第18話 セシリアとシャルロッテ 2

「頼み事? 」


 不意を打たれたシャルロッテがポツリと呟き慌てて「コホン」と咳払いする。

 「ご命令でしょうか? 」と言い直しセシリアを見る。

 しかし同時に嫌な予感が彼女の頭をよぎった。


 子供の頃のように元気溌剌げんきはつらつに動き回るということは無くなったが、シャルロッテは幼馴染であるセシリアが変わっていないのはよくわかっている。

 はしゃがない分、しんが強く育ち、時にシャルロッテ達近衛騎士団を振り回す。

 これまで幾度いくどとなく振り回されて来た彼女が身構えるのも仕方ない。


「命令、という程ではないのですが」


 と少しもじもじとしだすセシリア。

 質素しっそな服に身をつつんでも、その可憐かれんさをにじませるセシリアが、ほほを少し赤らめ一人の少女の様に振る舞う様子を見て、少し警戒をやわらげるシャルロッテ。


 (少なくとも危険なことではなさそうだ)


 今まで犯罪組織の話をしていたこともあり警戒心を上げていたシャルロッテだが杞憂きゆうに終わりそうで一安心する。

 逆にどのような頼み事か彼女に好奇心がいて来た。


「実は……先日助力してくれたハイエルフの方を、探してほしいのです」

「あの方を、ですか? 」

「ええ。可能ならばお礼と褒章ほうしょうをと思いまして」


 そう言い顔を赤くするセシリア。

 その様子を見て「殿下に初恋がっ! 」と思うシャルロッテ。


 これまでセシリアは「恋」というものをしてこなかった。加えて——王侯おうこう貴族としては珍しい事ではあるが——二十一になる現在でもいまだに婚約者の一人もいない。これは第一王子派閥の者との婚約をこばんだことや王直々じきじきに婚約の申し出を破り捨てたことも原因であった。


 どういうことかというと——ろくなのがいなかった、ということである。


 またセシリアは王女ということもあり政治的利用は避けられないが、り合う相手がいなかった。よって現在二十一にして独身だ。

 そんな彼女が少女の様に恥ずかしがりながら助けてもらった相手を探すように命令をする。仕える者として、幼馴染として喜ばしいはずなのだが何故かシャルロッテの胸は痛んだ。


 (なんだ、この痛みは……)


 シャルロッテが初めて感じる痛みに戸惑いながらも、それを振り切りセシリアの方を向く。


かしこまりました。早急そうきゅうに調べましょう」

「ありがとうございます! シャル! 」


 今にも飛び上がりそうな様子で喜ぶセシリア。

 それに苦笑いで返しつつも、どのような人だったか思い出すシャルロッテ。

 彼女は助けてもらった時のことを思い出し少し顔に熱をおびびる。


「どうしたのですか? シャル。顔を赤くして」

「? なにもございません」


 と幼馴染の変化に気が付くセシリアだが「そうですか」とだけ答えて考える。


「現在分かっているのは「ハイエルフ」で「強者」であるということですね」

「ええ。加えて「精霊術師」だと思われます」

「確かにそうですね。魔法を使っていましたが、本人から魔力は感じられませんでしたので」


 そう言いながら情報を整えていく二人。


 精霊術師と通常の魔法使いは大きく異なる。

 精霊術師は精霊の力を媒体ばいたいに魔法を発動させるのに対して、通常の魔法使いは魔力を媒体にして魔法を行使こうしする。

 よって通常の魔法使いが魔法を行使したのならば——もし魔力感知が使えるものなら——その魔力変化を感じ取ることができる。


 セシリアは神聖魔法の使い手である。特別視される神聖魔法であるが、それ以前に魔法の修練はんでいた。シャルロッテも剣のみならず教養きょうよう程度には魔法を行使できる。よって二人とも魔力感知でハデルの魔力を感知できなかったことから、ハデルが精霊術師だと予想を立てた。


 この予想は半分正解で半分不正解である。

 確かにハデルは精霊術師である。しかしながら通常の、いや異常なレベルの魔法も使える。感知する者と感知される者の間に隔絶かくぜつした実力差があれば感知できない事はよくあることで。


 この半分正解の状態でセシリアとシャルロッテは予想を立てていく。


「……彼は確かガルドア王国の方向に向かっていたと思うのですが」

「自分もそう記憶しております」

「ならば目的は魔界、でしょうか? 」

「可能性は高いですね」


 すでに従者じゅうしゃモードを解いてあごに手をやるシャルロッテ。


「目的は観光? でしょうか」

「それならば人界に戻って来た時、すぐにわかるでしょう」

「ええ。何せハイエルフの方です。歩くだけでうわさになるでしょうから」


 セシリアがそう言いシャルロッテが頷く。

 しかし同時にシャルロッテがあることに気が付きセシリアに聞く。


「何故今まで我々はあの方のことを存じてなかったのでしょうか。ハイエルフがいるという情報だけでも、噂くらいは流れてきて良いと思うのですが」

「確かに……」

「それにあの豪華な装備。緑に金色のローブだけでもかなりの財産家・実力者であることは分かります。有名な冒険者の方ならばそれこそ情報が回ってくるはず……」

「情報統制とうせい? 」

「有り得なくはないですね」


 セシリアとシャルロッテがそれぞれ予想を立てていく。

 彼の事を思い出し予想を立てていく中で——本人達が知らない所で——想いは増し、美化されていく。

 予想を立てるも結局わからず「調査する」という結論に至った。

 

 セシリアが一口紅茶を含む。そしてシャルロッテを見上げてニコリと言う。

 

「もしかしたら我々が知らないだけで有名な方なのかもしれません」

「そうですね。自分が知っている事などわずかですし」

「ええ。例えばダンジョンなどは触れてきませんでした。勉強する必要性は分かっているのですが……」

「仕方ありません。殿下は社交に内政、定期的な炊き出しにと忙しかったので。悪く言うのは第一王子派閥の貴族達だけでしょう」

「ふふ。そうですね」

「なので知らないところ、今まで触れなかった所から探すのもありかもしれません」


 シャルロッテがそう言うとセシリアが「そうですね」と肯定こうていし、少し真面目な顔をして席を立った。

 雰囲気が変わったのを感じ、シャルロッテはひざをつく。


「シルク王国第一王女『セシリア・シルク』がめいじます。近衛騎士団長『シャルロッテ・シルヴァ』。恩人おんじんであるハイエルフの方について調べなさい」

おおせのままに」


 シャルロッテは命を受け、そして扉を閉めた。

 彼女は王族が住まうこの一角から足を進める。

 交代の者を呼びセシリアの護衛を代わって仕事に入る。


 彼女の胸の鼓動が速くなっていたのは命を受けたせいか、それとも違う何か、か。

 シャルロッテがそれに気付くのはまだ先の話である。

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