第12話

 シャルロッテよりも頭一つ分は小さいメイは、無邪気さが見え隠れする表情や、ふとした時に見せる子供っぽい仕草も相まって、一見すると王立学校に通いたての少女のようにも見える。しかし、品よく整った顔立ちや、楚々とした所作からは育ちの良さがうかがえるだけに、どことなくアンバランスで危うい印象を見る者に与えた。


 メイは、豪商の娘だった。彼女の家は爵位こそないものの、代々城下で手広く商売をしていたため裕福だった。しかし、決して幸せな家庭ではなかった。

 メイの母親は彼女を出産する際に死亡しており、父親は娘が成長するにつれてどう接して良いのか分からなくなった。家を空ける日が多くなり、結果としてメイの体調不良に気付くのが遅れてしまった。


 五歳のとき、メイは高熱により生死をさまよい、何とか一命をとりとめたものの声を失ってしまった。失声直後に迎え入れられた後妻との相性も悪く、栄養失調で落命寸前のところをコンラートとリーンハルトに助け出され、コルネリウス家に引き取られた。

 コルネリウス家で、メイは読み書きやメイドの仕事を教え込まれたのだが、どれもものにすることができなかった。幼い時の高熱による後遺症と酷い栄養失調によって脳にダメージを受けてしまったためだと、コルネリウス家の主治医は告げた。


 意思の疎通が難しいメイだったが、彼女には特別な才能があった。

 メイは、人の感情や体調にとても敏感だった。

 たとえ相手が必死に押し隠し、何でもないように振舞っていたとしても、メイの目は誤魔化せなかった。


 シャルロッテは、自身の不調や感情を隠すのが得意な子供だった。どれほど具合が悪くても、悲しくても辛くても、顔に出たことはなかった。

 口調や仕草にも出ないように細心の注意を払っていたのだが、ほんのわずかな違いに気づいてしまう人が二人だけいた。

 一人は、兄のリーンハルトだ。

 コンラートよりも細やかな気配りができ、少しばかり妹に向ける愛情が強い彼は、シャルロッテの視線一つで体調不良や感情の落ち込みに気づくことができた。

 もう一人は、クリストフェルの付き人、パーシヴァルだ。

 彼がなぜ、両親ですらも気づかないシャルロッテの些細な変化を敏感に察知できるのかは分からない。もしかしたら、王子の付き人として気を張る生活を続けた結果得た特殊能力なのかもしれない。

 しかし二人とも、ずっとシャルロッテのそばにいるわけではない。リーンハルトはその時は王立学校に通っていて家にはおらず、パーシヴァルは言わずもがなだ。

 そんな中で突如として現れたメイは、顔を合わせて早々にシャルロッテの体調不良を見抜くと、彼女の手を引っ張ってベッドに寝かせた。

 最初はメイの奇行に戸惑った周囲だったが、たまたまコルネリウス家に居合わせていたパーシヴァルがシャルロッテの発熱に気づいた。


 それ以降、どんなにメイの目を欺こうと装っても、彼女は絶対にシャルロッテの不調を見逃さなかった。体調不良のみならず、シャルロッテの悲しみや痛みも敏感に感じ取り、そっと寄り添ってくれた。

 メイは、シャルロッテが自分を偽ることなく接することができる、特別な人のうちの一人となったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る