第4話 王に選ばれし民 3 ―ボッズーは分からない―

 3


 人は"白"にどんなイメージを持っているのだろうか?

 清純、清潔、神聖……そんなイメージを持つ人が多いのではないだろうか?

 人を祝福する際にも用いられる色でもある。


 祝いの色だ。


 しかし、セイギの目に映ったその"白"は禍々しく、毒々しい、不気味な"白"だった……



『死』



 その"白"を見た瞬間に、終わりを示す言葉がセイギの頭を過った。その『死』はセイギ自身の死を感じさせた訳ではない。それ以上、言うなれば人類の滅亡。


 ――――――


「………ッ!!」


 セイギが瞼を開くと、彼の瞳に映った物は真っ白な薔薇だった。

 目映い光は蕾が花開く前兆だったのだろう。光が消えた時、輝ヶ丘の空には巨大な薔薇が浮かんでいた。

 濁りも霞も無い、真っ白な薔薇が……


「クッソォ!! 花が咲いたからってなんだボッズー!! セイギ、行くぞボッズー!!」


「あぁ……頼む」


 ボッズーは『今度こそ!』という思いで、薔薇に向かって飛んだ。ボッズーの瞳は獲物を狙う鷹の様に鋭い。"上の翼"で風を取り込み"下の翼"で噴き出す強力なジェット噴射が如く力で薔薇に向かって加速する。


 ― アレは何だ……何なんだ……


 荒ぶるボッズーとは正反対にセイギはただ黙って右手に持った大剣を強く握った。

 セイギの疑問は『白い薔薇はいったい何か……』という事ではなかった。太陽に近い場所から白い薔薇に向かって斜めに下降する彼の視線は、薔薇の花弁の中心へ向けられている。


 ― 何かがある……あそこに何かが見える


 花弁の中心には薔薇とは違う、"何か"があった。


 そして、ボッズーのジェット噴射が如く加速がセイギと薔薇との距離を一気に縮めた時、その姿はハッキリと見えた。


「ん? ……えっ!!!」

 セイギはソレが目に入った瞬間、驚きの声を発した。


「どうしたボズ? どうかしたかボズ?」

 ボッズーは突然のセイギの声に驚いて、セイギに問い掛けた。飛ぶ事に集中しているボッズーはまだソレの存在に気付いていなかったみたいだ。


「ボッズー、見えるか? あそこ、花の中心!」

 セイギはボッズーにも分かるように花弁の中心を指差した。


「うぇっ?! ……アレ? アレレ?」

 ボッズーは二度見をする様に二回驚く。一度目は花弁の中心に異物がある事に、二度目はその姿に。


「見えたか?……」


「うん……見えたボズ」


 ボッズーが頷いた、ガキセイギはゴクリと生唾を飲み込む。


 そして、二人は声を合わせてこう言った。


「「城だ!!!」」


 ………そうだ、花弁の中心にあったのは城だったんだ。鋭く尖った幾つもの屋根が塔の様に並び立つ、薔薇と同じく真っ白な城がそこにはあった。


「何であんな所に城があるボズ!」


「分からねぇ! でも俺は行くぞ! 俺はあそこに行くッ!」


「なにぃ?! 行くのぉッッ??」


「あぁ!! だってそうだろ? ありゃ明らかに敵の本拠地だ! 俺達は聞いた、『空が割れる日にこの世を破滅させる王が現れる』って!! 王と言えば城だろ!! 敵が王なら、ソイツはあの城にいる筈だ!!」

 セイギは意気盛んに叫んでいるが、頭の中では冷静な彼がいた。冷静なセイギは思っていた。『やられた……』と。何故なら、光体との戦いに挑む前にセイギとボッズーは言っていた『この世を破滅させる王が現れる前に、紅の穴を塞ぐ』と。城が現れた事で、その目的が失敗に終わったと彼は気付いたんだ。

 しかし、だからといってセイギの心が折れる事はなかった。折れるどころか、逆にセイギは吠えた。

「あそこを叩けば一気に敵を全滅させられる!! 逆にチャンスだ!! 誰にもどこにも被害を出さずに戦いを終わりに出来るんだ! 行くしかねぇ! 今の俺達にそれ以外の選択があるか?」


「う……うん。確かに……確かにそうなんだけど、そうなんだけどボッズー」

 でも、ボッズーはセイギとは反対だった。城を見た瞬間にボッズーは怯んでしまった。


 ― やってしまった……侵入させてしまったボズ。王の侵入を未然に防ぐ事が、俺達の役目だったのに……


 ボッズーも気付いたんだ。自分達の失敗を。だから、勢いよく飛んでいたのにその速度は緩やかに減速していく。


「おい! どうしたんだよ!! 何してんだ!!」


「い……いや……」


 ボッズーは考えていた。


 ― 確かにセイギの言ってる事は間違っていないボズ。敵がこの世に侵入してきても、敵が動き出す前に倒せば世界の破滅は防げる……あの城はおそらく敵の本拠地で間違いないだろうボズ……でも、敵の本拠地……『本拠地』という事は、敵の全ての力があの城に集められてるって事になるボズ。その"全ての力"はいったいどれくらいのモノなんだ? 王の存在は知っているボズ、王が人間を変化へんげさせて生み出すバケモノの存在も……じゃあ、あの城の中で王は一人か?それとも部下がいるのか?俺は『"今日"まで何をするべきか』とか、ある程度の事は生まれた時から何故か"分かってた"ボズ。でも、あの城に関しては何も分からない……分からないボズ……



 そうなんだ。ボッズーは『自分自身の能力』や『セイギを"今日"まで《正義の英雄》としてどう導くべきなのか』、そして『自分達は"今日"何をするべきなのか』は"分かって"いても、敵に関しては、『王という存在がこの世界に現れる事』や、『王が人間を変化させて生み出すバケモノの事』以外は何も"分からなかった"



 ― 俺は馬鹿ボズ……王がこの世に侵入したら、その後に何をするのか全く知らないのに、もしそうなってしまった時の事を考えていなかったボズ。王がどんな能力を持っているのか……王とどう戦えば良いのか……敵は世界を破滅させるくらいの奴だ、簡単に倒せるとも思えないし、でも、今目の前に見えているチャンスを逃せば人類の未来は絶たれてしまうかも知れないボッズー……でも、まだセイギは一人だ。英雄は五人揃わないと完璧じゃないボズ。"足りない"……このチャンスを逃してはいけないってセイギの選択は間違ってない。でもセイギ一人じゃ"足りない"……でも、このチャンスを逃したら人類はどうなる……人類だけじゃない、この世に生きる生きとし生ける者達の未来は………


 ボッズーの答えは見つからない。


「う……う~ん……どうしたら……どうしたらいいんだボズ」


「何を迷ってんだよ! このチャンスを逃す訳にはいかないだろ!」

 セイギは首を左に捻ってボッズーを振り返った。


「う~ん……でも……」


「でもも、だっても何も無いぜ!! 迷うなよ!! ボッズー!!」


 ヒュゥ~~~………


「ん?!」


 ボッズーを説得するセイギの耳に、突然、謎の音が聞こえた。それは花火が打ち上げられた時の音に似ていて、二人の下方向から聞こえた。それは最初は小さな音だったが、ドンドン二人に近付いてくる。


「………」


 セイギは再び下を向こうと顔を動かした。すると、その目の前を灰色の煙が下から上に向かって通り過ぎる。


「え?!」


「なんだボズ?!」


 二人がその煙を目で追って上を向くと、



 ドカーーンッ!!パラパラ……パラパラ……


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