第5話 ハデルは高級ホテルにビビる

 中に入ると白い内装ないそうに清潔な空間が広がった。

 足を進めて照明魔道具の光をびる。


 ここが宿屋『ベルモット』か。外からしか見たことないが中は思っていた以上に豪華だ。

 ダンジョンがある町とはいえ小さな町であるスタの町。そんな場所にこれほどの物を立てるとは。余程お金に余裕があるのかもしくは他の理由か。


 しかし……。うう“う”……めっちゃ緊張する……。

 久々の高級感あふれる建物だ。いわば高級ホテル。緊張するなという方が無理がある。


 少し背を正して軽く観察。すると視界に茶色い受付を見つけた。

 向こうも俺に気付いたのか「いらっしゃいませ」と腰を曲げる。

 このままではいけないので少し早足で受付に向かった。


「本日はどのような御用ごようでしょうか? 」

「一先ず一泊を」

「かしこまりました。ではこちらにサインをお願いします」


 と白く綺麗な記入用紙を出されてペンをる。

 それぞれ書いてめていく。

 そしてある一か所で止まってしまった。


 ご職業だと?!


 職……。なんだろうかこのむなしい響き。


 冒険者、か? いや今はそんなに冒険者として活動していないから適切ではない。

 なら無職?

 だが……それを書くには躊躇ためらわれる。


 ならば、そうだ!

 フリーランス! フリーランスが良い!

 よしこれで行こう。


 職業らんにフリーランスと書いて笑顔で提出する。

 受け取った受付嬢が「ありがとうございます」と言いながら項目こうもくをチャックしている。

 しかし一か所で一瞬止まり、そしてまた目線を下げた。


「確認いたしました。一泊大金貨一枚になります」


 い、一泊で大金貨一枚?!

 普通の宿に泊まると何か月泊まれるんだ?

 その金額の多さに顔を引きらせながらも彼女を見た。


「この会員証、使えますか? 」

拝見はいけんさせていただ……」


 金ぴかな会員証を受け取ろうとした受付嬢が固まった。

 業務用スマイルがそのままり付けられ動かない。

 そして少しの沈黙の後慌てたように口を開いた。


「し、失礼しました。ではお部屋をご案内します」


 そう言い鍵を持ってきて俺を部屋へと誘導した。


 絨毯じゅうたんかれたきらびやかな廊下ろうかを行き、五階の一室の前で受付嬢は止まる。俺も足を止めて彼女を見る。


「こちらになります」

「ありがとう」


 俺が彼女から鍵を受け取ると礼をしてスタスタと五階から出て行く。

 それを見送り早速鍵を開ける。

 中に入ると、ふわっと花の良い香りに包まれた。


「……すごいな」


 足を進めながら部屋の広さ、清潔さに驚きながらぽつりとつぶやいた。

 ベットが一つに部屋がちらほら。

 これ、本当にタダで使って良いのか?


「着いたー! 」

「お茶会をしましょう」

「わぁ……すごい」


 その待遇の良さに若干引いていると、後ろのリュックサックから三リス達が出て来てはしゃぐ。

 四つの足を高速回転させながらベットに机に飛びかかっていた。


「お。なんか面白そうな部屋を見つけたぜ」


 ロッソがぴょんと跳ね、そのままちゅうに浮いたかと思うとそのまま個室のようなところへ飛んで行った。

 興味のままに行くのは彼女らしいと思いながらも、荷物を降ろす。

 腰を上げそのままベットを見るとブルが早速寝ていた。


「……紅茶がないわ」

「そりゃないだろう」

「こういう所にはあるものとばかり思っていたのに」

「どれだけ期待してたんだよ」


 苦笑いを浮かべながら椅子に着く。

 ベルデを見るとその隣に何やら紙のようなものが見えた。

 気になったので彼女に少しのいてもらいそれを手に取る。


「……あった」

「何がでしょうか? 」

「紅茶」

「まぁ!!! 」


 俺が呟くとベルデが大きく声を上げた。

 彼女の方を見るといつもはキリッとさせている目を輝かせて俺を見上げている。

 紅茶を用意しなさいと目線で訴えているようだ。


「お、ワインもある」


 この紙は、地球で言う所のルームサービスのメニュー表みたいだ。紅茶の他にワインに軽食、挙句あげくてにはポーション類も書かれている。


 本当に……何でこんなところばかり充実じゅうじつしてるんだよ!!!

 いや助かるし嬉しいけれどっ!


 まぁこのスイートルームのような部屋だけだろう。こんな待遇たいぐうは。

 普通の宿に良く泊まっていたが、普通に古宿ふるやどだったし。


「ね。いいでしょ? いいでしょ? 紅茶」


 たまらなくなったのかベルデがたずねてくる。

 机の上に乗せた俺の腕をつかんで引っ張り催促さいそくしてきた。


「ま、気は引けるが頼むか。俺もワインが欲しいし」


 そう言うと「やったわ」と喜び机を周るベルデを見ながら部屋に備えている魔導通信器具を手に取る。

 紅茶とワインを頼んで少し経つとノックの音が。

 返事をするとホテル従業員のような姿の女性がそれぞれ置いて出て行った。


「さ、頂きましょう」

「? それは良いがどうやって飲むんだ? 」

「こうするのよ」


 ベルデは返事をすると机から降りた。

 なにをするんだ? と思っていると「ポン」と音を鳴る。

 隣を見ると俺くらいの身長のリスがそこにいた。


「これなら飲めるでしょう」


 彼女が俺の方を向きそう言う。

 ……人間大のリス。


「……ププ」

「なによ」

「いやだってその巨大な体でいつものベルデの声で話すんだからつい」

「良いじゃない。この大きさは結構便利なんだから」

「ならどうしていつも小さいんだ? 」

「……主様を気遣きづかってよ。巨大なリスが隣にいると何かと不便ふべんでしょ? 」

「それはありがと」


 俺がお礼を言うと彼女は早速紅茶を手にした。

 いつの間にか取り出してきた高級ナッツを綺麗に机の上に置いて、「カリカリカリ」と音を立てながら食べ、優雅ゆうがに紅茶を口に含む。


 ……シュールだな。


 そう思っていると「お風呂があるぜ! 」とロッソの声が聞こえてきた。

 なに?! 風呂だと!!!

 すぐさま席を立ちロッソがいる部屋へ足を向ける。

 扉を開けるとそこには一人分の湯舟ゆぶねがあった。


「おお……本当にあった」

「よかったな、マスター」


 ロッソが宙を浮きながら言ってくる。

 感動ものだ。

 コアルーム暮らしの時は清潔クリーン消臭オーダレス代用だいようしていたからな。

 肩までかれる風呂というのは涙が出る程に嬉しい。


「そんなに嬉しいのかよ、マスター」

「当たり前だ。日本人にとって食と風呂はアイデンティティーのようなものだからな」

「ふ~ん。まぁいいや。おれっちも入らせてもらうぜ」

「待てロッソ」

「な、なんだよ。急に掴んで! 」

「例え相手がマザーダンジョンとはいえ一番風呂だけは譲れない!!! 」

「き、気にすることかよ! てか放してくれ! 」

「いいな。一番風呂は、譲れない! 」

「わかった! わかったから! 」


 ロッソがバタつき了承りょうしょうする。

 手を離して早速風呂の準備をしようと部屋から出る。

 服を着替えようとすると魔導通信器具が鳴った。


「ハデル様に面会希望者が——」


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