第4話 王に選ばれし民 5 ―王に選ばれし民 道化師―

 5


「本日14時頃、東都とうと市輝ヶ丘において《王に選ばれし民》による侵略が開始されました」


 男は淡々と喋り出した。


「《王に選ばれし民》は多数のシードルを発進させ……」

 男の声は先程の『マイクのテスト中……』と言った声と同じだった。ニュースキャスターの様に落ち着き払った見た目に反して、その声は甲高い。そしてガラガラとしている。スクリーンのどこかにあるスピーカーの調子が悪いのか、その声に雑味を与えて、よりそのガラつきは強く聞こえる。

「……輝ヶ丘への攻撃を開始し、瞬く間の内に輝ヶ丘を"壊滅させた"との事です」


 ピクリ……


 この言葉を聞いたボッズーの眉毛が動いた。

「させた?? 何言ってんだボズ! デタラメ言いやがって! 壊滅なんてしてないボッズー!!」


「待て……静かにしてくれ」

 しかし、セイギは人差し指を立ててボッズーを制止した。

「アイツが何を言おうとしているのか、俺は知りたい……」

 セイギはボッズーとは正反対に静かだ。仮面の奥の顔も無表情に近い、ただ巨大なスクリーンを見詰めているだけ。


 そして、男のニュース速報は続いた。

「《王に選ばれし民》はその後、薔薇の宮殿を輝ヶ丘に構え、全世界への攻撃を開始する予定です」

 ここまで言い終えると男は、組み合わせていた指を外して、左手の人差し指でトントン……とテーブルを叩き始めた。

「ふふん……ふんふふん……」

 鼻歌だ。口元もニヤリと笑っている。

「全世界への攻撃を開始する予定です……です……ですた……でした!!!」



 男は突然怒鳴った。



「でした!!! でした!!! でした!!!」

 右手で髪を搔きむしり、左手ではネクタイを強引に緩めて外すと放り投げる。そのまま左手でワイシャツの襟元を掴み、首元までしっかり閉めていたボタンを弾き飛ばす様に外すと、今度は眼鏡を外し、手の中でぐしゃぐしゃに握り潰した。

「その筈だったんです!!」

 男の手から粉々になった眼鏡の残骸がパラパラと落ちていく。

「だったんです!!!」

 男はその左手でテーブルをドンッ!と叩いた。

 搔きむしった髪は失敗したパーマの様にめちゃくちゃになり、七三にしていた時には分からなかったが、額は禿げ上がっているみたいに広い。

 乱れたワイシャツの襟元からは何やらフリルの様な物が飛び出していた。それは赤ちゃんか、はたまたピエロが着る服に付いている"首元をぐるりと囲った首輪の様なフリル"……

「全世界の皆さん!! ……恐らく、この放送は全世界の皆さんの"耳"にも届いている筈、そうですよね? 皆さん?」

 男は問い掛けるようにそう言うと


「はぁ……」


 ため息を吐いた。

「全世界の皆さん、酷いとは思いませんか? あまりに酷いと思いませんか? 何故なら、私達の計画は初手で阻止されてしまったからです……何も出来なかった……あぁ可哀想な私達、私達は被害者……たった一日、たった一日で全世界を手中に納め"我が王"にプレゼントするつもりだったのに……はぁ」

 男は又ため息を吐くと、テーブルに膝をついて両手で頭を抱えた。

「……世界最速で最高な記録を作るつもりだったのに……はぁ」

 もう三度目のため息。すると、するすると両手は頭から顎まで滑って頬杖をつく形になった。

 男の左手に握られていた眼鏡の残骸は何処へ行ったのか、いつの間にか無くなっている。

「はぁ……悲しい…こんな悲しい事がありますか?……」

 男はまた問い掛けるような口調でそう言うと、両手を再び滑らして、顎から顔面にまで上らせ、そのまま男は顔を手の中へ隠した。

「でもね………私思うんですぅ」

 男はそう言うと、顔を隠した両手を勢いよく扉が開くようにパッと離し、



「ハッハッーーーーー!!!」



 不気味な笑顔を見せた。


「たっのしぃー!! って」

 手を開いた時、男の顔は陰りも無い程に真っ白に変わっていた。目は焦点が合っていない。何処を見ているのか、笑顔を見せているのに、目は全く笑ってない。

「だってさぁ! たった一日で、いや正確に言うとたった一晩で! 全世界を破壊し尽くしてしまおうと思ってたの! でもさぁ~~」

 いや、目がなんだ、顔の白さがなんだ……そんな事よりも男の口だ。

 薄くもなく厚くもない、何の特徴も無かった筈の男の口は大きく変わっていた。腫れ上がっているのかと思う程にその唇は分厚く変わり、顔の半分を占める程に大きくなっていた。笑っている唇の両端が耳のすぐ下にまで来る程に……

「それじゃあ面白くないじゃん!!! ケケケケケケケケッ」

 男は何が面白いのか、悶絶する様に腹を抱えて笑い出した

「ケケケケケケケケッ!! ヤバイ、ヤバイ、苦しぃ~~笑い死ぬぅぅ!!」

 男は両手でバンバンッとテーブルを叩いた。

 男の笑顔は不気味だ、セイギの笑顔とは全く違う。

「はぁ……はぁ……あぁ苦しぃ」

 そう言うと男の笑いは急に治まった。そして、乱れたスーツのジャケットのポケットをゴソゴソとまさぐると、丸い灰色の玉を取り出した。手のひらに収まるくらいの大きさの玉。

 男はそいつを鼻の先へグリグリと押し当てた。

「ふぅ~~やっぱコレが良いね! 人間のフリをするのはやっぱ疲れるわ!!」

 押し当てた玉はそのまま男の鼻へとくっつく……

「暑っつい、暑っつい……」

 男は右手でパタパタと顔を一回二回軽く扇ぐと、乱れたスーツを脱ぎ始めた。

 スーツの下から現れたのは、"毛糸で作ったポンポンみたいな大きなボタン"が縦に三つ並んだヒラヒラとしたフリルの多い服……それはまるで


「ピエロみたいだ……」


 セイギが呟いた。


 広い額にボサボサのパーマ、分厚い唇の裂けているかと見紛うくらいに大きな口、そして鼻の先についた丸い玉……


「ピエロみたいボズ……」


 ボッズーもそう思ったらしい。


 いや……


『みたい』ではないだろう……ピエロなんだ。


 スクリーンに映る男は、正真正銘のピエロなんだ……


「ケケケケケケケケッ!!」

 "ピエロ"は突然高笑いをあげた。


「何笑ってんだボズ!!」

 その笑い声にボッズーは激昂した。


 しかし、やはりセイギはそんなボッズーとは反対に静かだ。

「なぁボッズー、アイツか……ボッズーが言ってた《バケモノ》って奴は?」


 顔を真っ赤にしたボッズーは、このセイギの質問に首を振る。

「いや、バケモノは人間を変化させて生み出す奴の事だ。アイツは違うボズ! 『人間のフリ』ってさっきアイツは言ったからな!! でも、俺の頭の中にずっとあったバケモノの情報とアイツはめちゃめちゃ近いボズね! 悪に心を乗っ取られ、破壊を好み、命を弄ぶ、邪悪な思考を持つ者……それがバケモノだからなボズ!! アイツのあの不気味な笑顔を見れば分かるボズ……アイツは正にそれだボッズー!!」


「そうか……じゃあ、まだ人間は手を出されてない。そうだな?」


「うん! 大丈夫! アイツは人間じゃないボズ!! さっき現れた、蛍なのかヒマワリの種なのか分かんない奴と一緒だろうなボッズー!! 悪行を働く為だけに生まれた存在!! 悪の権化!!」


「そうか……」

 ボッズーからの回答を聞いてもセイギは未だ静かだ。だが、もう言わなくても分かるだろう。セイギの心の内を。彼の心には真っ赤に燃える《正義の心》がある事を。『悪と戦う』という強い意思をセイギは持っている事を。

 その事を示す様に、セイギは拳を握って大剣を構えた。

「ボッズー、やっぱ俺は行くぜ……アイツをブッ飛ばす。お前はどうだ? 一緒に行ってくれるか?」


 このセイギの問いに、


「あぁ、勿論だボズ!!」


 ボッズーは強く頷いた。


「さっきはゴメンなボッズー!! もう俺は迷わないボズ!! 俺はあんな奴等の好き勝手にはさせたくない!!」

 城を見て怯えたボッズーはもういない。さっきまで自分の行く道に迷っていたボッズーは消えた。ボッズーは思ったんだ。『ピエロの笑いは全ての人類を、そして生きとし生ける者達の命を嘲笑う笑顔だ……こんな奴等の好き勝手にはさせない!今すぐにでもぶっ倒してやる!!』と。


 しかし、


 動き出そうとした二人の周りに風が吹いた。


「何だボズ?」


 それは二月の寒空に吹くにはおかしい生温い風。


 ふぅ……


 セイギの耳にも生温い風が当たる。まるで吐息を吹きかけられた様に。


「なんだ……」


 驚いたセイギがその方向を見ると


「どうしたの坊や?」


 何処からか声が聞こえた。


 そして、セイギの耳に吹いた風はそのままセイギの体を撫で回す様に、頭から首、首から胸、胸から腰……とスルスルと移動していく。


「な……何なんだ!!」


「フフフ……フフフ……」


 再び声が……


 セイギはその声が風の中から聞こえてくるように感じた。


「や……やめろッ!!」

 セイギは手を振ってその風を振り払った。


 すると、それと同時にセイギとボッズーの目の前に白い煙が現れる。それはスクリーンが現れる前に出現した煙よりかは薄い煙、だが、その煙は徐々に徐々にと色を変えていく、白から灰色へ、そして黒へと……


「フフフ……」


 また笑い声が聞こえた。その声は二人の前に飛ぶ黒い煙の中から……


「フフフ……フフフフフ……」


 笑いながら煙は、何かの形を成していく。


「フフフフフフ……」

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