15 図書当番

 放課後がやってきた。俺たちは三年生の先輩に着いて、図書当番のやり方を教わっていた。二組の安奈と優太も一緒だ。これだと、四人で帰る流れになるのかなと思いながら、説明を聞いていた。

 貸出はバーコードの読み取りを自分で行う方式で、返却のときだけ俺たち図書委員が本を預かり、バーコードに通して、その人が借りている本の冊数を確認する流れらしい。もし延滞があったら、そのときに指摘しなければならないが、元々利用者数もそう多くないし、そんなことには滅多にならないのだとか。

 とにかく、完全下校のベルが鳴るまで、カウンターに座り続けること。それさえしていれば、何か本でも読んでいてもいいし、何なら勉強をする人も居るくらいだと先輩から教わった。

 二十分ほどで説明は終わり、俺たち一年生は解放された。


「じゃあ、あたしチャリだから」


 なんと、芹香は自転車通学だった。家からミナコーまで割と近いらしい。


「マジか! 今日は芹香と一緒に帰れると思ってたのにー!」


 俺の心の声を、優太が代弁してくれた。俺もショックだ。仕方なく、俺、安奈、優太の三人で駅へ向かった。しょぼくれた優太を見かねてか、安奈がこんな声をかけた。


「まだ時間あるし、カフェとか寄ってく?」

「マジで? 寄る寄るー!」


 たまにはこんな日もいいか、と俺も賛成して、三人でカフェへ向かった。俺はいつもどおりのホットコーヒーだ。安奈はカフェラテだろう。優太はというと、カウンターまで来た途端、固まってしまっていた。


「えっ、凄い種類あるんだけど……」


 そうだろうか。別に、何の変哲もない、セルフサービス式の普通のチェーン店だが。優太はすがるように俺の目を見てきた。


「何飲みたいの?」

「普通のホットコーヒーでいい。でも砂糖は欲しい」

「じゃあ、ホットのブレンドのSひとつで。砂糖はここのカウンターから取りな」

「あ、ありがとう」


 もじもじとする優太の様子を見て、俺はもしやと思った。


「優太って、こういうカフェ、来たの初めて?」

「う、うん……」


 意外だ。優太のフットワークの軽さから、カフェくらいは行ったことがあると思い込んでいた。四人掛けのソファ席に俺たちは移動し、俺の隣に安奈、俺の前に優太が座った。


「おれんち、中学の時は厳しくてさー。友達とかと遊びに行かせてもらえなかったの」

「えっ、そうだったんだ?」


 安奈も目を丸くしていた。いきなり金髪で入学してきたことから、俺と同じくチャラい印象を彼女も持っていたのだろう。


「そう。毎日勉強漬けでさ。本当は、もっとレベルの高い私立高校入れって言われてたの。それに全落ちして、見放されて、今は自由ってわけ」


 意外な優太の一面を知ってしまった俺は、話題に困った。こういうとき、何を言うのが正解なんだろう。助け舟は、安奈が出してくれた。


「そっかぁ。今は大丈夫なんだね? じゃあ、これからたくさん寄り道しようよ。今度は芹香ちゃんも一緒でね?」

「うん! ぜひぜひ!」


 さすが、偽だが俺の彼女。ともかくこの場は乗り切った。出た話題といえば、やはり芹香のことだった。


「はあ、達矢と安奈ちゃんが羨ましいよ。おれも早く芹香と付き合いたい」

「それにはまず、お友達から始めないといけないんじゃないかなぁ……」


 優太の猛攻、そしてあしらわれ方を安奈も知っていた。まあ、俺が話していたのだが。


「女の子って、そんなにグイグイ来られるとこわいだけだよ。もう少し引いた方が良いと思う」


 全くもって正論を言う安奈に、優太も肩を落としていた。


「おれ、あんなに惚れたの芹香が初めてなんだよなぁ。中学のときは、恋愛って何それ? 美味しいの? って感じでさぁ」

「だからこそ、慎重にいくべきだよ。わたし、優太くんのこと応援してるからさ。もっとスローペースで、ねっ?」


 結局、もっと引いてゆっくりいこう作戦で固まった。いや、固めたのは安奈だったが。俺は何の助言もしていない。ただ黙ってコーヒーをすすっていただけだった。

 全員の飲み物が底を尽きた頃、俺たちは解散することにした。優太とは、電車が途中まで一緒で、何でも千歳ちゃんと同じ駅らしい。というわけで、先に降りた俺と安奈は、何となくいつもの公園に向かった。


「安奈。別にあそこまで肩を持つ必要無くなかったか?」


 俺が言うと、安奈は不思議そうな顔をした。


「なんで? 優太くんと芹香ちゃん、お似合いだと思うよ?」

「余計なお節介だって言うんだよ」


 安奈はむっと唇を結ぶと、俺をじとりと睨みつけた。


「達矢は二人が付き合うこと反対なの?」

「ああ、そうさ。芹香だって鬱陶しそうだし、大体優太みたいな奴は合わないと思うよ」

「なんでそこまでムキになるの?」

「はあっ? 俺、ムキになんかなってねぇし!」


 しかし、俺の手は拳を作ってしまっていた。安奈はそれに気付いたのだ。目ざとい奴め。俺は誤魔化すように自販機で買ったホットコーヒーを飲み干すと、ベンチから立ち上がった。


「もう帰るぞ」

「……うん」


 何か言いたげな様子の安奈だったが、俺はそれを無視した。

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