第七話~朝目覚めると見覚えのない美女が俺の隣で寝息を立てていた~

 第七話




 早朝。ベッドの中で目を覚ました俺は自分の身体に違和感を覚えた。


 なんだろうか。誰かに抱きしめられているような感じがする。

 現役時代は寝ている時でも『悪意』に反応して目を覚ませるようにはしていた。

 にも関わらず、こうして現役を退いて一日目でこんな失態を演じてしまうとはな。


 軽く目を開けながら俺は隣に視線を送る。


「……すぅ……すぅ」

「……誰だ、コイツは」


 長い黒髪の美しい女性だ。

 装いは隣国で好んで着られている『着物きもの』と呼ばれるものだというのがわかった。


 リーファと結婚することを決意した次の日に、別の美女としとねを共にするとは……

 大変不誠実な行為だと思ってしまうな。


 だが、寝ている俺に触れることが出来たということは、この女性には『悪意』が無い。という事になる。

 とりあえず命の危険は無いと言える。


 この状況を誰かに見られたら、社会的には死ぬとは思えるがな……


 幸いなことにここは自宅だ。


 誰かにこれを目撃されるという心配は無い。


 さて、そろそろこの美女を起こすとするか。


「なぁ、起きてくれないか?君は一体誰なんだ??」


 俺はそう言って彼女の体を優しく揺すった。

 着物の上からでもわかる豊かな膨らみが、身体の動きに合わせて蠱惑的に揺れる。


 ……まったく。朝から理性に悪いな。


 なんてことを思っていると、女性の目が開かれていく。


「……おはようございます。ベルフォード」


 綺麗な声。しかし何処か聞き覚えのある声だった。

 そして、彼女は俺の名前を言ってきた。


 まさか……


「君はもしかして……ツキなのか?」


 黒髪の女性……ツキはふわりと笑って俺に言ってきた。


「はい。そうですよ。ベルフォードが私に人の身体があれば結婚してくれると申してくれたので、このような身体で貴方の前に出て参りました」

「う、嘘だろ……」


 武器が人の身体を得るなんて話は聞いたことがないぞ……


「ふふふ。本来なら無理です。ですが、ベルフォードは私のことを十年以上も大切にしてくれました。貴方の『愛』のお陰ですね」


 ツキはそう言うと、俺の身体をギュッと抱きしめてきた。


 刀だとは微塵も思えない女性らしい柔らかさに、頭がどうにかなりそうになる。


「永遠不滅を誓った貴方とこう出来ることを幸せに思います」

「そ、その……刀としてのツキはどうなったんだ?」


 ベッドの横に立て掛けてあった刀としてのツキの姿が無い。

 まさかとは思うけど、今後ずっとこの姿なのか?


「貴方とこうして男と女の行為をしたいと思う気持ちもありますが、私はベルフォードの刀です。貴方と共に戦うのは私の望みでもありますからね。私の意志一つで元の姿に戻ることも可能です」


 ツキはそう言うと、俺の目の前で刀の姿に戻った。


「こ、こんなことがあるのか……」

『ふふふ。とても苦労しましたが、喜んで頂けましたか?』


 刀としてのツキの声は、俺の頭の中に響くのか。

 と言うか、どうしたら良いのだろうか……


 こんな事になるなんて夢にも思っていなかったから、どうしたら良いか分からない……


 ただ、俺も男だからな。

 美しい女性に抱きしめられて嬉しくないはずが無い。


 それが十年以上も死線を共にくぐり抜けてきた相棒なら尚更だ。

 ツキのことはリーファと同じくらいに大切に思っているからな。


「こういう形でツキと一緒に過ごせるのには驚いたよ。そうだな。俺としてもとても嬉しいと思ってる」

『ありがとうございます。ベルフォード』


 ツキはそう言うと、再び人としての姿に戻った。


「それでは、朝食を作って来ますね」

「そ、そんな事まで出来るのか……」


 俺が少しだけ驚きながら聞くと、ツキは笑いながら答える。


「ふふふ。私はベルフォードの『妻』ですからね。家事は全て出来ますよ」


 い、いつの間にか結婚してる事になってる……


 確かに彼女とは『永遠不滅エンゲージ』を交わした。

 この状態でリーファとも結婚したら『二股』になってしまうのだろうか……


 い、一応ガルム王国では重婚を認めてはいる。

 隣国では一夫一妻制だけどな。


「ツキの手料理を楽しみにしてるよ」

「ふふふ。ありがとうございます」


 彼女はそう言うと部屋を後にした。


「さ、さぁ……困ったぞ。どうするか……」


 ツキが居なくなった部屋で、俺は軽く頭を抱えた。


 結婚相手を探そうと思ったら二人の女性からアプローチを受けるとか。どうしたら良いんだよ……


 とりあえず。俺にとってはリーファもツキも甲乙がつけられないレベルで大切な存在だ。


 どちらかを手放すなんてのは考えたくない。


「と、とりあえず。誠実に話をしてみよう」


 そう結論をつけた俺は、まずは顔を洗いに洗面所へと足を運んだ。

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