雨辿結虹―いつか晴れた日に―

渡士 愉雨(わたし ゆう)

プロローグ はじまりという名の道の途中

 雨が――雨が、降っていた。

 灰色の空、灰色の世界、灰色の道の上で。


 僕は、そこに立ち尽くしていた。

 為す術もなく、立ち尽くしていた。


 どれだけ歩いてきただろうか。

 どれだけ終わりを見てきただろうか。


 綺麗なものは、たくさんあった。

 守りたいものも、たくさんあった。


 でも、今はもう雨で何も見えない。

 何が、誰が綺麗で、何を、誰を守りたいかも分からない。分からなくなってしまった。

 降り続ける雨が、全てを洗い流してしまった。


『――――見つかった?』


 何処からか、いつからか、響く声が、誰かが、女の子が問い掛ける。

 僕はそれに答えられない。

 見つかるも何も、何も見えなくなってしまったのだから。

 声の主である女の子の姿すら、今の僕には見る事が出来ない――そんな土砂降りの中に僕はいた。


『――――だから、また歩くんだね』


 そう、いつしか僕は歩き出していた。

 雨の中を、弱々しく、とぼとぼと。

 なんて情けない姿だろう。みすぼらしく、頼りない姿だ。

 でも、そうだとしても歩くしかない。

 その事にだけは迷いはなかった。


 そう言えば、傘は何処に行ったのだろう。

 お気に入りの傘を、僕はずっと持っていたはずなのに。

 どこに置き忘れてしまったのだろう。

 あれは、とても大切なもののはずだったのに。

 

 でも、どうしてだろう。

 大切な傘を無くしたはずなのに――僕は、悲しくない。


 もっと悲しい事を知ってしまったから?

 もっと大切なものを知ってしまったから?


 分からない。分からない。何もかも、分からない。


 ただ分かる事は一つ。

 僕はまだ、歩かなくちゃいけないんだ。


 何かを見つける、その為に。


 例えそのせいで、ずぶ濡れになっても。

 例えそのせいで――


『君の涙を誰も見つけてくれないのに――それでも歩き続けるんだね、憂。

 彼女達の涙を見つける為に。

 そして――――――――――――為に』


 そう、だから僕は――伏世ふくせゆうは歩く。


 歩き続けた先に……またここに戻ってくる事になったとしても。


 この雨の中にある何かを、見つける為に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る