最終章 決戦!!
第34話 防衛戦開始
魔物の大群を相手取った籠城戦は3日目に突入していた。
パルレの報を受け、慌てて王都に戻った私たちを待っていたのは、混乱する人々の姿だ。街から逃げ出そうとするもの、武器を取って戦おうとするもの、泣き喚くもの、ただただ立ち尽くすもの。
本来、指揮を取る立場の王家は真っ先に逃げていた。
残されていたのは、王都の死守を命じる書き置きのみだ。総大将が誰かも書かれておらず、命令書の体裁すら取られていない。混乱するなという方が無理な話だ。
お父様が強権を発して防衛体制を整えなければ、いまごろ街は地獄絵図と化していただろう。
「北門正面! 大物に狙いを合わせよ!」
「了解!」
北門の城壁で守備につくヴラドクロウ家の郎党たちが、
「装填よーし! 狙いよーし!」
「
稲妻と炎をまとった
しかし、半数は通った。
多頭の
城壁から見下ろす幾千、幾万の魔物の群れには、ただの一体として同じ形がない。まさしく百鬼夜行だ。前世の図書館で見た図録を連想する。
変異種――それは瘴気の影響を受けて、姿形や性質を変質させた魔物を云う。
個体による差異が大きいが、一般に通常の魔物よりも強力で、なおかつ凶暴な性質を備える。
普通は瘴気溜まりから生じるダンジョンごとに数匹現れる程度で、こんな大群が現れたなんて記録はハレム王国
混沌の魔王ナイアルがこの地を支配していた、建国以前の暗黒期には、魔物といえばこのような変異種が当たり前だったと伝えられている。
ということは、つまりだ。
混沌の魔王ナイアル、三百年前に封印されたそれが復活した――というのが妥当な推測だろう。
【おおおおお王ぅぅぅううう! 王ぅうううの凱旋んんんんだぁぁぁあああ!! 国祖ゼッツリンドさえ成し遂げぇぇぇぇなかったぁぁぁあああ!! 混沌の魔王をぉぉぉおおおお!! 配下にぃぃぃいいいい!! 祝えぇぇぇえええ!! 絨毯を敷けぇぇぇえええ!! 花びらを撒けぇぇぇえええ!! ひれ伏せぇぇぇえええ!! 偉大なる王の凱旋んんんんだぁぁぁあああ!!】
魔物の群れの向こうから、耳障りな遠吠えが聞こえる。
声の主はイログールイ――であっただろうもの。
いまは小山のように巨大な赤子の姿で、魔物の大群の後方に四つん這いとなっていた。
しかし、本物の赤ん坊のようなかわいらしさは微塵もない。
全身は青紫と赤紫のまだら模様。あちこちに汚らしい腫瘍ができており、そこから緑色の粘液が垂れ流されている。左腕は肘から先が不規則に枝分かれしており、
その頭部は、かつての金髪の名残なのか、金色の繊維が逆巻いて王冠を象っていた。
王冠の中には人影がふたつ。
ひとつは桃色の髪をした豊満な少女、ネトリー。
もうひとつ、長身の男の方は見たことがない。
が、この状況だ。当然推測はつく。
おそらくやつが魔王ナイアルなのだろう。
詳しい経緯は分からないが、状況だけを見れば復活したナイアルによりイログールイは魔物に変質させられ、ネトリーは取り込まれたってところか。
しかし、完全に人間を辞めているイログールイと違ってネトリーには変異した様子がない。
そして遠目に見る限りではあるが、正気を失っているようにも見えない。
証拠はないが、婚約破棄や裁判の件でイログールイを扇動したのはネトリーで間違いないだろうと踏んでいる。とすると、ひょっとして今回の件も――
「キルレイン様っ! 危ないっす!」
「きゃっ!?」
考えごとに集中していたら、突然押し倒される。
もともと立っていたところに、
あのままぼんやり突っ立っていたら、砕けていたのは私の頭だったろう。
攻め寄る魔物が、落とされた瓦礫を投げ返してきたのだ。
「くっ、すまん。少し散漫になっていたようだ」
「しょうがないっすよ。戦いがはじまってから、ろくに寝てないんすから」
助けてくれたのは戦闘員のマサヨシ君だ。
私を安心させようとしてくれているのか、無理に明るい声を出している。
しかし、それには隠しきれない苦痛が混じっていた。
先ほどの
「不甲斐ないところを見せたな。もう油断はせん」
「で、でもキルレイン様も少し休んだ方が……」
「大丈夫だ。心配はない」
いまの私は斬殺怪人キルレインとして、ジャークダーを率いる身だ。
弱音を吐いているところなんて見せられない。
なんとか立ち上がるが、足元がふらつく。
思わずマサヨシ君の肩に体重を預けてしまう。
「マサヨシの言うとおりだ。もうすぐ夜が来る。我らに任せて少し寝ろ」
西日を浴びて現れたのは、相変わらず顔色の悪いレヴナントだった。
この崖っぷちの状況にあって、ジャークダーはいまや姿を隠していない。ヴラドクロウ家が黒幕であることまでは明かしていないものの、ぶっちゃけもうバレバレだろう。1人でも戦える人間がほしいこの状況で、この貴重な戦力を遊ばせている余裕はない。
変身した夜の種族の姿を見ても、動揺するものは少ない。
貴族は王党派を除いてジャークダーに好意的だし、平民の義勇兵たちもジャークダーが味方として戦うことにかえって士気が高まっている。平民街に活動範囲を広げていたことが、思わぬところで奏功していた。
城壁の内側を見下ろせば、女は炊き出しに走り回り、子どもたちまで補充の矢や投石用の瓦礫を抱えて走り回っている。いまさら逃げ出したって、魔物に追いつかれてしまえばそこでおしまいだ。それがわかっているから、一人残らず必死な顔つきだ。
これを見て、のんびり休んではいられない。
貴族の青い血には、民を守る義務が宿っているのだ。
王都の残った貴族たちは、それぞれの本領に援軍を求める早馬を飛ばしている。
あと5日、いや4日も耐えれば必ず大軍が救援に来るはずだ。
騎馬のみを先発させる判断をしたものがいれば、明日にだって駆けつけるかもしれない。
そんな正念場に、私一人がぬくぬくと休んでいるわけにはいかない。
「何を張り詰めた顔をしておる、このバカ娘が」
そんなことを考えていたら、頭をぽかりと叩かれた。
誰かと思って顔をあげると、お父様!?
「よい副将たちが育ったではないか。部下に任せるのも将の器量のうち、父はそう話したつもりだったが、儂の記憶違いだったか?」
「うぐ……で、でもお父様もろくに休んでないではないですか!」
そう言い返すも、お父様の顔に疲れはまだ見られない。
「ハッハッハッ、
うぐう……前世なら私だってそれくらいはできたのに……。
……って、ああ、もう、また前世の謎記憶だ。これは本格的にマズイな。
たしかに疲れが溜まっている。みんなには悪いが、少し休憩を取らせてもらおう。
レヴナントに指揮を託し、城壁の階段を下りはじめたそのときだった。
頭に強烈な衝撃が走る。
自分の体が、人形のように階段を転げ落ちていく。
「キルレイン様!?」
「キルレイン!」
「イザベラっ!」
マサヨシ君、レヴナント、お父様の叫びが遠くに聞こえる。
繰り返されるその叫びは――だんだん――だんだん――遠くなって――……
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