第4話 王に選ばれし民 12 ―王に選ばれし民 騎士―

 12


「へへっ! お前を面白がらせて何になる!! 笑ってやるぜ、悪いけどなぁ俺は絶望なんてしない! 俺は希望を見ているからな!!」


「希望だとぉ?? 何をくだらない事をぉ!! カッコつけた事を言うな!!」


 ピエロの眉間に寄った皺には二つの意味があるのだろう。一つはセイギの挑発とも取れる発言への怒り。もう一つは『何故コイツは笑っているのか?』という疑問だ。

 ピエロの態度から推測するに、おそらくピエロの煽り言葉にはこれまでの経験で得た自信があったのではないだろうか。

 今までピエロが相手をしていた者達は先のピエロの煽りに乗ってしまい、ピエロが思う通りに怒りそして狼狽したに違いない。


 しかし、セイギは違った。


「へへっ!! くだらねぇ事言ってんのはお前だって言ってんだろ!! 俺はなぁ、みんなの笑顔が大好きだ! 愛する家族に見せる優しい笑顔や、友達と楽しい時に見せるデッッッケェ笑顔! 旨いもん食った時の嬉しそうな笑顔に、めっちゃスゲー青空を見た時やキレイな花や木を見た時に出る柔らかい笑顔!! 他にももっともっと色々!! 全部が全部大好きだ!!!」


「だったら俺の事も笑顔にしろッッ!!!」


 ピエロは牙の様に鋭く尖った歯を剥き出しにして絶叫した。


「うっせぇ!!!」

 セイギはピエロの言葉を否定する様に手でくうを斬った。

「お前のは笑顔じゃねぇ! お前のは"アザワラウ"って言うんだよ!! 俺はな、お前等から絶対に守ってやる! みんなの笑顔を絶対に守るッ!!!」


「何をぉ!!!」


 完全に攻守は逆転した。


 セイギの言葉に狼狽するのはピエロだ。


 今のピエロの額には大粒の汗が浮かんでいる。


「お前みたいな雑魚に何が出来るんだよ!! ケケケッ!!」


 ピエロの笑顔も……いや、セイギの言葉を借りるなら『嘲笑う顔』もぎこちなくなる。


「雑魚か……確かに今は雑魚かもな!! でもな、俺は絶対に強くなる!! 強くなって絶対にお前等を倒すッッッ!!!」


「何を言うかこの野郎がぁぁぁぁ!!!!」


 ピエロは鼻息荒くカメラに掴みかかった。スクリーンに映る映像はガクガクと乱れる。


「こんなに生意気な奴は初めてだぁぁ!!! 強くなる??? 強くなって俺達を倒す??? そんなの不可能に決まってるだろッッッ!!!」


 ピエロはカメラを突き飛ばす様に放したらしい、映像が大きく揺れた。


「あぁーーーー!!! イライラするッッ! イライラするッッ! イライラするッッ!」


 ピエロは怒りを露にしてドンッ!ドンッ!ドンッ!と足を踏み鳴らした。


「ひぃ……ひぃ……ひぃ……」


 食い縛った歯の隙間からは荒い呼吸が漏れる。


「お前みたいな奴……ひぃ……本当の本当に大嫌いだよ……ひぃ……ぶち殺してやりたい……ひぃ……ぐちゃぐちゃに……ひぃ……めちゃめちゃにしてやりたい……」


 乱暴に地団駄を踏んだ姿からは一転して、ピエロは肩で息をしながらボソボソと呟いた。


「お前がどんなに強くなろうが……俺達には勝てないんだよ……俺達は最強なんだから……《王に選ばれし民》なんだからさぁ……」


 ピエロは邪悪な目をセイギへ向けた。


「ねぇ!! 《騎士きし》くん!! そいつを分からせてあげちゃってよぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 ピエロは絶叫しながやカメラに向かってパチンッと指を弾いた。


「なんだボズ!! キシ??」


 ボッズーは驚き、目を見開く。


 しかし、セイギはそうじゃない。

 驚きはしない。もう大体の想像はつく。


「はぁ……ピエロに、魔女に、芸術家……今度は《騎士》か!!」

 セイギは背後に気配を感じ、急いで後ろを振り返った。

 そして、セイギが振り返えった瞬間、ドスンッ!!! 音を立てて何者かが屋上に降り立った。


 セイギとボッズーからおよそ5m先、目と鼻の先、その場所に、直立不動の姿勢のまま天から降りてきたのは漆黒の甲冑……


「新手かボズ………」


「ケケケケケケケケッ! そのとぉーーーーりぃぃ!!! 戦いを愛し、戦いに愛された男ぉーーー!!! 最強オブゥ最強ぉーー!! 我等が《騎士》とはこの男だぁーーー!!!!!」


 まるでリングアナウンサーの様なピエロの絶叫が響き渡る。



 "《騎士》"



 確かにその名の通りだ。


 セイギの目の前に現れたソイツは、その甲冑の色が銀色でありさえすれば"西洋の騎士"そのままの姿をしている。


「ケケケケケケケケッ!! 騎士くんはさぁ、ちょっと頭はお馬鹿だけど、俺達の中じゃ一番強いんだ!! お前を殺すわけにはいかないから、今日はお城でゆっくりしててもらうつもりだったけど、余りにもお前が生意気だからさぁ……ケケケケケケケケッ!!! 騎士くんッ! ソイツをもっと痛め付けてやってよ!!」


「………」


 ピエロの命を受けた騎士は、無言でコクリ……と頷き返し、素早い動きで左の腰に差した鞘から剣を引き抜いた。


 その瞬間、セイギとボッズーは思った。『自分達の周りがどんよりと暗くなった』と。『太陽の光を厚い雲が遮ってしまった』と…………しかしそれは錯覚なんだ。"なった"と思っただけ。

 太陽は変わらずずっと、輝ヶ丘を照し続けていたのだから。

 2mを超えているであろう長身の体に、目に見えて頑強な甲冑に身を包んだ姿……更に剣を引き抜くさまは正に騎士そのもの。

 その姿は迫力を感じ得ない。

 その迫力に圧倒されたからなのだろうか……セイギもボッズーも太陽が遮られた様なおかしな錯覚を覚えたんだ。



 流石のセイギもゴクリと生唾を飲み込む。



 ガチャリ……ガチャリ……



 剣を引き抜くと、騎士は動き出した。


 剣を引き向いた時の素早い動作とは反対にその動きは重く、まるで亡霊の様に俯きながらこちらへ向かって歩いてくる。


 顔は一切見えない。


 ガチャリ……ガチャリ……


 四肢を動かす度に音がする。


「セイギ………」


 その姿を見たボッズーはセイギの左肩から背中に向かって移動を始めた。


 考えている事は一つだ。


「……悔しいけど、逃げるぜボッズー。大剣もどっかに行っちゃった、一度変身を解かないと戻ってこない。コイツと戦うのはまた今度にするボズよ。コイツのこの鈍い動きなら、まだ逃げるチャンスはあるボズからね……」


 大剣を失くし、傷付いた体のセイギにはもう戦う術は無い。

『悔しいが、逃げる事に全力を尽くすべきだ……』とボッズーは考えたんだ。


 しかし、


「いや、逃げないぜ!」


 何を言い出すのか、セイギはそのボッズーの提案を拒否した。


「逃げない? 何を言って………」


 反論しようとしたボッズーの声をセイギが遮る。


「俺は受け止めるよッ!! コイツの攻撃を!! へへっ……どうせ死にやしない。さっきのピエロの奴の言葉を聞いたろ? アイツ等が王に何を命令されたのかをさ! コイツもアイツも俺を殺せないんだ! へへっ……何てったって王が俺を殺すんだからな!」

 セイギはまるで他人事の様にあっけらかんとそう言った。

「だから俺はコイツの攻撃を受ける!!! 受けて……覚えておくんだ。その痛みを、強さを、全部ッ!!! コイツ等全員の強さを覚えておく、そして俺はもっと強くなるッ!!!! 強くなる為に覚えておくんだ!!! そして俺は絶ッッッッッ対に勝つッ!!!」


「ほざけぇぇぇぇぇ!!! まだ強がる気かぁ!!!! 絶望しろって言ってんだろうがぁぁぁぁ!!!!」


 セイギの弱腰にもならない発言を聞いたピエロは激昂し叫んだ。


 だけど、もうそんなピエロの挙動をセイギは相手にはしない。


 今は他にやるべき事がある。


「だからボッズー………」

 セイギは背中に手を回しボッズーを引き離した。

「………お前は離れてろッッ!!!」


 そのままセイギはボッズーを空に向かって投げた。


「やめろ!! セイギぃぃぃぃぃ!!!!!」


「やれぇぇぇ!! 騎士ぃぃぃぃッッッ!!!」


 ボッズーとピエロの叫びがぶつかり合う。


 そして、ピエロが命ずると、さっきまでののっそりとした動きが嘘のように騎士は走り出した。


「来いッ!!!」


 セイギもだ。手を大きく広げて、騎士の攻撃を受ける為に自ら騎士に走り寄る。


「オマエ……オモシロイナ」


 走りながら騎士がボソリと呟いた。甲冑に顔を隠されているせいか、とてもくぐもった声で。喋り慣れていないのかリズムのおかしい片言で。


 そして、その声がセイギの耳に届いた瞬間、騎士は剣を振り上げ、セイギに向かって斬りかかった。


「ドワァァァァァーーーーー!!!!」


 一瞬にしてセイギは屋上から消えた。

 何が起こったのか分からなかった。気が付けばセイギは輝ヶ丘の空を飛んでいた。

 たった一振りの斬撃を受けただけなのに、セイギは爆風を受けたかの様な衝撃を感じ、空に向かって弾き飛ばされていたのだ。

 斬撃を受けた胴体からは激痛という言葉では軽すぎて空っぽに感じる程の凄まじい痛みが走り、その痛みは稲妻の様に一気に全身に広がって遂には脳天を突いた。セイギの視界は一瞬真っ白に変わり、すぐに黒く染まる。そして、痛みに耐える声を上げる間もなく、セイギは気を失ってしまった……

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