12 週末の予定

 朝目が覚めると、スマホが点滅しているのに気付いた。千歳ちゃんからだった。


『達矢くん、おはよう! 昨日は遅くまでラインしてくれてありがとう』


 送信時刻を見ると、一時間前だった。女子は朝の準備も大変だろうし、早起きなのだろう。


『おはよう。こちらこそ、ありがとうな』


 それだけ打って俺はベッドから身を起こし、身支度を始めた。今日は金曜日。六時間目まで乗り切れば、もう休みだ。だからといって、何の予定も無かったが……。


「あっ、やべぇ」


 もうすぐ安奈の誕生日であることを思い出した。彼女は四月生まれなのだ。土日のどちらかで、プレゼントを買いに行こう。フリとはいえ、彼氏なのだから、そのくらいのことは当然しておかないと。

 去年はシロクマのぬいぐるみをあげたが、高校生ともなるともう少し大人っぽい物の方がいいだろう。しかし、どうしたもんだか。そのことばかり考えながら授業をこなしていると、昼休みに香澄に突っ込まれた。


「どうしたの、達矢。難しい顔して」

「ああ……。安奈の誕生日がもうすぐなんだけど、何あげたらいいか迷ってる」


 すると、香澄はパッと顔を輝かせ、嬉しそうに左右に揺れた。


「いいねいいねーそういうお悩み! ボクと拓磨も協力するよ?」

「おい、勝手にオレを入れるな」


 そうは言っても、拓磨の顔もにやけていた。それからするすると、明日三人でショッピングモールに行くことに決まり、俺たちはグループラインを作成した。それから俺は、そろそろやって来る頃か、と廊下を見つめた。案の定、優太が顔を出した。


「よっ!」

「ははっ、また来た」


 いつも通り文庫本で防衛していた芹香だったが、優太の前には通じない。


「ねえ芹香! 明日休みだね!」

「うん」

「一緒に遊びに行こうよ!」

「やだ」

「ちょっとだけでいいからさー!」

「やだ」


 そういえば、芹香は休みの日は何をしているのだろう。いつも通り読書か、それとも映画を観ているのかもしれない。積極的に外に出かけるようには見えないし、ずっと家に居るのだろうか。

 しばらく押し問答を続けていた芹香と優太だったが、優太が何を言ってもバッサリと切られてしまい、その様子が何だか可笑しかった。一方で、ガンガン攻めに行ける優太が羨ましかった。俺には安奈という彼女が一応居る以上、あんなことはできない。というか、自分の性格的に無理だ。

 俺は周囲に嘘をついている。安奈と付き合っているという嘘を。

 だから、あんな風に素直な気持ちを口に出せる優太が遠い存在のように思えた。仮に奴が芹香と付き合ったとして、隠し事なんて一つもしないのだろう。二人の間は、一度上手くいけば長く続きそうな気がする。

 いやいや、俺も諦められない。俺は俺なりの方法で、芹香と距離を詰めて、彼女の視界に入るようになろう。安奈とのことをどうするかが課題だが、彼女にだけは思い切って打ち明けてもいいかもしれない。偽の恋人なのだと。でも、まだその時期じゃない。


「じゃあ芹香、また来るね!」

「一生来るな」


 優太が立ち去ってしまってから、俺は芹香の席に近付いた。


「今日も相変わらずだったな?」

「うん。いい加減にしてほしいんだけど」


 今回は、芹香もほとほと疲れてしまったようで、顔を机に伏せた。


「もしかして、途中で割って入った方が良かった?」

「いや、いい。余計にこじれそうだから。もうあたしのことは放っといて」


 明らかな拒絶の意思。それに立ち入るほどの勇気は俺には無かった。なので、そそくさと席に戻り、拓磨と香澄と一緒に安奈の誕生日プレゼントについての話題に戻った。香澄が言った。


「四月の誕生石はね、ダイヤモンドなんだよ!」

「はあっ!? そんな高い物、買えるわけないし!」


 俺がぶんぶんと手を振ると、拓磨がまあまあと俺をなだめた。


「ダイヤっぽいアクセサリーとかでいいんじゃないか? 俺たちまだ高校生なんだし」

「そうそう、妙に背伸びする必要は無いよ。ボク、手頃なアクセの店知ってるから、連れて行くし!」


 なるほど、この二人が居れば心強い。俺は明日のことが楽しみになった。

 そして、その日の放課後は、二組の方が先にホームルームが終わったようで、安奈が俺を迎えに来てくれた。


「今日はいつもの公園で話さない?」

「ああ、いいよ」


 俺たちは真っ直ぐ駅に向かい、自販機で飲み物を調達した後、ベンチに座った。


「ねえ達矢。明日、暇かな?」

「あー、拓磨と香澄と遊びに行く約束しちまった」

「そっかぁ。明後日は?」

「ゴロゴロする」


 安奈が何を言いたいのか、俺には分かっていた。しかし、気付かないフリを続けていた。


「明後日は暇なんだね? じゃあ、どこか行こうよ」

「だからゴロゴロするんだって。土曜日遊ぶんだから疲れるだろ?」


 こいつは本当の恋人じゃない。ただの幼馴染だ。だから、わざわざ休みの日まで会いたくはない。それに、土曜日の予定だって元々は安奈のためのものなのだ。校内では立派な彼氏の役を演じているのだから、少しは休ませてほしい。


「達矢のバカ」


 あーあ、また機嫌を損ねやがった。でも、俺は気にしない。労わる言葉なんてかけてやらない。だって、本当の恋人では無いんだから。

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