第66話

あの……シャルロッテ様……」


 遠慮がちにかけられた声に、シャルロッテは顔を上げた。ダリミルが何かを確かめるように周囲に視線を向け、やや声を落として途切れた言葉の先を続ける。


「エリザがどこにいるのか、ご存知ではないですか? シャルロッテ様がお見えになっているのに、姿を現さないような人ではないはずなのですが……」

「エリザさんなら、ドレスに水をこぼしてしまって着替えをしている最中なんです」


 シャルロッテの答えに、ダリミルが安堵したように口元を緩めた。


「そうですか、それなら良かった。てっきり、具合でも悪いのかと。……それにしても、エリザは本当にそそっかしいですね。シエラが天真爛漫で無邪気な分、エリザがしっかり者のように見えますが、実際はなかなかのうっかり者でミスすることが多いんですよ」


 柔らかな微笑みを浮かべながら、ダリミルが流れるように話し出す。弾むような楽し気な口調は、普段の彼のそれとは明らかに違っていた。


「すみません、お待たせしました」


 エリザがそう言って、焦った様子でこちらに走ってくる。自室から走ってきたのか、息が少し上がりその頬にも朱がさしていた。


「あら? シエラはどこに行ったの?」

「パーシヴァル様が連れて行ってしまったんだよ。何か聞きたいことがあるとかで」

「そうなの。それじゃあ、ダリ君がシャルロッテ様のお相手を?」

「いや、むしろお話していただいたのは俺のほうで……」


 話し続けるダリミルの横顔を見上げる。上がり気味の口角とは対照的な下がり気味の目尻に、慈しむような優しさをたたえた瞳。ジっと相手を見つめたまま話すその表情は、ブリュンヒルデと話している時のリーンハルトや、ヴァネッサと話している時のコンラートのそれとよく似ていた。

 愛しい人を前にした時に見せる自然な表情。そこには、幼馴染に対する愛情以上のものが見て取れた。


「……テ様、シャルロッテ様? どうかなさいましたか?」


 エリザが心配そうな表情でシャルロッテの顔を覗き込む。彼女の体から、ふわりと甘い香りが漂ってきた。

 特別に作ってもらったと思しきその香水は、幾重にも花が広がるような重厚な香りで、少し嗅いだだけで高級なものだと分かった。

 シャルロッテがこの屋敷を訪れたときとは違う香りだった。先ほど着替えたときに変えたのだろう。


(特別な人に会う時だけに纏う、特別な香水……)


 シャルロッテの鼻先を、久しく使っていないあの香水の香りが掠めたような気がした。

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