第3話 悪の秘密結社づくり、はじまりはじまりー!

「では、話を聞こうか。この部屋であれば誰も聞き耳を立てられん」

「えっと、お父様。その前に鎧くらいはお脱ぎになったらどうですの?」

「ダメだ。お前の策に見込みがなければすぐに出陣せねばならん。そんな時間はもったいない」


 あっさりと執務室についてしまって、少しでも時間を稼ごうとしたがダメだった。

 くそう、仕方がない。それなら考えながら適当に内容をでっち上げつつ、プレゼンをしていくしかあるまい。会社の企画会議でも、そういうアドリブは得意だった。


「ええ、まず、勝利条件を確認しましょう」

「勝利条件? お前を侮辱したイログールイの首ではないのか?」


 物理的ぃー!

 お父様は内政も商売もよくこなすのに、本質的には武人なんだよなあ……。歴史シミュレーションゲームで例えるなら、政治70、知略70、武力90って感じのキャラだ。どこでも活躍できるけれども、戦場でこそもっとも輝くタイプである。


「いえ、違います。勝利条件はイログールイ、引いては王家への報復を為すことです。しかし、それは血を以ってあがなう必要があるとは限りません」

「ほう、それ以外にどんな方法があるのだ?」

彼奴きゃつらの名誉を傷つけ、名声を地に落としてやるのです。それこそ当家が被った傷以上に。それに奇襲によってイログールイを討ったとしても、王家の名誉はさほど傷つかないでしょう」

「むう、それはたしかにそうかもしれぬ……」


 よし、いい手応えだ。私の舌も回ってきたぞ。調子が出てきた感がある。


「しかし、真正面から王家を非難したところで、世間からはしょせん王族と貴族のよくある揉め事としか見えないでしょう。いくら理路を整え、正義を訴えたところで、理屈と膏薬こうやくはどこにでもくっつくというものです」

「そのとおりだ。舌戦などに決定的な効果はない。平民はともかく、貴族どもは勝ち馬につくだけよ」


 お父様は顎髭をしごきながらうなずいている。

 色々と計算をめぐらしているのだ。お父様は武人だが、決して話の通じない相手ではないのでやりやすい。それに引き換えあのイログールイの頭の悪さときたら……おっと、いまはそんなことを考えている場合じゃなかった。


「して、ならばどうするのだ? 結局のところ武力に訴えるしかないように思えるが。いっそ日時を指定し、会戦を申し込むのか?」

「会戦で勝利を収められればそれに勝ることはありませんが……いくら当家といえども勝ち目は薄いでしょう。そうではなく、影から王家に攻撃を加えるのです」

「ふむ、それで策略・・と申したか。しかし、いま言ったとおり、当家が直接王家を非難したところで効果は薄いぞ?」


 私はそこで、執務室の立派な机をばあんと両手で叩いた。

 ここからは、気合と迫力で押し切る!


「そこでおすすめなのが今回わたくしが考えた作戦、その名も、プロジェクト『ジャークダー』ですっ!」

「ジャークダー?」

「悪の秘密結社の名前です! 当家とは別名義で悪の秘密結社を結成し、それを使って王家にさまざまな策略を仕掛けます!」


 これは正義戦隊ジャスティスイレブンに登場する悪の秘密結社の名前だ。ネーミングを考えている暇なんてないから咄嗟に出てしまった。


「それで、策略とは?」

「はじめは簡単なものでよいでしょう。幼稚園バスジャック……じゃなかった、たとえば、王家や王党派貴族の馬車にイタズラをして、重要なパーティや会合に遅刻をさせるのです」

「馬車にイタズラ?」


 お父様の髭をしごくペースが上がる。

 パーティや会合の会場に訪れる順序と時間は非常に重要だ。早く着けば敬意を示すし、しかし同時におもねっているようにも思われる。反対に、遅く着けばそれは相手よりも上位であることを示すが、遅すぎればそれは侮ることになる。馬車が予定時刻につかないとなれば、政治的な思惑がひとつ乱れることになるのだ。

 平民からすればひどくくだらなく見えるだろうが、見栄とメンツが支配する貴族社会では決して軽んじることのできない慣習なのである。


「面白い。で、他にはどんなことをするのだ?」

「王城の城壁や、貴族の屋敷の塀に落書きをします」

「ほう? どんな落書きだ?」

「なるべく庶民が書いたかのようなくだらない内容がよいでしょう。下手くそな似顔絵や、下品な中傷などを書くのです。ええっと、たとえば――」


 たとえば……どんなのがいいだろう? まあいいや、勢いで言ってしまえ!


「『イローグルイの色狂い。そのくせ玉無し、甲斐性なし。平民女にたぶらかされて、貴族女に愛想つかれた。ご立派なのはお顔だけ。中身はすかすか、叩けばコーンと音がする』みたいな?」


 私の言葉を聞いたお父様が、身体をの字に曲げ、小刻みに震えはじめた。

 そして、しばらくしてから「くくく……うーひっひっひ」と普段のお父様からは考えられない笑い声が聞こえてきた。


「くくく、ひひっ……そ、その落書きの内容はいま考えたのか?」

「え? は、はい。いま思いついたままですけれども……」

「いやはや、傑作だ! まさかイザベラの口からそんな野卑なれ歌が出てくるとは想像もせなんだぞ! 戰場いくさばでの口上役も任せたいほどだ!」

「あ、ありがとうございます?」


 こ、これは褒められているのかな……?

 でもたしかに前世の記憶が蘇る前の私だったらこんなアホみたいな悪口は思いつかなかった。前世のSNSじゃくだらない悪口のやり取りがたくさんあったからな……炎上を観戦していたら変な語彙が増えてしまったようだ。

 ちなみに、口上役とは戦がはじまる前に先頭に出て、相手を罵倒して挑発したり、味方を鼓舞したりする役目のことである。


「いやいや、真剣に褒めておるのだ。雑兵も加わる戦では、いくら中身が優れていようと小難しくては伝わらん。それくらい馬鹿馬鹿しい方が効果的なものなのだ」

「そうなのですか?」

「ああ、そうなのだ。イザベラには貴族令嬢としての教育しかしてこなかったが……たしかにヴラドクロウ家の血を継いでいるのだな! 父は感動したぞ!」


 お父様は目の端に涙をため、ガシャーンと音を立てて抱きついてきた。

 金属鎧を着込んだままなのでがっつり痛い。そのうえ力も強い。とはいえ、ここで振りほどくのはさすがに無粋というものだろう。


「許せ、イザベラ。わしの出陣を止めたのは、お前が婦女子ゆえにいくさへの恐れが勝ったせいなのではないかと内心で疑っておった。だが、お前は違う戦のやり方をすでに考えておったのだな。悪の秘密結社……ジャークダーだったか? その策、全力で乗るぞ!」

「お父様、ご理解いただきありがとうございます!」


 内乱の危機はひとまず避けられたようで、とりあえずは一安心だ。

 これでやっと時間が稼げる。それにしても、悪の秘密結社づくりかあ、前世なら絵空事でしかなかったけど、現世では富も権力もがっつりにぎっている。これ、本当に実現できちゃうんじゃないの?


 悪の秘密結社づくり。

 ちょっとだけ……いや、正直に言おう。めちゃくちゃ楽しみになってきた!!

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