31 幸福

 芹香との幸せなデートを終え、帰宅した俺は、その興奮が冷めやらず、安奈にラインを打った。


『映画デート成功! 男友達としてはバッチリ認められた!』


 既読はすぐについたが、返事は五分後にきた。


『良かったね! どんな感じだったの?』


 夕飯までにはまだ時間があった。それで俺は安奈に電話した。


「安奈? 今日だけど、最高にいい感じでさ!」


 それから俺は、二回目の映画も良かったということ、一緒にお酒を飲もうと約束したこと、クレーンゲームでニャンティのぬいぐるみを取ったことを話した。


「楽しかったんだね」

「ああ、そりゃあもう。そうだ、安奈はあの小説、読んだか?」

「実はまだ途中なんだ」

「俺はもう読んだぞ」

「ふふっ、じゃあ達矢の勝ちだね」


 そして、俺ばかり話しているのも悪いかと思い、安奈に尋ねた。


「安奈は今日、何してたんだ?」

「えっと……わたし?」


 安奈の声のトーンが一段落ちた。


「なんだよ。どうした?」

「えっとね、千歳ちゃんとお買い物に行ったんだけどね……」


 安奈は千歳ちゃんとショッピングモールに行ったらしい。誕生日プレゼントに渡したあのネックレスをつけて。すると、千歳ちゃんがそれを欲しがって、同じようなデザインの物を自分で買ったのだとか。


「わたし、嫌だったんだけど、言い出せなくて」

「ふーん、そっか」


 安奈は昔からこういうタイプだ。だから代わりに俺が言ってやることも多かったが、今度ばかりはもう遅い。それに、同じ物を欲しがるだなんて可愛いじゃないかと俺は思った。


「達矢は嫌じゃないの?」

「別に? 普通によくあるだろ、ああいうデザイン」

「でも、わたしにとっては唯一の大切な物なの」


 俺は、あのネックレスを渡したときのことを思い返した。俺の予想よりはるかに喜んでくれたし、大事にしてくれている。そのこと自体はとても嬉しかった。


「だから、真似なんてされたくなかった」

「でも、もう買っちゃったんだろ? じゃあ、仕方ねぇじゃねぇか」

「うん……そうだね」


 自室のドアがノックされた。夕飯の時間だった。


「それじゃあ安奈、また学校でな」


 電話を切ってドアを開けると、母親が立っていた。


「安奈ちゃんと電話してたの?」

「うん」

「あんたたち、仲いいわね。まあ、母さんとしては嬉しいけど」


 今夜は鶏肉と野菜の炒め物だった。父親は缶ビールを開けていて、これは休日のいつもの光景だった。肝臓の数値が悪いから、あまり飲めないので、土曜日だけ解禁するらしい。


「俺、早くお酒飲めるようになりたいな」


 俺が言うと、父親は嬉しそうに目を細めた。


「おっ、達矢。父さんも楽しみだな。一緒に居酒屋とか行ってみたいよ」

「俺はショットバーに行きたい。父さん、行きつけとか無いの?」

「いやぁ、父さんは最近飲み屋には行ってないからな……」

「ちょっと父さん。私たちの子なんだから、達矢もあんまり飲めないかもしれないでしょう? お酒を勧めるのはやめて」


 母親は下戸だ。一滴のアルコールも受け付けない。父親だって、酒は好きだが強い方では無いらしい。だから俺も、もしかすると飲めない体質なのかもしれない。

 芹香はどうだろう。飲み屋の娘だから、それなりにいける方なのかもしれない。その答え合わせができるのは五年後だ。そのときが来るのを俺は待ち遠しく思った。


「それより達矢。勉強の方は大丈夫なの? もうすぐ中間テストでしょう?」


 口うるさい母親だ。ミナコーを志望校にすると決めたときも、散々詰められたものだった。私立に行かせるお金は無いんだから、絶対に受かりなさいねと受験生時代はガッツリ監視されていたものだ。


「あー、大丈夫だよ。一番前の席だから、寝ないでちゃんと授業受けてるし」

「寝ないのは当たり前でしょう。予習や復習、ちゃんとやってるの?」

「それなりに」


 いや、全くやっていない。中間テストの存在も、母親に言われてから思い出したくらいだ。そうだ、そろそろ勉強もしなくちゃな。

 夕飯を終え、風呂に入った俺は、ラインが来ているのに気付いた。芹香からだった。


『今日はありがとう。ニャンティ、ベッドのところに飾ってる』


 写真も送られてきていた。目覚まし時計の横に、ネコのぬいぐるみがちょこんと置かれていた。


『こちらこそ、ありがとう。また遊びに行こうな』


 それには、オーケーのスタンプだけが送られてきたので、俺もラインを打ち切った。本当はもっと、芹香と話したい気分だった。

 そうだ、今夜も芹香は一人で夕飯を食べたのだろうか。こんなことなら、家に呼べば良かったかなんて思ったが、それはいくらなんでもやりすぎだなと思い直した。

 もし、芹香を家に呼んだら。母親は大騒ぎだろうな。父親だって、動揺するに決まっている。そんな様子を妄想して、幸せな気分のまま、俺は眠りについた。

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