第1話 少年とタマゴ 18 ―少年は起死回生を思案する―

18


 男たちに捕まってからどのくらいの時間が経っただろうか。数分か……数十分か……いや、そこまではいってない、おそらく十分少々だろう。


 だが、捕まった少年が感じる体感時間はジリジリとした緊張感のせいか実際の時間よりも長かった。


 少年は腕を後ろ手に縛られて、足首も縄でキツく結ばれてしまい何の身動きも取れずにいる。


 ……と書くと、少年がジタバタとこの場から逃れようともがいていると思ってしまうかも知れないが、そうではない。

 少年はただただ大人しい。

 男たちに寝かされたソファの上でただじっと男たちを観察していた。


 リーダー格の男が部屋を出ていってから、『この後、何をされるだろうか……』と少年は考えていたが、今のところ特に何も起きてはいなかった。


 坊主の男は少年を鋭い目付きで監視しながら、立て続けにタバコを吸っては自分が吐き出した煙で目をしばたたせ、少年の横たわるソファの向かいにあるテーブルの上の灰皿に吸い殻の山を作っていた。


 長身の男はリーダー格の男に叱責されたのがこたえたのか放心状態で天井を見詰めていたかと思うと、暫くするとケロっとして、今では床に転がる少年のリュックが気になるみたいだ。

 さっきから少年のリュックを勝手に持って、その重さを確かめている。


「ねぇ、ボン……これ、なか見ても良いかな?」


 長身の男は片手でぶらんっとリュックを持って坊主の男に見せた。

 いや、『坊主の男』ではなく『ボン』と呼ぼう。


 ボンは長身の男に目を移すと、慌てた仕草でふかしていたタバコを吸い殻の山の中に押し入れる様にして消すと、少年が転がるソファの背を乗り越えて長身の男へと近寄った。


「馬鹿ッ!」ボンは長身の男から無理矢理リュックを引ったくった「チョウ……お前また殴られたいのかよッ、兄貴に勝手にそんな事すんなッ!」


 ボンはそう言うとリュックを持ったままソファを回り込み、その先のテーブルの向こう側にドンッと音を立てて置いた。


『兄貴に勝手にそんな事すんな!』

 ボンはそう言った。

 どうやら男たちは"兄貴"にかなり従順らしい。

 リュックの中身なんて見たければ見れば良い。

 だってリュックの口はダラリと開いたままなのだから。少し覗き見るだけでその中身が何なのか分かる筈だ。


 少年としても、タマゴの姿を見られても『人形です』と言い張るつもりなのだから問題はない。


 少年は考えた。


― きっとコイツら、俺を誘拐した男の指示が無いと何も出来ないんだ。頭が働かない……って事ではないだろう。チョウって奴は馬鹿っぽいが、ボンの方はそんな感じじゃない。チームの優劣か……


 その理由は『チョウ』と呼ばれる男が殴られた姿を見たならば分かる。

 この二人、かなりの恐怖政治を敷かれているみたいだ。


 少年はボンが置いたリュックを見た。

 それは丁度少年が横たわるソファのテーブルを挟んだ正面にある。

 直線で結べば少年のお腹と一直線になるだろう。

 無造作に置かれたリュックは後ろのテレビ台が支えになって真っ直ぐに立っていた。

 相変わらずリュックの口はダラリと垂れて、中からタマゴの白い頭がチラリと見える。


― 丁度良い位置に持ってきたな……ボンっての感謝だぜ!


 タマゴの頭を見据えながら少年はニヤリと笑った。


― そろそろ動くか! もう急がなきゃ、時間がないもんな。悠長に構えてても時間なんか一気に過ぎる、約束の時間までに何とかこの工場から脱出しねぇとだ! ヨシッ……まずはこのボンとチョウの二人をまとめて一気にッ!


 少年の口がピクリと動いた。


 だが……

 少年はすぐに自分を否定するように首を振った。


― あっ……ととととと! 危ねぇダメだ…ダメだ! 焦んな俺ッ! ここに居るのは俺だけじゃない! もう一人の誰かの命もかかってるんだ、焦っちゃダメだ。慎重にいけ……慎重に……


 少年は視線を走らせてタバコをふかすボンの姿を見た。

 ボンはイライラしているのかブツブツと何かを呟きながら、部屋の入口から横たわる少年の足が近いソファのひじ掛けの辺りまでを何度も何度も歩き回っていた。

 ソファのひじ掛けの所まで来る度に少年の視線の端っこにボンの姿が映る。


「クソ……クソ……クソ……なにが『ガキに飯くらいはちゃんとやったよな?』だッ。俺はお前の道具じゃねぇ……」


― なんだ? ボン、あの兄貴って奴にイラついてんのか? まぁ……そりゃそうか、あんな暴力で縛られちゃイラつくなって方が無理だよな。はぁ……とにかく、今はどう動くか考えねぇと。確実にいかないとだ……確実に、慎重に……


 そう少年が自分自身に言い聞かせている時、うろうろと動き回っていたボンの足が止まった。

「クソ……無ぇなぁ……」

 どうやらタバコが切れてしまったらしい。

 空になったタバコの箱をグシャグシャに潰してボンは部屋の隅にブン投げた。

「おいッ! チョウッ! お前いくら持ってるッ!」


「へっ……ちょっと待って。あ……300円」


「クソッなんだよッ! こんだけ尽くして俺はタバコも買ぇねぇのかよッ!!」


 ドンッ!……とボンは地面を蹴った。


― おっとっと……びっくしりしたぁ! こりゃ大分鬱憤溜まってんなぁ……


 ボンの突然の激昂に驚きながらも、尚も少年の思考は続く。


― でも、って事はその分この男はあの兄貴に従順に尽くしてるって事だよな……って事は、多分何か起こった時に即座に行動するのはこのボンって奴の方だな。頭もチョウよりかは確実に働くだろうし。逆にチョウって奴はきっと慌てふためいて的確な行動は出来ない筈だ。だったら先ずは頭の働く方をやるべきか。もしだ……もしの更にもしで、俺の作戦が失敗した場合、ボンはきっとすぐにあの兄貴を呼んじまう……そしたら俺の命は一気にヤバくなる……俺が殺られたらもう一人の命だって……いや、でももっとよく考えろ! チョウの行動は予測がつかない、チョウだってナメたらダメだ! 俺がコイツらに反抗しようと考えてるのが分かったら、例えば躊躇いも無く俺を殺しにかかる……って事だってもしかしたらあり得るかもしれない、考えたくないけど……それだけチョウの行動の予測がつかない……あぁ~クソッ! こんな時、みんながいてくれたら馬鹿な俺に知恵をくれるのに……ってそんな現実逃避してる場合かよ! 無い頭かっぽじってちゃんと考えろ!!


 少年は心の中で自分自身に向かって叫んだ。

 少年は考え事をしていると頭を掻く癖があるようだが、手を縛られている今じゃそれは出来ない。

 わなわなと沸き上がってくる衝動を抑える様に、少年の口がむにゃむにゃと波打つ様に動く。


 同じく、抑え切れない衝動にかられているのがボンだ。

 ボンはタバコも吸えなくなって、その苛つきはより増した様子で、うろうろ歩き回る足音がドンッドンッ……と煩くなっていた。


― ふぅ~……そうだなぁ、このボンとチョウの二人をどうにか二手に分かれさせる事は出来ないかな。一人ずつなら騒がれる心配の前に、一瞬でやれる自信がある。何か……何か方法は無いもんか……


 と、少年の口がもう一波ひとなみ起こそうと震えたその時、再びソファの近くまで来たボンと少年の目が合った。


― あっ……!


「あっ!」


― あっ!! ヤベッ……声に出ちゃった!


「ん? なんだよ?」

 ボンはのっそりとこちらに体を向けた。


― あ……クソッ……もうやるしかねぇ! のるかそるかだ!!

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