2.あなたを堕とすたった一つの策

「ま……紛らわしい!」

「……ごめんごめん」


そう。

私はノアを脱がせて……服を交換した。


今はもう着終わって、ノアが私の着ていたドレスを着るのを手伝っている所だ。


「……それにしても、どうしてこんな事するの?他の人にバレたら……」

「大丈夫。ノアは顔が可愛いから……黙ってれば気づかれないよ」

「そ……そういう問題じゃ……」

「出来た」


全て着せ終わると、本当に貴族のお嬢様の様だった。

ノーメイクでもまつ毛は長いし肌は若いし……下手な男よりも女よりも言い寄られそうだ。


「や、やっぱり辞めようよ……」

「大丈夫。綺麗だよ」

「っ……ほんと、自分勝手なんだから……」

「あはは、……じゃあ行こっか?」

「うん……」


明るみに出ると、ノアは驚いたように、


「凄いね、本当に男みたいだ……」


と言った。


……舐めてもらっちゃ困る。

私は今まで男装して女や……男なんかにも近づくのはかなりやってきた。

まぁ……最後には女の私に堕ちて貰うんだけど。


なんでかって、今回の私の『堕としたい人』は、男じゃないから。


「ぅ……緊張する……」


ガチガチのノアと正面の入り口から堂々と入って、私はその高台から『彼女』を見つける。


……ソフィア。


彼女も1話に出てきたから、ちゃんと名前だって覚えてる。

あなたはテオとパーティーに参加する、彼に近しい人。


……多分、愛人か恋人辺りの。


「ノア、行こう」

「えっ……あ、ありがとう……」


自然にエスコートする私に、ノアは少し驚きながらも、……流石と言うべきか、ちゃんと大人しいお嬢様のように振る舞う。


ノアにとっては急に幼なじみが変わりだして逆に気苦労で大変だろう。

このタイプはたまに庇護欲が強すぎるあまり、何か知らないうちにできるようになっているのを嫌ったりするから、本当は注意しなきゃいけないんだけれど……幸いな事に彼の『金の為』発言を知っている私には、逆に都合が良かった。


彼が私に尽くしていたのはその為で、……まぁ、だとしてもあの動揺が本物なら彼は案外惚れやすそうだし、じっくりモノにしてあげるけれど。


「ノア、ここに居よう」

「えっ……踊らなくていいの?」

「……だって、目立っちゃうでしょ?」

「まぁ、そっか……」


私は会場の壁際で立ち止まる。

ここは角だから会場全体が見渡せて、そして彼女の動きが見える。


「……ノア、ハンカチ入ってる?」

「僕のなら、ポケットに……」

「……私のだよ」

「わっ……!」


私はノアの着ているドレスをまさぐりハンカチを取り出す。

ハンカチには私の家の紋章と、私と同じ香水の匂い……完璧だ。


「ちょっとリズ……!変な事しないでよ、目立っちゃうよ!」

「ごめんごめん……あっ、ちょっとお手洗い」

「えっ……?」


そんな事を話しているうちに彼女……ソフィアは人のもとを離れてトイレの方へ向かっていく。

そこは、人気ひとけの無い、『何か』が秘密裏に起こるには絶好の場所。


……うん、完璧。


物語の中で、リズはここでソフィアを待ち伏せして、酷い嫌がらせをする。

その間は誰にも見つからないで、リズが歯止めが効かなくなって高笑いを始めた所でやっと騒ぎになり、テオが駆けつける。


……ってことはつまり、物語補正がここでも効くのなら、誰にも邪魔されない最高の死角になっているハズなんだ。


コツ、コツ、コツ…


彼女の戻ってくる足音がする。

ソフィア……彼女に罪は無い。

物語ではテオが婚約破棄を言い渡すまで、婚約者がいた事はおろか彼が王族の人間であることすら彼女には明かされていなかったからだ。


テオには勿論、リズがわがままだったとは言え裏切った分しっかり罰を受けて貰うけど、彼女は……


「きゃあっ!」


ドン…という大きな音を立てて彼女は倒れる。

彼女がぶつかったのは……いきなり飛び出た私だ。


「……」


私は倒れている彼女を見下ろし、ゆっくりと手を伸ばした。



***



「すみません、こんな綺麗な方に怪我をさせてしまって……」

「いっ、いえ……。でも、こんな高級そうなハンカチを……」


倒れた彼女の手を引いて立ち上がらせようとすると彼女は足を怪我していたので、私は自然にお姫様抱っこで裏庭の噴水のへりまで運んだ。

そして今は、こんな会話をしながら彼女の足の怪我を噴水の綺麗な水で洗い、『私の』ハンカチでその部分を縛った所だ。


「ハンカチなんて……いくらでもありますよ。……それに比べて、あなたは1人だけなんですから」

「そっ……そんな事……」


彼女は私の事をちゃんと男だと思っているらしい。

声質が前世の私と似ていてよかった。さほど練習せずとも同じ感覚で男声が出せる。


「……」


私は無言で彼女を見つめる。

彼女……ソフィアは平民で、テオに一目惚れされて猛アタックに流されていくうちに何となく今の関係になったらしい。


という事は、ソフィアがテオを王族だと気づく前に、私に恋をしたらどうなるだろう。


今のうちならまだテオは、ソフィアにとってパーティーに参加出来る位の人でしかない。

そして、これくらいの歳の女の子は、大抵みんな王子様に憧れるものだ。


「……失礼でなければ、お名前を聞いてもよろしいでしょうか」

「えっ……ソフィア……です」

「ソフィア……美しい名前ですね」


ちょっとキザすぎても、言われる方になるとこういうのは満更でも無いものだ。

案の定ソフィアも頬を染めて戸惑っているけれど、口角が上がっているのが見える。


「あ、あの……貴方の名前は……?」


時計の針の音を確認してから、ちょうど良くなるように間を置いて彼女に目を合わせる。


……よし、タイミング完璧。


「私の名前は……」


ゴーン…ゴーン…


鐘の音に私は立ち上がる。


「いけない!こんな時間だ……。貴女より先にこの場を去るのは惜しいのですが、私はもう行かなくてはいけない……」

「えっ……あ、あの、貴方は……」

「愛しのソフィア、私は貴女に一目惚れしてしまいました。……貴女を探し出して、またきっと会いに行きます」


決めゼリフにもう一押し手の甲にキスまでして最後まで名乗らずに走り去る。


……これでソフィアは自分に惚れている二人の男から、どちらかを選ばなくてはいけなくなる。

彼女は無垢な普通の少女だ。

こんなおとぎ話のような展開に、選ぶものは一つだろう。


「ノア、帰るよ!」

「えぇっ……?!」


きっとそう遠くないうちに、ハンカチの紋章に気づいた彼女から接触がある。

……来なかったら、「探し出す」と言った私から会いに行けば良い話だ。


私はノアの手を引いて、会場から飛び出る。

何だかんだ言って、自分で私のモノにするのは楽しい。


……その様子を2人の人間が見ていた事を、この時の私はまだ知らなかった。



****



「おかえりなさいませー!」


明るいメイドの声に迎えられ、すっかり元の服に戻った私とノアは、家の中に入っていく。


前世の私の始まりが汚い路地裏だったのを考えると、その屋敷は初期装備にしては完璧すぎる。


しかも、この家の地位はかなり高いらしい。


……まぁ当たり前か、あんなにリズが堕ちたのは、元々とんでもない高さに居たからだ。


「あ、あの……リズ様……!」

「ん?……なーに?」

「あの……何ともありませんでしたか?」

「?」


1人のメイドの言葉に私は首を傾げる。

すると、他のメイド達も口々に話し出した。


「リズ様、テオ様が他の方とパーティーに行かれたのを怒ってらしたので……」

「私達、リズ様が心配で……!」

「あー……それは大丈夫」


そういえば、『リズの心境』を忘れていた。

テオへの裏切りへの罰はソフィアの裏切りで済まそうと思っていたけれど、どうせなら直接手を下したら良いかもしれない。


……それこそ、テオの方を逆に惚れさせてしまうだとか。


やるならそっちの方も考えておかないと。


「……そんな事言ったけど、本当はノアと楽しんできたかっただけなの」

「えっ……?!」

「楽しかったよね?ノア。……で。」

「……うん。確かに新鮮だった……けど」


今回のパーティー、確かに新鮮ではあったし問題も起きなかったけれど、ノアにとってはそこまで楽しい物でも無かっただろうし……。

ソフィアが来るまでノアを確実に深みにはめながら、この世界の情報を集めなくちゃ。

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