、女性の連れだ。俺もそんな風景の一部だと思うと、鼓動が高鳴った。現状、友達同士なわけだが、見ようによってはカップルにも見えるかもしれない。
「おおっ! きたきた」
二人分のパンケーキが到着した。四枚のパンケーキが円状に並べられており、その中心にはこれでもかというほどの生クリームが乗っていた。俺のにはチョコレート、芹香のにはベリーのソースがかかっていて、見栄えも良い。
「いただきます」
芹香は写真など撮らず、早速ナイフとフォークを構えてパンケーキに取り掛かった。少ししてから俺は言った。
「一枚交換しよう」
「いいよ」
芹香とこんなことができるだなんて、俺は特別な存在だな。そう思いながらパンケーキを噛み締めていると、芹香がこんなことを言った。
「明日、優太と遊ぶ約束してるんだ」
「へっ!?」
俺はフォークを落としそうになった。コーヒーを一口含み、続きを聞いた。
「友達としては付き合ってやろうかと思ってね。いい加減、可哀相だし」
「あはは、そういうことか」
優太の奴め、いつの間に約束を取り付けていたんだ? 俺の胸はざわついた。優太よりは、芹香に近付いているとばかり思っていたのに。
「優太って、なんか子犬みたいじゃない? 可愛く思えてきた」
「ああ、それ分かる。俺も優太と二人で遊びに行ったことあるからさ」
あのときの優太は、確かに犬っぽかった。興味のある物には、ぶんぶん尻尾を振って近づき、目を離さない。凄いと思ったらキャンキャン鳴く。手まで繋がれたんだっけな、と俺は思い出した。
「で、どこ行くの?」
「水族館。この時期暑いだろうからって」
なるほど、優太は俺とのデートの経験をまんま活かそうとしているらしい。
パンケーキを食べた後、芹香とはすぐに別れた。明日、優太と会うんだ。そのことが頭にちらついて離れなかったが、今日過ごした日のことを大切にしようと俺は思った。
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