第31話 元上司サイド 堕ちていくハービー 1

 一方シルク王国王城内の執務室の一つ。

 そこではハデルを追い出したダンジョン管理局の元上司『ハービー・ジャクソン』が困惑していた。


「何が……起こっている」


 彼は紙を手に持ちプルプルと震えていた。

 その紙はスタの町から排出される素材や量を記載したもので、最近報告に上がって来たものだ。

 ハデルがいなくなったことで完全に排出が止まることはなかった。しかしながらその質・量ともに急激に下がっている。


「あの……役立たずがっ! 」


 紙を殴るように机に置く。


 彼はダンジョンを裏家業の者達に売り、自分の借金を相殺そうさいしようとしている。

 だがしかしそれはハデルがいた時の価格だ。ハデルがいた時は——いくら負けていたとはいえ——魔界産のダンジョン資源と張り合うことのできる素材が排出されていた。

 しかしながら排出される素材の質や量が落ちたら、それに応じて資産価値が減少してしまう。


 ダンジョンの売却ばいきゃく往々おうおうにしてある。国などの保有者が権利を売り渡す場合がこれに当たる。よってダンジョンの平均的な価格というものが存在する。


 ハデルがいなくなったことによりダンジョンから排出される素材の量・質が元に戻った。元に戻ったことにより前の——使い物にならないとまで言われたダンジョンの状態に資産価値が戻ってしまったのだ。


 (こ、これ以上資産価値が下がったら……)


 裏家業の人達に何をされるかわからないと考えたハービーは魔導通信タブレットに手をやった。

 そして今管理しているはずの『ダリ』につなげた。

 しかしすぐに出てこない。

 イライラしながら待っていると、やっと通信が繋がった。


「早く出ろ! この役立たずがぁ!!! 」

「うっせぇ、クソ上司! 」

「な! 」


 通話の向こうから聞こえたのは、聞いたことのないようなダリの罵声ばせい

 突然のことに困惑し、そして怒りが再燃する。


「何なんだその態度は! 」

「今はお前の相手をしている場合じゃねぇんだよ! 」


 怒声が再度ハービーを襲う。

 思っていない部下からの反撃に狼狽うろたえる。


 彼は今まで『上司』であった。確かに頂点ちょうてんにはなれないが、それでも常に優位ゆういであった。反撃してくるならばクビにする。反撃する前から相手よりも上に立ち、事を進める。

 よってこうした反撃に慣れておらず、めっぽう弱い。


 ちらりと視界に報告書が映る。

 暴れる感情をひたすら抑えて大きく息を吸い、ダリに聞いた。


「……ふぅ。悪いね。少しイライラすることがあって君に当たってしまったようだ」

「まさかとは思うが用事はそれだけか? 」


 ぐっと抑えて、「いや違う」という。


「ついさっき君が管理しているダンジョンについて報告書が上がってきたのだが、数字が思った以上によろしくない。何かあったのか? 」

「何があったって……」


 あきれ声ともとれる声がタブレットの向こうから聞こえてくる。


「先輩がいなくなったからに決まっているでしょう」

「? 前と同じように運営するだけだ。困る事なんて何もないだろう? 」

「…….本気で言ってるのか? 」


 そう言われて困惑する。


 (……まさかダンジョンに何か特殊な仕掛けが? いやむしろあのエルフが腹いせに何か壊していった可能性も)


「一度そちらに向かう。それまでに運営状況を戻しておくように」

「はぁ?! なにを言って——」


 と言葉が返ってくる前に通話を切った。

 すぐに向かうために彼は着替える。

 今から出ようとすると扉からノックの音がした。


 (この忙しい時に! )


 そう思いながらも返事をする。

 中に入ってきたのは彼の上司『エマ・リッツ』の呼び出しを伝えに来た職員だった。


 ★


「この報告書なのですが……。この急激な減少に心当たりは? 」


 机越しにエマから鋭い眼光を向けられひるむハービー。

 彼は狼獣人である彼女の気に当てられ息を荒くするが、何とか言葉をしぼり出した。


「さて。近々きんきんの変化と言えばハデルとかいうエルフを解任したくらいですが……」

「ハデル殿を解任した?! 」


 何とか考えだした言葉はエマを大きく驚かせた。

 席を立って身を乗り出して更に問い詰める。


「な、なんでハデル殿を解任したのですか! 」


 その反応をみて「しまった」と思うがもう遅い。

 何とか言葉を取りつくろうとし、更に言う。


「シルクのダンジョンから産出される素材の量や質は魔界産のそれに勝てていなかったので」

「何を言っているのですか! ハデル殿がいたからあそこまでせまれていたのでしょう?! それにあのダンジョンの役割はそこではありません! 」

「というと? 」


 あくまでとぼけてみせるハービーに溜息をつきながら席に座り直すエマ。

 そして心底軽蔑けいべつするかのように彼に言った。


「……本当にわかっていないのですね。シルクのダンジョンの役割は、あの町をうるおすこと。だんじて他のダンジョンと競争するために運営しているのではないのです」

「しかし他のダンジョンに負ければスタの町のシェアも奪われます! 」

「だとしても質以上に安い素材のおかげであの町が成り立っているのは事実でした。恐らくこれからあの町は衰退すいたいしていくでしょう。この責任どう取るのですか? 」


 そう言われ数歩下がる。

 責任、という言葉に押されるももうどうしようもない。


 結局の所その日は答えが出ず保留ほりゅうとなった。そしてハービーはダンジョンがどうなっているのか確認するために馬車に乗った。


 ★


 ハービーがいなくなった後のエマの部屋。

 彼女は少し考えていた。

 

 (ハデル殿がいなくなったのは痛いですね。どうしたものか)


 いつもきりっとしている彼女らしくない顔をして溜息をついた。

 そして報告書に再度手を伸ばす。


 (素材は……もう無理でしょう。町の事を考えると心苦しいですがどうしようも……)


 と紙を置いて椅子に背をやる。

 そして疑問が浮かび上がった。


 (ハデル殿はどのような方法でダンジョンを運営していたのでしょうか? )


 彼女がダンジョン管理局に赴任した時からダンジョンを運営していたハデル。

 時々王城に来て話したことはあったが、エマはハデルがどのようにシルクのダンジョンを底上げしていたのか聞いていない。

 彼女が聞いたのはその昔ハデルが魔法を用いてシルクのダンジョンを今の状態にしたということ。


(思えば不思議……いえ有り得ない事ですね。ダンジョン機能を上げる魔法? 聞いたことがない。これは調査をした方が良さそうですね)


 そう思い至ったエマは魔導通信タブレットを手に取った。

 そして魔法省の大臣に連絡した。

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