十七話【つい出来心で…】

その日の夜、お茶を飲みながら寝る準備をしていた惣一郎が、


「魔石売れば、生活は困らなそうだな〜」


今でも十分、困ってはいないが……


「そうだな、金策まで考えなくて済むのは助かる……」


「って事は、収集屋になって売る所の確保かな」


「なるほど、流石我が主人!」


何が流石なのかは分からないが、ふたりは収集家を目指し、風呂が出来次第、次の町を目指すと決めた。







翌朝、朝食のパンを焼いていると、匂いでみんなが集まり出す。


「おはよ、今日には出来上がるぜ! 陣職人も呼んである。夕方には来ると思うから家にいろよ」


「ああ、色々と助かったよ」


「なに、美味い飯が食えるんだ安いもんさ! それにみんな、この飯食ってからか、良く働きやがる! ワシも若返ったみたいだ、ガッハハハ」


あら…… 聞かなかった事にしよう。





惣一郎は作り置きの料理を作って過ごす。


スワロも興味津々に手伝っていた。


ゾイドの話では、このゴーシュの町から転移出来るのは4箇所で、その内、収集屋があるのは北の[ルルリカ街]との事。


馬車でひと月の距離だと言うので、どうせなら、歩いて厄災を倒しながら行こうと、料理をしていた。




それにしても地下なのに、朝の様に明るい。


あの光源は、どうなっているのだろうか?


時間の経過と共に、暗くなって行くし朝には陽が登る様に明るくなって行く。


ここが地下である事も、分からなくなる程。




午後には料理を煮込みながら、惣一郎は殺虫剤の瓶詰め作業をしていた。


危険過ぎる……


そんな惣一郎の前で杖を磨くスワロ。


間が持たないのだろうか? 暇そうなスワロに、「町に行くなら……」っと言いかけてやめる。


離れられないんだった。


「そう気を使わないでくれ、私は今凄く充実した気持ちなのだから」


2年も閉じ込められていたのだ、目的が出来るだけで十分なのかも知れない……


黙々と作業をする惣一郎。


煮込みの方はスワロに任せた。





なんだかんだと準備に一日費やした惣一郎達の元に、工房のドワーフが客を連れて来た。


猿だった……


長い腕を地面に擦りながら現れた猿。


いや、猿の獣人。


「どうも、陣職人の[バイセルッツァー]です」


違う、絶対そんな名前じゃ無いはず!っと訳もわからない対抗心を燃やす惣一郎。


「どうも、依頼した惣一郎だよ、お猿さん」


「おさ? えっと…… 水を温める陣をご希望でよろしかったかな?」


「ああ、風呂に使いたいのでよろしく頼むよ、お猿さん」


「えっ? サル? ん、ゴホン! 温度の希望は?」


「42度位で、熱めに頼むよ、お猿さん」


「サルサル言うな!」


「ごめんよモンキー」


ウッキー!


「やっぱ猿だ……」


惣一郎はバナナを出して渡してみる。


「食べるコロ」


「こ、コレは…… 南国にしか生えない[ココヤシ]か……」


「いやバナナだ」


本能的に抗えないのか、サルはバナナを受け取ると器用に皮を剥き、齧り付く。


サルは泣きながら、


「死ぬまでに一度は食べてみたかったのだ…… 感謝するぞ惣一郎、ココヤシをくれて」


「いやだからバナナだ」


スワロは一体何を見せられているのか……


目の前で起こる現象に理解が及ばなかった。






惣一郎は目を奪われていた。


目の前の大きな風呂桶の底に、長い手で陣を描くサルに……


複雑な幾何学模様を、定規も使わず素早くフリーハンドで描いていく。


熟練の漫画家が、長年描いたキャラを描いても、こうはいくまい。


薄っすら光る赤いインクは何か、材料を聞くのが怖かった。


スラスラと描きづらそうな木材に、綺麗に一筆がきで描かれた魔法陣が繋がると、一瞬眩しく光り、消えて行く。


「凄い…… やるじゃないかモンキー!」


「モンキー言うな!」


「ごめんよサル」


バナナを渡す。


「いいんだよ惣一郎♡」


やはりスワロには、理解出来なかった……


ドワーフ達も唖然としていた。


「ゴホン! ま、まぁ、コレで無事完成じゃな。惣一郎水を入れてみるか?」


「ああ、俺が入れよう」


惣一郎が理喪棍をかざすと、見る見る水が桶に溜まって行く。


水が張られた桶底に陣が光だし、水を温め始める。


「問題無さそうだな!」


「「「 ……… 」」」


アレ? 


「どうした?」


「お前さん、今何した……」


何かマズったか?


「詠唱もしないで、水を出したのか?」


「いや、杖に陣は出て無かったぞ!」


「陣も詠唱も無しで……」


あらら、どうしよう……


惣一郎はみんなにバナナを渡す。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る