第3話

 ――魔獣討伐作戦


 うーむ、どうも乗せられてしまったのぅ、それにしても随分と大所帯だな。


 吾輩は辺境伯といえ、領地を持っておらん、戦力は我が身とたった一人のメイド、セバスちゃんくらいだ。

 気に食わんが、セバスちゃんのすすめもあって、冒険者パーティーを雇うことにした。

 男女の二人、……二人だけか。

 まあセバスちゃんが適任だと思ったのだろう、人数は関係ない。それに、初見でわかる、こやつらは強いな。


「レスレクシオン卿、この度の遠征には我ら冒険者パーティーのラングレンがお供させていただきます」


「おお! 君たちは結構な有名人だね、ラングレン……、夫妻で冒険者の……えっと名前は、はは、すまんね、吾輩は人の名を覚えるのは苦手なのだよ。

 決して馬鹿にしているわけではないよ、なんせ吾輩は王様の名前すら覚えてないのだから。わはは!」


「いえ、お気遣いなさらずとも、私たちは夫婦で冒険者チームを組んでいます、私がドイル・ラングレン、そして妻のカレンです。お見知りおきを」


「おお、そうだった。君たちは魔法使いなしでの純粋な接近戦で魔獣討伐に定評のあるという、そうラングレン夫妻、思い出したぞい!

 君達、かしこまる必要はない、目的地まではまだ時間がかかる。君たちの冒険譚を聞かせてくれないか?」


「はい、光栄です、レスレクシオン卿」


「いや、いや、この際だ道中は吾輩のことはルカと呼んでおくれよ、レスレクシオンという姓は言いにくいじゃろう。

 おっと紹介が遅れたな、隣にいるのがメイド兼諜報員のセバスちゃんだ」


「ご紹介に預かりましたルカ様のメイドのセバスティアーナと申します。どうか友のいない可哀そうなルカ様の友人になってくださると幸いです」


 おい、セバスちゃん、その言い方は失礼だぞ、事実だが……いいかた!

 しかし、この夫婦は実に気持ちのいい連中だ、道中退屈だと思ったが、彼らとは楽しい旅を経験できた。

 彼らは昨年、子供が生まれたようで、しばらくは仕事をやすんでおったそうだ。今回が復帰後の最初の仕事ということらしい。


 冒険者というのは大変だ、子供の側にいたいだろうに、しかし、貴族である吾輩がとやかく言ったところで彼らには何の役もない。

 それに彼らは生き生きとしている、うむ、他人の人生を知ったかで同情も批判もしてはならぬのだ、吾輩の持論だがな。


 しかし、魔獣討伐隊はかなり大規模だった、貴族とその子弟を含めて数十名、それに随行する形で平民の冒険者や貴族らの従者を含めておおよそ千人くらいの大所帯だ。


「レスレクシオン卿、挨拶が遅れましたな、出発までが多忙で申し訳なかった。なんせ久しぶりの指揮官ですのでな、ははは」


 このおっちゃん誰だっけ……セバスちゃんがそっと吾輩に耳打ちする。

「今回の遠征の責任者のレオンハルト・レーヴァテイン公爵さまです。ちなみに王様の叔父です、つまりめっちゃ偉いです、分かりますね!」


 分かっておるわい。


「おー、これはこれは、吾輩も公爵閣下には挨拶せねばと思っておったのだが、吾輩も魔法機械の管理を任されておる身でのう、つまり、吾輩も忙しいのだ、わっはっは!」


「おお! それはご苦労ですな。今は何をされておるのですかな?」


「よく聞いてくれた公爵、これは最新型の自走キッチンカーだ。調整が間に合わなくてな、道中でも作業を続けておったのだよ。

 だがもうすぐで完成だ、今夜のディナーは期待しておくとよいぞ!」


「それはすばらしい、さすがはルカ殿、……おい! 聞いたか! 腕のいい料理人を数名、ルカ殿のところに派遣するように」

 隣の執事に公爵は命令をする。ふむ、さすがの差配だ、適切なときに必要な戦力を送り込む、指揮官としては優秀なようだ。吾輩も公爵家の料理は少し楽しみである。



 食事を終え夜になると、それぞれが武器の手入れを始める。ピクニックではないのだ。冒険者たちはそれぞれの武器を入念に手入れしている。


 それに比べて貴族の若い連中ときたら。ぺちゃくちゃとまあ、楽しそうで。


「まったく最近の若い連中ときたら。まるでピクニックですな」


 レーヴァテイン公爵はぼやきながら、自身の持っている魔法の杖の手入れをしている。


「お、公爵殿の持ってる杖は【フェニックスフェザー】ですな。それは公爵家に伝わる家宝ではないですか?」


「はは、お恥ずかしい限りですが、私の主義としてどんな遠征でも全力で挑むのです、まあ私は臆病者ですので、さて、すこし若い連中の気を引き締めねば」


 ふむ、ただしい。恥ずべきことではない。むしろ若い貴族たちの方がおかしい。公爵は溜息をつきながら。若い貴族を順番に説教をして周っている。


 おっと吾輩も人のことを行ってる場合ではない。魔獣狩りということで今回もってきた武器はこれだ、


 学生時代につくった魔剣【ヴェノムバイト】、生き物全般に有効な毒の魔法が込められた、なかなかの傑作品だ。

 吾輩は派手な魔法は好みではないし。目立たず、さくっとヤル、これでいいのだ。


「おや、ラングレン夫妻はその武器かの、それで獣の王といわれるベヒモスの機動力に対応できるかのう」


「はい、それは分かりませんが、かといって、他の武器でベヒモスの皮膚を貫けるとも思えませんので」


 なるほど、一撃必殺か、ラングレン夫妻は夫のドイルが巨大な両手剣 妻のカレンが巨大なスパイク付きの大盾をもっている。


 スパイク付きの盾で敵の突進を防いで剣で首を落とすという戦術だろう。うむ、なるほどな。


「ルカ様、これは妻の家系の伝統的な戦術なのです、私はそんなに筋力がないので、恥ずかしながら、大剣を振るうくらいしかできないのです……」


 たしかに、重いだろうな。鉄の塊じゃないか、特に盾、分厚い鉄板そのものだ。


 吾輩は二人に提案した。

「さすがに鉄は重すぎじゃないか? 武器にするならミスリルとか、君達クラスの冒険者ならミスリルの武器くらい入手できるじゃろて」


「ミスリルですか、たしかに強度はすばらしいですけど、軽すぎです、妻はそんな軽い武器に甘えるのは男じゃないといいまして」

「ちょっと、私のせいにしないで、ミスリルを買えるお金がないのが全てじゃない。家の借金だってあるのよ、でも鉄の武器がいいのは確かよ、我々冒険者は信頼のある武器を愛用するの、重さは強さに直結するし」


 なるほど経済的事情は置いといて、信頼性という言葉は正しい。さすが場数を踏んだ冒険者らしい。 

 

「あはは、なるほど、確かに鉄だって馬鹿にできない。鉄は鍛え方しだいでは、まったく別の金属になる。

 我らのご先祖様の偉大な発明だね、鉄は本当に奥が深いのだよ、魔法が生まれて鉄に関する技術が失われつつあるのは人類の損失だ。貴族共は鉄を好まんからな」


「『鉄は平民の物、ミスリルは貴族の物』……ですか」


「おや、それはかつての、名前が思い出せないアホ貴族の偉大な……なんだっけ。そんなやつが言ってた迷言だね」


「ルカ様、これはミスリルを発見した偉大な伯爵様でミスリレ? あ、すいません俺も名前を思い出せません」


「もう、ちがうったら、ミスシターレ伯爵? あら、うふふ、ごめんなさい私も覚えてないわ、偉人の名前なんて覚えられないものね」


 吾輩たちは結局、謎の貴族の名前を思い出せなかったが、すっかり仲良くなった。


「ほら、セバスちゃん、名前を覚えないことで友達ができた。どうだ! これで吾輩のことを『心まで辺境伯爵』とは言わせないぞ!」


「そこまでは言っていません。しかしお二方その装備で大丈夫でしょうか。鉄の大盾は重たいですし、女性に持たせるのはちょっとどうかと……」


「それですけど、カレンはオーガの血が混ざっておりまして、恥ずかしながら私よりも腕力があるのです。だからこの大盾はカレンしか持てません。本来なら私が妻を守りたいのですが……」


 ふむ、ドイルの残念そうな顔からして彼も思うことがあるのだろう、まあ人間の限界だ、筋力の質が違うのだから。しかし、オーガの血か、なるほど納得だ。


 うん? 少し閃いたぞ。

 ミスリルは軽いし硬いし魔法特性においては完璧だが、重さから攻撃力は鉄に劣る。

 しかし鉄とて当初は武器としてはそこまで役に立たなかった、時が過ぎて技術が洗練されていき、鍛えられたのだ。

 より強靭に、折れず曲がらずの特性を持たせた武器として。


 ならばミスリルだってそうなるだろう、これは吾輩の生涯の研究としては不足ないテーマだ。


 ふむ、デブちん王様の依頼とおもってバカンス気分できてみたが思ったより収穫は大きい。


 よし、そうだな王国への奉公として帰ったらさっそくミスリルの研究をしようかのう。

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