遭遇


セリシアは仲間の先頭に立って森の中を進んでいく。

エルフは森人と言われていても、ケスリアの住民の多くが普段は都市生活だ。だから休暇に都市近くの小さな森の中でバーベキューをしたり、昼寝や読書をするとき以外では、森の中に入ることは稀だ。今セリシアたちがいるような、苔と原生林が生い茂る、小さな獣道の跡がかすかに残るだけの深い森の中は特に――。


「班長」


先頭を進むセリシアの後ろで、ケラルトの彼女を呼ぶ声が聞こえた。


「…どうしたの」

「最近やたらと森の深くまで行くようになったが、なにかあったのか?」

「あ、俺も思ってました。巡回ルートも毎日変わるようになったし…」

「でもその割には南側の探索が多い…なあセリシア、お前なんか俺達に隠してることでもあるのか?…例えば…上司からの秘密の命令があるとか…」


副班長の言葉を最後に、森の中を進んでいく第一課の面々に沈黙が流れる。地面に落ちた木の葉や枝を踏む音だけが異様に大きく響いていた。


セリシアは不意に足を止めると、後ろにいる仲間たちの方を振り向いた。そして腰の小道具入れから取り出した、指令書を改めて仲間たちの前に突き出す。


「私はただ、上から与えられた指令書の巡回ルートに従ってるだけだよ。みんなもこの指令内容を奇妙に感じているだろうけど――」

「……待って…」

「――残念ながら、上の連中がなにを考えているのか…それは私が一番理解できていないよ」


セリシアはそういうと指令書をまた腰のポーチに仕舞おうとした。だか彼女は直ぐに仲間たちの異変に気がついて、みんなの方に首を向ける。


「………お前ら…待つんだ」

「……わかってるよ…」

「…なん…なんですか…あれ…」

「…はぁ゙っ!??………ぅ…ぁ……りえない…」


セリシアの手間に立つ仲間たち全員が、彼女ではなく、彼女の後ろに視線に向けていた。仲間たちはまるで信じられないモノを見ているかのように、顔をこわばらせ、瞳孔を小さく震わせていた。


彼女の前に立つ仲間たちの呼吸が徐々に浅くなっていく。彼らは自分の後ろにある何かを一点に見つめながら、当たれば鉄兜でさえ貫通させれるライフル銃を、御守りのようにのように握りしめていた。


「え……みんな?なに…どうしたの…?」

「振り向くなっ…!セリシアッ…!」


彼女が微かに体を横にずらそうとすると、直ぐにケラルトが彼女を呼び止めた。


「班長…とにかく今は俺の言う事を信じてくれ……アンタは後ろを振り向かず、じっとしててくれ」

「え……そ……ぁ…分かったよ………」


いつもと違う副班長の表情に、セリシアは今の自分たちが異常な状況に巻き込まれていることを察したのか、素直に彼の言葉にうなずき、彼の言葉通り、微動だにせずに仲間たちの方を向き続けた。


「ニーナっ!」

「……ぁ…はぃ…」


ケラルトに名前を呼ばれたニーナは、自分の後ろを見つめる仲間たちの中でも、異様に顔を青ざめて震えていた。


「奴のステータスは……なんだ…?」


ニーナは決して戦闘能力が高いわけではない。もちろん一般の国境警備隊員の中では強者の方だが、それでも対魔物特別捜査部の中では一番低いランク帯に所属している。そんな彼女が捜査部の中でも、生粋の戦士たちを集めた第一課に配属されているのは、偏に彼女がこの都市まち唯一の”鑑定”スキル持ちだからだ。


ケラルトの問いに対し、彼女は小さく口を開いて、喉を震わしながらやっとの思いで眼にした光景を仲間に伝えた。


「………筋力……1760…耐久…1479…魔力…799…」


彼女の口から洩れた言葉に、彼女を囲む全員の呼吸が一瞬だけ止まった。嘘だと今すぐにでも叫びたかった。ふざけたことを言う彼女の襟元を掴んで――でも、彼女の青ざめて、今にでも地面に倒れそうな震える膝と、自分の眼の前を覆い尽くす巨大な”魔力雲”を見た時、彼女が口にした眼の前の”存在”のステータスを疑う事は出来なかった。


近年、本土の生物学会で発表された論文で、蛇には通常の視覚以外にも、鼻付近に熱を探知できる器官が存在することが判明されたらしい。そしてエルフも蛇と同じように、通常の色覚情報以外にも、周囲の魔力が放つ虚弱な電磁波を受容できる細胞組織が網膜に存在する。


そして彼女の手前に居る四人のエルフの網膜には、これまで一度も見たことのない、視界全体を覆い尽くしてしまう程の膨大な魔力が映っていた。


仲間たちは、自身の呼吸音が聞こえなくなくなったなか、鼓膜の奥底で張り裂けるように鼓動する、自身の心臓に気が付いた。この場に居る全ての人間が一斉に言葉を忘れ、体が一寸たりとも動かなくなってから数秒後――目を見開きながらセリシアの後方を凝視していた副班長が、乾燥して固まっていた口元をやっとのこと開いた。


「………なんだよ…それ…」

「ケラルトさん…どうするんだ」


その声に反応するように、クリナムが副班長に話しかける。だが今の彼に、クリナムの問いに対する的確な答えは導き出せなかった。


「どうするって……銃で勝てるわけがない…」

「でも奴は木の上で隠れてるつもりだ…」

「…逃げないんですかっ……!」

「駄目だ…逃げたら自分の存在が俺達に気づかれていることを知られてしまう…そうなったら口封じのために襲ってくるかもしれん」


この状況下でも、セリシアは仲間たちの会話を聞きながら、なにも分からないなりに、現在の状況を把握しようとしていた。仲間たちの言葉をすべて信じるなら、今自分の真後ろにはなにか、とんでもない化け物が身を潜めている。ニーナが口にしたステータスの数値から考えても、勝つとか負けるとかいう次元の話しではない。少なくとも遭遇してしまった時点で、生きて帰れるような相手ではない。そして彼女には、その相手の詳細に対して、一つだけ心当たりがあった。


「じゃあ…結局どうするんですか…」

「このまま知らないフリをして…奴の真下を通り抜ける」

「それこそ奇襲されるかもしれませんよ」

「だったら逃げるだけだ…逃げれなくてもどの道…今後ろに下がっても、攻撃しても…逃げきれるわけがないのは同じだ……」


「ねぇ…みんな――」


「セリシア、いいか…これから目にするものを見てもなにも驚くな、声を上げるな。俺たちは今、たまたまこの場で足を止めて談笑していただけだ。笑いながらゆっくりと後ろを振り返って、ただ黙って前を歩き続けろ…分かったな?」


彼女が何かケラルトに声を掛けようとしたことろで、彼の指示が彼女の口を塞いだ。どの道、振り向けばすぐに分かる事だ。彼女は小さく頷くと、出来るだけ不自然にならない様に努力しながら、ギコチナイ笑みを浮かべた。


「あっあぁ……あ…ははは――」


そして彼女が後ろを振り向こうとした瞬間だった――自身の上から木の葉が揺れる音が聞こえた瞬間、上からなにか重たい物が落ちるような揺れと衝撃音が自分の後ろで鳴り響いた。


「あっ⁉待って!!」


そして彼女が振り向きざまにその音のありかを認識した瞬間――仲間たちが自分の手前に向かって一斉に発砲した。後ろから鳴り響いた四つの銃声と共に、その銃口たちから噴き出した硝煙が自分の真横を通り過ぎていく。


そしてすぐに勢いを失って周囲に蔓延した白い煙の中で、ケラルトが彼女の肩を掴んで後ろに引っ張った。


「おい!すぐに逃げるぞ!!」


だが彼女はその場から離れようとしなかった。煙の先に居るその存在の姿を確認したからだ。彼女はすぐに覚悟を決めると、腰のポーチから一枚の紙きれと小さな本を取り出した。


「kumaro!marumi toruki dexia!」

「おい…急に何言って――」


セリシアは腰から出した紙きれを睨みつけながら、理解できない謎の言葉を叫び始めた。すぐに逃げようとした他の仲間たちも、彼女の突然の行動に困惑して足を止めてしまっている。


「kumaro!marumi toruki dexia!」


彼女がまた先程と同じ言葉を喋った時だった――。


「ma?…kumaro…dio……?」


煙の向こう居るその存在から反応があった。煙の向こうにいる存在は、至近距離から銃で撃たれたのにもかかわらず死んでいなかった。さらに生きているのに反撃する素振りもない。なにより、セリシアが話しかけた謎の言葉に困惑しているようだった。


煙が段々と薄くなっていき、その存在のフォルムがはっきりと見えてくる。その存在が姿を現すまで、セリシアは仲間の静止も無視して、その場に立ち止まり待ち続けた。

「…rokuxia…goburinark torugua⁉⁉」


すると、その存在は彼女の言葉に反応して、なにか叫びながら煙の中からセリシアの前に飛び出してきた――彼女の前に姿を現したのは一匹のゴブリンであった――彼女を取り囲んでいた仲間たちが一斉にピストルを引き抜いて、ゴブリンの眉間に標準を合わせる。


「待って!お願い!撃たないで!!」


だがセリシアはすぐにゴブリンと味方の間に立つと、両者に腕を伸ばして自制するように声を上げた。だが仲間たちは彼女の言動に理解できないのか、困惑したような表情が彼女に向けられる。


「………は?……セリシア…どういう…」

「いいから撃つな!!全員武器を下せ!!」


だが彼女の気迫に満ちた声に押され、全員が次第に、ゆっくりとピストルを地面に下す。それでもいつでも撃てるように、銃の引き金には彼らの指がかけられていた。


「それでいいから全員……私から少し離れて……なにか向こうに変な動きがあったら、攻撃しないで迷わず逃げて。それで一人でもいいから生き残って…この存在を本部に伝えて……いいね?」


仲間たちが小さく頷いたのを確認した彼女は、目の前で直立不動を崩さないゴブリンを見つめながら、味方が居る後ろの方に片手を突き出しながら、少しずつゴブリンから距離を取り始めた。


仲間たちも後ろに下がり始めた彼女に合わせて、彼女から距離を取るように下がっていく。この間にも、ゴブリンは此方の方を観察しているようであったが、ゆっくりと地面に座ったのち、特に動きはなかった。


ゴブリンから人の背丈の二人分ほどの距離を取ったセリシアは、地面に膝をつけると、また紙切れを見つめながらゴブリンに話しかけた。


「marumi goburinark fona dexia…marumi…goburinark sitori roi momu tatamu 」

「momu?…goburin momu dexia」


やはり彼女がなにを話しているのか、仲間たちには理解できなかった。だがどうやらゴブリンと意思を疎通できているように見える。彼女はいつからゴブリン語を話せるようになったのだろうか…仲間たちはセリシアの背中を見つめながら、この状況がどう転ぶのかを、ただ黙って眺める事しかできないでいた。


「tomu aruk」

「うぇ?はい?…え…あ……これ見たいの?」


ちなみにセリシアはゴブリン語を全く理解できていない。彼女が話せるのは、エルフの文字で紙に書かれたゴブリン語だけだ。一応、一緒に取り出した本には3000個以上のゴブリン語がエルフ文字で収録されているが、彼女はそれを全く中身を覚えられていない。


「tomu aruk…!」


ゴブリンは先程と同じ言葉を吐きながら手招きのような動きを見せた。彼女は恐る恐るゴブリンの方へ近づいて行く。それを警戒した仲間たちから声が飛んできた。


「おい!セリシア!」

「危険ですよ!!」

「大丈夫…だよ……でも死んだら…ごめん」


だがセリシアは仲間たちの忠告を無視して、ゴブリンの前にまで近づくと、手に持っていた紙切れを握る右手をそっと前に突き出した。緊張しているのか、荒ぶる鼓動に合わせて紙を握る右手がブルブルと震えていた。


ゴブリンは紙を受取ろうとして彼女の震える手に気が付いたのか、彼女の手をそっと握ると、彼女に言い聞かせるように深呼吸をし始めた。


「……え?…」


困惑しながら体が固まってしまった彼女の顔を、ゴブリンはじっと見つめたのち、目を閉じてまた息を深く吸い、そしてゆっくりと浅く吐いていく。それが何往復か過ぎた後、彼女の鼓動は彼の呼吸に合わせてゆっくりと落ち着いていった。


「あ…ありがと……ぁ…erusyi…」


セリシアの右手の震えが収まったのを確認したゴブリンは、彼女の言葉に小さく頷くと、彼女の右手から紙をそっと受け取った。だがその紙切れの内容を確認したゴブリンは一瞬だけ首をかしげると、すぐに興味を失ったのか手紙を彼女に返した。


「エルフの文字で書かれてるからね…君には分からないよ」


紙切れを受け取ったセリシアは、苦笑いを浮かべながら少し後ろに下がった。腰を下ろして互いに見つめる二人の距離は、先程から人一人分にまで縮まっていた。


「odou nimarda zyui kuri」

「へえ?あぁ…えーとね、私はその…marumi――」


するとゴブリンが何かを喋った。だが咄嗟に聞こえた流暢なゴブリン語に、セリシアは戸惑いながら紙に書かれたゴブリン語を口にしようとする。だがそんな彼女を無視して、ゴブリンは背中に背負っていた袋からなにかを取り出した。


「…え?これって魔法石⁉⁉」


自分の目の前に置かれた巨大な水晶石は、エルフや人間たちから魔法石と呼ばれる物であった。水晶の大きさは目の前にいるゴブリンの頭と同じほど。加工された形跡はない、天然物の巨大水晶だ。採掘される魔法石の大きさの殆どが小指サイズほどでしかない。それでも小さな魔法石一つで、街灯を一月も稼働できる。だから魔法石はエルフも人間も喉から手が出るほど欲している資源の一つだ。


この魔法石をめぐってこれまで無数の戦争が繰り広げられてきた。70年前に人間たちが、新教側と旧教側の二手に別れて争った”30年戦争”も、実態は各陣営の盟主であるパルニア帝国とグリース王国による魔法石を巡る争いだったと言われているほどだ。


ここまで各国が魔法石に執着するのも、先程述べた通り、小指一つ分の大きさでも街灯を一か月間照らすことができる燃費の良さだけでなく、これら魔石を燃料にして利用する魔道具の汎用性の高さだ。


長らく停滞していた魔道具の技術が発展するにつれて、都市部は昼夜問わず商売が出来るようになり、水や風を動かすことで、風車や水車を24時間一年中も動かせるようになった。さらに風を自由に操れるようになったことで、帆船の移動速度も従来の二倍以上に早くなったのだ。


このような経済と物流の革命を可能にしたのが魔法石という資源だ。魔法石が埋まっている場所を見つけた場合は、西方大陸各国が結んだカルマル協定に基づいて、埋蔵地の発見者が所有・採掘・販売に関わる全ての権利を独占するか、もしくは発見者と土地の所有者の折半になる――もっともその人物が殺されたりしないかぎりの話しだが。魔法石はその需要と価値から、埋蔵量が100デリークラスの小さな鉱床であったとしても、見つけた者の子孫は十代に渡って遊んで暮らせると言われているほどだ。


だから魔法石の鉱床は”天使と死神からの紹介状”ともいわれている。それだけ莫大な利益と共に、危険を孕んだ代物なわけだ。だから大体の発見者と土地の所有者たちは、自分たちの権利を国や都市の議会に認めてもらう代わりに、その権利を彼らに売却するのが殆どだ。


そうせずに全ての権利を我が物にしようとした発見者の多くは、三日以内に近くの川辺で死体となって発見される。


そしてこのゴブリンが巨大な魔法石を取り出したと言うことは、ゴブリンが住む地域に魔法石の鉱床が存在しているはずだ。でもなぜこれを自分の前に見せたのか、セリシアには理解が出来なかった。


セリシアが目の前に出された魔法石に戸惑っていると、今度はゴブリンが三枚の紙きれを彼女に渡してきた。ゴブリンが紙を握る手の隙間からは、何かが書かれているのが分かる。ゴブリンが紙になにかを書いて、それを渡してくるなんて話は聞いたことがなかった。そもそもエルフたちが暮らす北方大陸ではゴブリンは絶滅しているのだが――モンスター図鑑の説明や、訓練所の教授から聞いたこともなかった。


だがこのままでは話が進まないと悟った彼女は、恐る恐るゴブリンから紙を受け取る。すると、三枚の紙にはなにか絵が描かれていた。


一枚目には王冠を被ったエルフと、ゴブリンが手をつないでいる絵が描かれている。そして二枚目には魔法石らしき石と――。


「これは……なんだ?」


恐らくは耳と陰茎を失ったゴブリン?が描かれた不気味な絵があった。そして三枚目には銃と…これはエルフの女性の絵か?


セリシアが三枚の絵を見つめていると、ゴブリンがそのうちの一枚を彼女の手から引き抜いた。そしてその紙に書かれた魔石とゴブリンの絵を彼女の方に見せつけたあと、その紙と彼女が持つ”銃とエルフの女性”が描かれた紙と交換した。


「え?………ねぇ…それって…」


セリシアがゴブリンの行動の意図を察した時だった――ゴブリンがまた喋り出した。


「tia erufu sarumar dionart」


案の定、彼女はゴブリンの言葉を聞き取ることはできなかった。


「え?なっなんて?あ…mia teark rorio derms…」


彼女が紙に書かれた言葉を言うと、ゴブリンは少しめんどくさそうに、ゆっくりと、そしてはっきり口を動かしながら同じ言葉を口にした。


「tia…erufu…sarumar…dionart」

「えっと…tia…erufu…sarumar…dionart……」


彼女はゴブリンが口にした言葉を復唱しながら、ゴブリン単語が記された本を開けた。言葉の最初の発音に該当する文字の一覧を眺めながら、ゴブリンが口にした単語の意味を一つずつ解読していく。


「私はエルフと…なに?望んでる?…tia…erufu……dionart?」

「sarumar!」


ゴブリンが少し大きな声で単語を叫んだ。いきなり叫ばれたことでセリシアの肩がビクッと震える。彼女のすぐ後ろでは、引き金に指を当てる音が聞こえた。彼女は焦るように本のページをめくっていく。


「えっと、えっとsarumar?あー、えっとsarumarは確か…57ページの……sarumar、saruma、saru…sa…sa…sa……sarumarは…え………友…達?友好?…え?友好なの?ゆう…こう…え⁉友好⁉友好!友好⁉え⁉sarumar⁉sarumar⁉goburin erufu sarumar⁉」


ゴブリンが口にした言葉の意味を理解した時、セリシアはその意味に驚きと、嬉しさと、安心感で胸が一杯になった。ゴブリンに嘘でないかを確認するため、彼女はゴブリンの目の前まで詰め寄って、なんども”sarumar”と質問した。


ゴブリンは、セリシアが急に顔を寄せてきたため、一瞬驚いたように顔を引いたが、自分の伝えたい事を彼女が理解してくれたと分かったからか、満面の笑みを浮かびながら、首を大きく頷いた。


「goburin…erufu…sarumar」


彼が再び口にした言葉に、セリシアは眼を輝かせた。エルフとゴブリンの友好――今の自分は、二万年の時を綴ったスルージャ王国の歴史に名を遺すかもしれない、そんな偉業を達成したかもしれないのだ。


「goburin erufu sarumar!」

「tadi goburin erufu sarumar」


彼女が嬉しそうに自分の言葉に呼応すると、彼はまた嬉しそうに頷いて、彼も同じ言葉を口にした。そして彼女の言葉に呼応しながら、絵の描かれた二枚の紙を、彼女の手と自分の手からなんども交換していく。


セリシアも笑顔に釣られて、口角を上げながもう一度その言葉を口にした。


「goburin erufu sarumar!!」


そして二人がお互いに気が済むまで声を掛け合ったあと、ゴブリンは満足したような表情を浮かべ、なんとセリシアの前に右手を差し出してきた。ゴブリンに握手の文化があることをセリシアは知らなかったが、その新たな発見と、このゴブリンがエルフと友好を望んでいるという確信を持てたことに、セリシアも嬉しそうに笑いながら右手を差し出して、彼の手を握りしめた。


握られたゴブリンとエルフの右手が何度も縦に揺れていく。


かくして、二人が出会ったエルフ歴29782年は――人類並びにエルフ各国の公文書にて、ゴブリン王国のなる存在が初めて確認された年として、後世のエルフの歴史教科書に記されることとなった。



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