05 不穏分子
安奈といつもの公園で過ごした翌日。今日からは午後も行事がある。俺は母親に作ってもらった弁当を持ってきていた。拓磨と香澄も弁当派だったようで、昼休みは机を動かし、三人で昼食をとった。
「えっ、それ拓磨の手作りなの?」
「オレんとこ、母子家庭だからさ。母さんの分もオレが作ってるの」
拓磨の弁当は、ハンバーグにひじきの煮物にブロッコリーのサラダにと、栄養バランスが取れていそうな素晴らしいものだった。香澄が言った。
「本当に凄いよねぇ。中学のときからだよ?」
「まあ、いわゆる未婚の母ってやつ? 産まれる前からオレの父親って居なかったからさ」
意外な拓磨の家庭事情を知ってしまったところで、俺は呉川さんの席に目を向けた。彼女は一人で、パンを頬張っていた。机の上には紙パックのコーヒーも置かれていた。あっ、呉川さんもコーヒー好きなのか。また共通点を見つけて、俺は嬉しくなった。しかし、彼女がたった一人で昼食をとっていることが気にかかった。
「それで、高校からはコンビニでバイトも始めるんだ。ミナコーは基本バイト禁止だけど、オレんとこは家庭の事情的にオーケーが出た」
「ボク、遊びに行くね!」
「オレの仕事の邪魔すんなよ?」
拓磨と香澄の会話に加わりつつも、俺は呉川さんを気にしていた。早々にパンを食べ終わった彼女は、布カバーのついた文庫本を取り出し、コーヒーを飲みながらそれに没頭していた。
誰も話しかけるな。
そういう空気だ。
「ん? 誰だろ」
香澄が廊下を見ながら呟いたので、俺もそちらの方を見てみると、背の高い金髪の男子生徒が一組の教室に入ってこようとしているところだった。こんな奴はうちのクラスには居ない。確か、安奈が二組にいきなり金髪で来た男子が居たと言っていたような……。
俺たち三人は不審そうに彼を見つめていたが、彼は全くそれを気に留めず、あろうことか呉川さんの席へずんずんと向かっていった。
「呉川さん」
金髪の男子生徒が話しかけた。呉川さんは文庫本から目を離し、驚いた様子で彼を見上げていた。
「おれ、二組の
シーンと教室が静まり返った。誰もが息を飲んだまま彼らを見守っていた。呉川さんは、きゅっと唇を結び、固まってしまっていた。
「まずはお友達からでいいんで! お願いします!」
春日優太と名乗った金髪は、頭を下げた。ようやく、呉川さんが口を開いた。
「……あたし、高校では誰とも付き合う気、無いから」
しかし、奴はめげなかった。
「どうかラインの交換だけでも! お願いします!」
そういや、拓磨と香澄とはラインの交換を言い出せていないままだな。そういう方向に頭が飛んだ。いやいや。そんなことを考えている場合じゃない。俺は意を決して立ち上がり、金髪野郎の肩を掴んだ。
「やめろよ。呉川さん、困ってるだろ」
奴はギロリと俺を睨みつけた。
「何だよお前、関係ないだろ」
「関係ある。俺は呉川さんと同じ図書委員だ」
言ってしまってから、なんだその関係、と自分でもツッコミを入れた。同じ委員になったのはいいが、呉川さんとはまだ一言も会話ができていないのだ。しかし、ここで引くわけにはいかない。俺は肩を掴む手に力を込めた。
「ふーん、そう。じゃあ、今日のところは引くわ。またね、呉川さん」
春日優太は俺の手を振り払い、さっさと教室を出て行ってしまった。残された俺と呉川さんに、クラス中の視線が集中していた。
「……ありがとね」
うつむき、俺とは目を合わせないまま、呉川さんは言った。
「ごめん。名前、なんだっけ?」
「た、達矢。山手達矢」
「本当にありがとう、山手くん」
すると、パチパチと拍手が起こった。その出所は、香澄だった。
「凄いじゃん達矢! ちょちょっと撃退しちゃうなんてさ!」
拍手の連鎖は続き、いつの間にか俺は褒めたたえられる立場になってしまっていた。
「さすが若宮さんの彼氏だよね」
「余裕あるっていうか、さすがだよね」
そんな声も聞こえてきたが、実際のところ心臓は破裂しそうだった。よくぞまああんな勇気が俺に出せたものだ。いつまでも注目を浴びたままではたまらない、と俺は元の席へ戻った。
「なんだったんだ、あいつ」
拓磨は廊下の方を見ながら、目を細めた。
「いやぁ、ヤバかったね。公衆の面前での告白! そして玉砕! でも、まだまだ諦めてない感じだったよね?」
香澄は何だかウキウキしている。俺と安奈の付き合いについてもそうだったが、こういう話が大好物らしい。
そして、俺は呉川さんが言った言葉を思い出した。高校では誰とも付き合う気が無いということを。断り文句なら、他にいくらでもあるだろう。それならなぜ、あんなことを言ったのか。咄嗟に出たのが彼女の本心ということなら。
俺、どころか誰も、脈ないじゃないか。
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