第1話 少年とタマゴ 14 ―少年の決意―

14


 車を降りた男は反対側へと回り、半開きのままのドアを開けると、仰向けに倒れた少年の腕を無理矢理取って車から降ろした。


 少年は逆らう事なく車から降りて、腕を引かれて大人しく男に付いて行く。

 男は奪ったリュックを少年の手を引く方とは反対の方の肩に背負っていた。

 リュックの口はまだダラリと垂れたまま……


 男はさっき少年が見た、"拓けた場所"へと少年を連れていった。

 その先に有ったのは、寂れた雰囲気の工場の様な建物。


「え……」

 少年は建物を見た瞬間、驚いてしまった。


 その声を聞くと男は再び顔を歪ませ、少年の腕から手を外して少年の髪を殴るように掴み、静かに自分の顔を少年の顔に近付けた。


「何んだよ……」


「あ……いえ、何も」


 睨みを効かされた少年は俯いて男から顔を背けた。


「黙ってろよ……」

 男は掴んだ少年の髪を放した。

 汚いゴミを投げ捨てる様に。


 少年はこの建物を見付けた瞬間に何を感じたのだろうか。それはデジャヴだ。

 でも、本当に知った場所に訪れたからという訳ではない。

 少年はいつか見た刑事ドラマで、犯人グループがこんな場所にアジトを構えていたのを思い出していたのだ。

 少年が思ったのは


― え……まさか本当にこんな場所に連れ込まれるのか?


 という事だった。

 こんな危険な状況なのにも関わらず、少年はふと笑ってしまいそうになったんだ。


 それにしても少年は意外な程に冷静だ。

 いや、意外では無いか。

 彼は、男が本性を露にしてからも一度足りとも慌てた素振りを見せていない。至って冷静だった。


 今もただ冷静に、今起きている全ての事を目に焼き付け、状況を整理する事に努めていた。


 現在、少年の目に映るのは目の前の廃工場の様な建物と、それを取り囲む木々の群れだけ。

 ただそれだけだ。他には何もない。

 人気ひとけもなく、こんな場所に用のある人間などいないだろうから、人を拐うにはもってこいの場所だろう。


 廃工場の正面に設置された目視で高さ3mくらいあるシャッターは開け放たれていて、少年から見て向かって右側の工場の外部には鉄骨の階段があった。


 男の方は外部の階段には目もくれず、ただ真っ直ぐに正面のシャッターへと向かっている。

 その先に何があるのか、

 少年はシャッターの奥を凝視した。


 太陽の光が差し込む入り口の辺りまでは埃っぽい地面が薄暗く見えているが、その先は奥に行けば行く程暗闇が濃くなっていて、何も見えない。

 まるで『深淵を覗く…』そんな気分になりそうだ。

 人の気配は今のところしない。


 目に見える物からの情報を頭に叩き込むと、次に少年は考え始めた。


― コイツ、仲間はいるのか? それとも一人なのか? これから俺に何をしようとしているんだ……


 少年は何故男が自分を脅し、拐うのか、その理由を考えた。

 強盗か、誘拐か、いたずら目的という線だってある。

 そしてもう一つ、


― 何でこんなに無防備なんだ……自分が優位な立場つったって、なんで俺に目隠しも何もしないんだ? 全部見られたって構わないっていうのか?


 少年は、男が自分の"足がつく"可能性のある物を隠そうとしていない事にも疑問を感じていた。

 少年を連れ込もうとしているこの工場に、少年を乗せてきたトラック、それとサングラスや帽子など一切していない男自身の顔……


 だが、男の顔に関してはすぐに少年は答えを出せた。

 もし隠していたのなら少年は男への警戒心を解かず、男に付いてくる事はしなかっただろうし、少年を拐う為に『敢えて隠さなかったのだろう』という考えに至った。


― そうなるとトラックも同じだ。コイツは俺が警戒しないように演技をしていた。"自転車が壊れて立ち往生している少年を助ける優しい男"……の演技を。だったら俺にトラックの存在をアピールしなきゃいけないし、トラック自体俺に見せないとだ。じゃあ車に乗せる直前に目隠しを……ってそれも無理だな。顔もトラックも拐う前に隠しておくのは、コイツの作戦じゃあ難しい……


― でも、本性を現した後だったらどうだ?それは……出来るな。ナイフを突き立てる事が出来るんなら目隠しなんて簡単だ。なら何でコイツはそれをしないんだ? もし俺が逃げ出して警察に駆け込めば、警察がコイツを特定するのなんて簡単になる……


― 逃げ出す訳が無い……そう考えてるって事か? だとしても、コイツの目的が強盗だったと仮定して、俺から金を奪った後どうする?


 その疑問を自分自身に投げかけると、少年の頭の中で推測される答えは一つに絞れた。

 この推理が正しければ、無防備とも取れる男の策の理由も理解出来る。


 それは、一番出したくはなかった答え、


 だが、それしかない……


 殺人。


 男は最終的に少年を殺そうとしている。

 そうとしか考えられなかった。

 顔を見られようが、"足がつく"物をいくら見られようが関係ない、男は初めから少年を帰そうとなんか考えていないのだから。


― なるほどな……そういう事かよ……


 シャッターの目の前まで来ると、男はより強い力を込めて少年を工場の中へと連れ込んだ。


 少年は拳をグッと握った。

 それは痛みからじゃない、悔しさからでもない、少年が心に抱くのは、


― このままコイツの良いようにはさせない……必ず……必ずッ!!


 ……決意だ。

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