第二話 ~冒険者を引退する話は王様の耳にまで入っていたことを知った~

 第二話





「あぁ……良く寝たな」


 早朝。自宅のベッドで目を覚ました俺はベッドから立ち上がって身体を伸ばした。


『荒くれ者どもの酒場』で冒険者を引退する。とパーティメンバーに話をした。

 まぁ、そのあとひと騒動あったが一晩も経てば落ち着いただろ。


 そんなことを思いながら、俺は洗面所へと向かって顔を洗う。

 冷えた水で顔を洗うと、僅かに残っていた昨日の酒と眠気が吹き飛んで行った。


 そして、この後は冒険者ギルドに向かうので自室に戻った俺は普段は着ない『一張羅』に身を包む。


 これは王城で行われるSランク任命式の際に購入した逸品で、リーファに見立ててもらったものだ。


 今回はクエストの受注では無く、引退の署名をするのだから防具を身につける必要は無い。

 ただ、愛刀の『月光げっこう』は帯刀していく。


『彼女』の機嫌を損ねることはしたくないからな。


「さて、そろそろ行くかな」


 身だしなみを整えた俺は、玄関へと向かい革靴を履いたあと扉を開けて外に出る。


「良し。今日も快晴だな。俺の門出を祝してるみたいだな」


 そう呟いた俺は扉に鍵をかけたあと、冒険者ギルドへと足を運んだ。




『冒険者ギルド』




 ガラン。とギルドの扉を開けて俺は中に入る。


 二十年間通いつめたギルドとも今日でお別れか。

 そう考えると少しだけ寂しさを覚えるな。


 そう思っていると、先に中にいたエリックとリーファがこちらを向いていた。


「来ましたね師匠。お待ちしてました」

「待たせて悪かったな、エリック」

「いえ、気にしないでください。師匠を待たせたくなかっただけですから」


「ねぇ、ベル。冒険者を引退するって気持ちは一晩経っても変わらないのかしら?」

「悪いな、リーファ。俺の気持ちは変わらないよ。それにこれに関しては一朝一夕のものでは無いからな」

「はぁ……そうなのね。私としては少しくらい相談して欲しかったわ」


 ため息混じりにそう言うリーファ。

 それに関しては本当に申し訳ないと思ってる。


「相談をしなかったのは悪かった。でも、リーファなら絶対に止めると思ったし、その言葉に甘えてしまうと思ったんだよ」

「はいはい。わかったわよ。そうして貴方が悩んで出した答えが『故郷に帰って婚活』だってのには驚いたわ」

「ははは……」


 故郷に帰って婚活ってのはあながち間違いでは無いけど、そう言われると何だか情けない理由だな。


 そして、俺はギルドのカウンターへと足を運ぶ。


『こんにちは、ベルフォードさん。今日は冒険者引退の書類をご用意してあります』

「ありがとう、リルムさん」


 受付嬢のリルムさん。王都に来て五年目になるのかな。

 最初の頃は緊張からミスも多かったけど、今では落ち着いていて、アクシデントにもしっかりと対応出来る。冒険者からの信頼も厚い。


『こちらが退職金と冒険者年金になります。Sランクのベルフォードさんはこちらの金額が王国の銀行に毎月振り込まれます。あと、退職金は金額が大きいので小切手になりますが宜しいですか?』

「構わないよ」


 冒険者年金は王都の銀行に振り込まれる関係上、毎月王都には来る必要があるな。


 ははは。引退したとは言っても顔馴染みと離れ離れになるってことは無さそうだ。


『ありがとうございます。それではこちらの書類にサインを……』

「ちょっとお待ちになりなさい!!!!!!」


 ガラン!!!!


 と冒険者ギルドの扉が開くと、女性の声が部屋に響き渡る。


「……はぁ、あの人にまで話が行ってたなんてね」

「僕が王様に話をしていた。師匠を止められる可能性が少しでも上がれば……と思ってね」


「……スフィア王女様。どうされましたか?そもそも、お供も付けずに出歩くのは危険ですよ?」


 この国。ガルム王国の王女。スフィア様。

 多少……お転婆な所のある女性で、こうして王城を抜け出して城下町を練り歩くことは少なくない方だ。


 彼女が十代の頃には良くお供として、散策に付き添っていた事もある。

 もう二十を超えたんだから少しは落ち着きを持って欲しいものだと思ってしまうな。


「王女のお供は私がやってるよおっさん」

「……シルビアか」


 彼女の横にはシルビアが付いていた。

 まぁ、彼女が居るなら安心だな。


 俺がそう思っていると、スフィア王女は俺に向かって言葉を放つ。


「ベルフォードさん!!お父様から聞きましたよ!!冒険者を引退されると言うのは本当ですか!!??」

「…………」


 俺の引退話は王様の耳にまで入ってるのか……

 はぁ……きっと話したのはエリックだな。


 昨日は納得してたけど、やっぱり本音では引き止めたいんだな。

 まぁ、仮にもSランクパーティの一員だったんだからな。

 王族の方にも話はするべきだな。


「そうですね。スフィア王女。恥ずかしながらこのベルフォード、Sランクパーティに相応しい実力では無いと判断しました。ですので、生き恥を晒す前に引退を決意した次第です」

「引退は百歩譲って認めましょう!!ですが、私には納得いかないことがあります!!」

「引退は認めてくださるんですね……」


 だとするならば、一体なんだと言うのだろうか……


 そんな俺に対して、スフィア王女は持っていた花柄の扇子を突きつけて言ってきた。


「故郷に帰って婚活とはどう言う意味ですか!!??」

「……言葉の通りですが」


 その……婚活、婚活言わないで欲しいな……

 なんて言うか女に飢えてるみたいで恥ずかしい……


「そ、それでしたら……」

「……どうかされましたか、スフィア王女?」


 急に顔を赤くして声を小さくするスフィア王女様。

 一体どうしたのかと思っていると、とんでもないことを言ってきた。


「わ、私と結婚する権利を!!」

「ダメですよ!!スフィア王女!!」


 突然声を上げた王女を、リーファが大声で止めた。


 い、今……結婚とか言わなかったか!?


「べ、ベル!!こっちは何とかするから貴方はサインをしなさい!!」

「あ、ありがとう……」



 俺の言葉を背に受けながら、スフィア王女を引き連れてリーファはギルドの外へと出て行った。


「そ、それじゃあリルムさん。書類を貰えるかな?」

『はい。こちらです』


 羽根ペンを使い、俺は書類にサインをしていく。


『ベルフォードさん』

「何だい、リルムさん?」


 羽根ペンを走らせながら返事をすると、彼女は少しだけ恥ずかしそうに話を進める。


『実は私も婚活をしてるんですよ』

「ははは。そうか、リルムさんは真面目だし、見た目も可愛いからね。君なら直ぐに相手が見つかるよ!!」


 こんな所にも婚活仲間が居たとはな。

 リルムさんは冒険者の中でも人気のある女性だ。

 彼女なら直ぐにでも相手が見つかるだろうな。


 そう思いながら返事をすると、彼女は少しだけ寂しそうに俺に言葉を返してきた。


『あはは……やっぱり私みたいな小娘にはチャンスは無いですね……』

「リルムさん?」


 一体どう言う意味だろうか?

 最近、女性の発言の意図が分からないことが増えてきた……

 こんなんで婚活が上手く行くのかな……


 冒険者になって二十年。今までは彼女も居なかったからな。

 女心が全くわからないって言う欠点が最近は如実に出てきたな……


『はい。ありがとうございます。必要書類のサインの確認が出来ました』

「こちらこそありがとう、リルムさん」


『それではこちらが退職金の小切手になります』

「確かに受け取りました」


 一億 G《ガルム》と書かれた小切手を俺は彼女から受け取る。

 一般男性の年収が五百万Gなのでかなりの大金だ。


 ちなみに冒険者年金は月に百万Gが振り込まれる予定だ。


『それではベルフォードさん。冒険者家業お疲れ様でした』

「こちらこそ二十年間お世話になりました」


 お辞儀をするリルムさんに、俺もお辞儀を返した。




 こうして、二十年間に及ぶ俺の冒険者の歴史は幕を閉じた。


 もう、ここに来ることは無いだろうな。

 ははは……少しは寂しいかなあ……


 そう思っていたんだけど、何回も来ることになるとはこの時の俺はまだ知る由もなかった。

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