受験、お疲れ様


 受験の日は想像より簡単に来た。咲ちゃんなら絶対大丈夫と思い、安心しているほどである。もしここでだめでも今度は後期で絶対受かればいいんだから。


「お兄ちゃん!遅い!早く来る」

「お前が早いんだよ!ったく……」


 というわけで、もう入学が決まっているひまりと外に出てきていた。公立も一応併願可能だと何度も言われたが、この前から変わらずもう公立を受ける気はないと教師にも宣言しているそうで、対策をしている様な姿も見せない。「お兄ちゃんと同じところがいいんだもん」とのことだ。なんで?

 まあ、ひまりは俺と似た様な傾向で、文系科目に大きな興味関心があるので、それもあるかもしれない。あと、ひまりの親友とも言える咲ちゃんも早くから金章学園に進学先を決めていたそうだから、そういった事情も関係しているのだろう。


「早く行かなきゃ咲ちゃんが帰ってきちゃうでしょ!」


 俺たちが外に出てきている理由は、咲ちゃんお疲れ様会を開くためだ。咲ちゃんが入試に向けてどれだけ頑張っていたのかを知っているのは、先生方でも咲ちゃんの両親でもなく、俺またはひまりであると自信をもって言える程彼女の入試に関わり、応援し、支えてきた。

 特に不安を吐露してくれたあの日以来の気合はすごく、今日に向けてどれだけの思いがかかっているのかはその姿から伝わっていた。

 だから、今日の結果がどうであろうと、一旦休憩という意味合いを込めてのお疲れ様会を、と俺とひまりで考えたわけだ。


「あっ!ケーキ屋さんここだよね!すいませーん!」


 大通りにあるそこそこ有名なケーキ屋さん。その看板を見つけ次第走り出したひまりは、直ぐに店内に入っていく。俺も急いで店内に入る。なんかだか今日はひまりのテンションが高い。


「予約していた高町です。ケーキできてますか?」

「はい。高町様ですね。……はいこちらになります」


 予約していた少し小ぶりのケーキを受け取り、ひまりが静かだなあ、と思いその方を見ると、物欲しそうな顔でシュークリームを見つめる姿があった。しかも、俺の視線に気がつくと、キラキラした目で見つめてくる。

 駄目だ、という気持ちを目線に乗せてみるが、全く効いていないようだ。ただただ期待を膨らませつつ、期待の目を向けてくる。

 まあ時計を見ればもう三時ごろだ。昼食はあまりとっていなかったし、そろそろ小腹がすいてもおかしくはないだろう。


「……はあ、一つだけだ」

「やった!お兄ちゃん大好き!」

「現金な奴め……」


 そうして店員さんにシュークリームもいいですか?と聞くと、少し微笑みながら良いですよ、とシュークリームを包んでいく。そうしてそれをひまりに手渡すと、俺に「仲の良いご兄妹ですね」と、微笑ましいといったような目線を向けた。

 俺はこれに若干恥ずかしさを覚えるが、特に反論もせず、「そうなんです」と返した。実際俺とひまりは仲がいい。ちょっと自信があるほどには。


 ケーキ屋を出て、ちょっとつまめるものを買って家に帰った時、家の前に人影があった。この時間に来てほしいと呼んでいた咲ちゃんだ。


「あっ!咲ちゃん!」


 ひまりが走り駆け寄っていき、直ぐに家の鍵を開ける。中にと促すと、咲ちゃんはありがとうございます、と言って、はにかみながら家に入っていく。

 俺もその後ろから入り、リビングのテーブルに買ったものを置き、咲ちゃんに向き直った。


「受験、お疲れ様。……で、どうだった?」


 咲ちゃんはマフラーをだいぶ深く巻いており、表情は見えない。


「……です」

「なんて?」

「とっても良かったです!自己採点してきたときも、すっごく良くって!お兄さん!ありがとうございました!」


 マフラーをぱっと外し、喜々とした表情の咲ちゃんは俺に飛びついてくる。その小さな体で今日に本気で何日も何日も精一杯頑張ってきたのだ、と思うと、まだ合格が決まったわけではないのに、自分が合格したときよりもずっと嬉しく感じる。……泣きそう。

 思わず感極まった俺は、その頭を撫でる。


「良かったね……!未だ決まったわけじゃないけど、きっと咲ちゃんなら合格してるだろ!」

「はい……本当にありがとうございます!」

 

 しばらくその状態で咲ちゃんに労いの言葉を掛けていると、唐突に頭に衝撃が走った。


「お兄ちゃんいつまで咲ちゃんとくっついてんの?」


 ジト目をしている我が妹。落ち着いて今の状態を見てみると、咲ちゃんが抱きついて、俺もそれを受け入れているようにしか見えない。それに気がついたのか、ぱっと離れて咲ちゃんは頬を染めている。


「……す、すいません」


 見たこと無いくらい真っ赤になって顔をそらせながらそういう咲ちゃんはなんというか……可愛かった。


「もう!咲ちゃんは女の子なんだから、そんなに簡単に男に抱きつかない!たとえお兄ちゃんでも!お兄ちゃんは鼻の下伸ばさない!」

「……伸ばしてないから!」


 本当かな?と覗き込むように見てくるひまりに、思わず目をそらしてしまう。……ちょっとはしょうがないと思う。俺だってまあ男ではあるのだ。


「うー……なんだかお兄ちゃんと勉強しだして、咲ちゃんがお兄ちゃんと仲いいな……くっ!咲ちゃん!こんなお兄ちゃんなんて放っておいて私達だけでケーキ食べよ!」

「え、ケーキなんてあるの?ありがと!甘い物大好きで……でも、良いの?」

「いいのいいの!どうせお兄ちゃんの小遣いなんだから!」


 ひまりはケーキの箱を開け、3つ入っているケーキを吟味しだした。

 咲ちゃんは俺に近づいてきて、そっと耳打ちするように聞いてくる。


「ほんとに良かったんですか?わざわざケーキまで……」

「いいの。俺の小遣いなんて、そう使い道があるわけじゃないんだし、それならひまりや咲ちゃんが笑ってくれたほうが嬉しい」


 そこまで聞いた咲ちゃんは、いつものように嬉しそうに微笑んで、「ありがとうございます」といった後、ひまりがケーキを吟味している中に突っ込み、好きなケーキなのだろうチーズケーキを取って、こちらに戻ってくる。


「うん?テーブルでそのまま食べていいのに」

 俺が座っているソファの前にある小さなローテーブルは何かを食べると言うよりも、ものを置くようになっているような感じで、食べづらいことこの上ないだろう。

 しかし、ひまりちゃんはそう言った問題ではないと言わんばかりに、衝撃の一言を口に出す。


「いや、お兄さんと一緒に食べようと思って。お兄さん、前チーズケーキが一番好きって言ってましたよね!はい、あーん」


 ……これはどういう状況?差し出されたフォークにはケーキが切り分けられ、咲ちゃんはと言えば、ノリと少しの羞恥心、そして不安を含んだ瞳で見つめて来る。俺はその手の視線に弱いんだよ……!くっ!

 俺は羞恥心を押し殺し、そのケーキを食べる。途端にぱああっと明るくなる咲ちゃんの顔。眩しい。何も気にすることなく同じフォークを使って自分も食べている。


「間接……みたいなのって、最近の中学生は気にしないの?」

「ふぇ……?間接……って、あ」


 咲ちゃんは今気がついたのか、また顔を真っ赤にする。


「お兄ちゃん!私これにするね……って、何があった!?」


 振り返った妹がこっちを見た時、顔を真っ赤にする兄と親友がいるという状況に、ひまりはどう思っただろうか。

 ちなみに、このあと何があったか問い詰めてきたひまりに全て吐かされ、「付き合いたてのカップルみたいなことしないで!」と怒られた結果、もっと二人揃って更に顔を赤くすることになった。


 まあ、今回でよくわかったのは、案外一番浮かれていたのは咲ちゃんだったということだ。

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