第14話「魔女と墓穴」

 それからさほどの時間もかからず、賊たちは残らず無力化された。

 何人かは逃げ出そうとしていたようだが、マリスの結界を越えられた者はいなかった。見えない壁を家猫のようにカリカリ引っ掻いているところをシィラに捕まり、意識を奪われていた。

 宙を舞った賊のうち、運の悪い者は駄目な落ち方をして意識どころか命さえ失っていたが、マリスもシィラもルシオラも誰も気にはしなかった。尋問するのに十分な生き残りがいたからだ。


 装備を剥ぎ取られ、縄で縛られて、森の中から街道まで引っ立てられた盗賊たちにノーラが尋問を開始した。


「……ただの盗賊にしては装備がいいな。貴様ら、何者だ? あの装備はどこから手に入れた?」


 主の代わりに交渉をするのも侍女の勤めと言っていた。尋問が交渉に含まれるのかマリスは知らないが、貴族令嬢が自ら尋問をするとか言い出すよりはもっともらしさがある。

 賊たちの装備を剥ぎ取り、縛り上げたのは御者のトミーである。力仕事ならシィラが最も適しているのだが、いかんせん賊は全員男性でシィラは一応未婚の女性だ。メンバーに男性はトミーしかいなかったため、彼がひとりで行った。

 ルシオラが謝意を述べると、普段から馬の手綱を握っているから綱や縄の扱いはお手の物でさ、とか言っていた。言うほど手綱と関係あるかな、とマリスは思ったが、じゃあ何で縄の扱いが上手いのかと言われると、考えたくない結論に向かいそうになるので考えるのをやめた。マリスは耳年増なのだ。


「ぺっ!」


 縛られた賊の頭領らしき男はノーラに向けて唾を吐きかけた。

 ノーラのスカートにかかってしまうその前に、マリスは風の魔術を発動し、頭領の唾を向かい風で押し返した。唾は頭領の顔へ舞い戻り、彼の鼻先にべちゃりとかかった。


「うわばっちぃ」


 アホの子シィラが忌憚のない意見をのたまった。

 ノーラは一歩ひいた。ばっちかったからだろう。

 するとトミーが縄を鞭のようにしならせ、頭領の背中を打ち据えた。


「ぐうっ!」


「躾のなってねえ猿だのう。ノーラ様の質問に答えねえか!」


(縄……鞭……やはり……)


 マリスはトミーから一歩距離を取った。

 ノーラが一瞬、トミーに困ったような視線を向ける。これは盗賊相手にハードなプレイを強要するトミーをたしなめる視線──ではなく、様付けで呼ばれたことに対しての抗議だろう。

 ここに来るまでの間にも、トミーがノーラを様付けで呼び、それをやめるようにノーラが言うというやり取りがあった。ノーラとしては、自分は平民であり、ルシオラに仕えているのも運が良かっただけで、同じ使用人なのだから上下関係は無しにしたいという考えで、トミーとしては、御者と侍女ではその立場も職責も違うのだからケジメは必要だ、という考えらしい。


 縄を鞭のように打たれた賊の頭領は、射殺すかのような視線をトミーに向けた。対するトミーはその視線を真っ向から受け止め、軽く片眉を上げて鼻を鳴らした。


「おうおう、なんだその目は。まーだ自分の立場がわかっとらんようだのう……」


 トミーは片眉を上げた表情のまま、無造作に頭領の肩を踏みつけた。頭領の身体が沈む。かなりの勢いと重量がかかっているようだ。トミーは老人だが、まだまだ足腰は衰えていないらしい。


「がっ! て、てめえ、こんなことして、ただで済むと思うなよ……!」


「ただで済まんかったらどうなるんかの? 金でもくれるんか?」


 なおも反抗的な態度をとる頭領に、トミーは執拗にダメージを与えていく。

 しばらくそうしたやり取りを続けていたが、頭領の体力を無駄に削るだけだとわかってからは矛先を変えた。


「どうやらあの男は罵声以外の言葉を忘れてしまったらしい。後で自分の墓穴を掘らせる仕事があるから、それまで休ませておくとしよう。次は貴様だ」


 男が使うような強い言葉でそう告げ、ノーラは頭領の隣の男に視線を移した。頭領とその隣の男はノーラの言葉にぎょっとしたような表情を浮かべた。

 自分の墓穴を掘る作業をさせるとは中々えげつないことを考える。さすがは貴族に仕える侍女だ。アルゲンタリア伯は普段からそういう命令をしたりしているのだろうか。ミドラーシュ教団とどっちがヤバいだろう。

 マリスがノーラの尋問術に感心していると、空気の読めないアホの子が元気に手を挙げた。


「あっ! あたし穴とか掘るの超得意ですよ! いつも訓練でやってますからね、穴掘って埋めるやつ! なのでたぶんそいつらに掘らせるよりも早いっす! そりゃそりゃそりゃそりゃ!」


 言うが早いか、街道の脇にみるみるうちに大きな穴を掘り始めた。道具には回収してきた騎士剣を使っている。マリスは剣を使わないので詳しくないが、使い方が間違っている気がする。後で聞いたら「剣を使わないと騎士だと認めてもらえないんですよねー」とか言っていた。法騎士団、というか教団の教育方針なのだろう。やはりあの教団はどうかしている。マリスは警戒レベルを上げた。


「──っしゃ完成! どうですかね皆さん! 10人入っても大丈夫って感じの墓穴が出来たと思うんですが!」


 墓穴に入るときはすでに死んでいるだろうから大丈夫も何もないと思うが、たしかに10人くらいは詰め込めそうな大穴が開いていた。この短時間で、剣という穴掘りに適していない道具を使ってこれだけの穴が掘れるとは、やはりシィラは驚くべき身体能力だ。それはいいのだが。


「……街道にこんな大穴開けちゃって大丈夫? 領主に見つかったらたぶんめちゃくちゃ怒られるよ」


 領境は越えているので、ここはディプラデニア領になる。領の端とは言え、街道にこんな穴を掘られたら普通の領主なら激怒する。


「んー。たぶんですけれど、上から木の枝とか葉っぱとか被せてわからないようにしておけばだと思います」


 ルシオラがそう言うのならそうなのだろう。いやそうだろうか。何が大丈夫なのか不明だが、もし怒られた場合は「アルジェント伯爵家の令嬢がそう言ったから」と言い訳すればいい。完璧な作戦だ。


「シィラ。ルーシーちゃんもこう言ってるし、いっそもう少し大きな穴にしたら? 盗賊さんはもう動かないのも入れると30人くらいになるし、全部ぶち込むことになったらそれじゃ足りないよ」


「えーと、そうですわね。大きければ大きいほど良いと思います。間違いありません」


 これまた何が良いのか不明だが、ルシオラは自信有りげにそう答える。答える前に何かを考えるような素振りを見せていることから、全く根拠が無いわけでもないのだろうが、常識的に考えて巨大な穴が街道に開いているのは何も大丈夫じゃないし何も良くはないはずである。


「……本当に大丈夫なの、ですか? 一般の旅人とか商人とかが、例えば馬や馬車みたいな重量のあるもので通行したら、蓋なんてしたところで抜けちゃうと思いますけど」


 賢くないマリスでもわかる。これはヨシじゃない案件だ。


「大丈夫ですよ。ここ最近はアルゲンタリアとディプラデニアを行き来する人も随分と減っているようですし。事故なんてきっとよほどのことが無い限りは起きません。わたくしを信じてください。ね?」


 信じるかどうかはともかく、ルシオラがそう言うのであればとりあえず信じたことにしておく。そうすれば後で何かあったときの責任はルシオラが取ってくれるはずである。

 マリスはそう考え、頷いた。


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