遠征

「ああ良かった。まだ居たかダリア」


「陛下、どうされた」


洞窟から出た俺は、狩りに出かけようとしていたダリアに声をかけた。奴隷一号を除いて、ダリアはこの里で一番の年長者だ。俺は狩りに行く前にモンスターについて聞いておきたかった。


「これからレベル上げの為にさ、モンスター狩ろうと思ってんだ。でもここら辺じゃ大猪か毒兎しかいねえだろ?ほかに強そうなやつら知ってる?」


俺が質問すると、ダリア少し訝し気な表情を浮かべた。


「レベルを上げるためにモンスターを狩るのですか…?日々の糧にするわけでなく…」


ん?あれ?まさかソッチ系なのかダリアって。最近ブームのSDGsみたいな感じ?


「いや、日々の糧にもするぞ?最近人口増えてるし、食いもんは多ければ多いほどいいだろ?」


俺がそうはぐらかした。だがダリアはそれでも納得してないようだ。やっぱゴブリンの性格だと将来よりも今を優先するのか?たしか狩猟民族のアイヌ人も、日々の食い扶持以上の魚を獲っていく日本人を理解できなかったみたいだし。狩猟と採取でその日暮らしを進めるゴブリンに、将来の為に鍛錬を積むという発想はないのか。


「ですがレベルは簡単に上がりませんよ。高レベルのモンスターを殺せば話は別ですが…それでもレベルを上げるなら必要以上の命を奪うことになります。人間を殺すならともかく…まぁ陛下は私には理解できないことを沢山おこなって、里を豊かにしてくれましたから…陛下のお好きにすればいいかと…」


「おぉ…あれだね、全然納得してないな」


俺が不意を突かれたように息を漏らすと、ダリアは慌てたように頭を下げた。


「いっいえ!申しわけありません!!出過ぎた真似をお許しください」


「ああいや別に気にしてない。まぁダリアの言いたい事も分かるけどな。たださ、生きるために必要な分って言ったけど、俺はこれから人間たちとの本格的な衝突も想定してる」


俺がそう言うと、ダリアは頭を上げて興味を持ったように質問して来た。


「人間との…ですか?ここは人間の住処とはかなり距離がありますが…」


「でもここまで冒険者は来たんだろ?少数とはいえ危険なモンスターがいる里の外を突破してこれているんだ。時間が経てばもっと入り込んでくるぞ。俺はそうなる前に人間の拠点を叩くべきだと思ってる。今はまだ信頼できるお前にしか伝えてないけどな」


「そんな…このダリアをそこまで…」


ゴブリンは頭が弱いから、それっぽいこと言ってヨイショすればすぐに機嫌が直る。ダリアも畏れながらも嬉しそうに頭を下げた。


「それでだ、人間は俺たちよりも強い。俺たちが人間との戦いで生き残るにはレベルを上げて強くなるしかない。てことはレベルを上げるためにモンスターを殺すのも、それはまた生きるために必要な糧だろ?それに俺たちが普段食べる猪やウサギは狙わない。だからモンスターをぶっ殺しても食いもんは減らねぇよ。むしろ俺たち以外の天敵が減れば、猪も兎も数を増やす」


「それは…確かに」


どうやら納得してくれたようだ。


「それでさ、知ってるだけでいいから、どんなモンスターが居んのか教えてくれよ」


なるほど、なるほど、カクカク云々ね。

へえそんな生き物いるんだ。キッモ。

分かった、ありがとねぇ。


モンスターについて話を聞いた俺は、ダリアに感謝を伝えると手を振って狩りに出かけるゴブリンたちを見送っていく。


「さてと、じゃあ俺も行きますか」


俺は里を出て、モンスターが跋扈する西の方へと歩みを進めた。


里から出て木の枝を伝いながら西へ進むこと数時間。俺は西の里にたどり着いた。木の上から里を見下ろすと、里の西には小さな川が流れていた。


「立地最高やん」


これはいい里だ。規模もかなり大きい。川で魚がたくさん取れるなら、人口が増えていったら此方にもゴブリンを移すのもありだ。門の手前で木から飛び降りた俺は、門の前に立っていた門番に話しかけた。


「ういーす、どうも、悪いゴブリンです。この里ぶっ殺しに来ました」


「……は?なに言ってんだ…お前どこから来た」


うん、いきなりぶっ殺すとか言われてもそうなるわな。でもこれで一応宣戦布告?はしたからな。卑怯とは言ってくれるなよ?


俺は地面を蹴って一瞬で門番の首を掴んだ。勢い余って喉を潰さずにすんだ。次第に力の扱いにも慣れてきたな。


「…っ!?!?がっ!?」


門番は一瞬何が起きたのか理解できなかったようだ。だが遅れでやってきた喉の痛みに自分が捕まったことを理解したようだ。


「…融合」


そして自分の死期も。

恐怖に包まれていたゴブリンの顔は光の泡となって俺の手の内に消えていった。


まずは一体目。


全身が熱くなる。だがまだ足りない。コイツのレベルはおそらく1だ。吸収される熱量の多さでレベルも分かってきた。


西の里のボスのことは、まだ生まれて三ヶ月の俺でも知っている。川の向こう側は凶悪なモンスターがたくさんいると言われている。


この里のボスはそんなモンスターたちを退けて、モンスターたちが使っていたこの川に里を建てたと言われている。


この里のボスはいぜん、ゴブリンがまだ人間の生息地に近い場所に住んでいた頃からの生存者だと言われている。つまり人間からの迫害を生き延びた、この周辺のゴブリンの中では本物の強者だ。


噂ではマリクリも若い頃はこのボスの部下であったと聞いたが、本当かは分からない。


「おお、随分と居るな」


里の中に入ると、俺は武器を持ったゴブリンに囲まれていた。俺は門をくぐって近くで捕まえたゴブリンヲ引きずっていく。


「っ…ぐ…はな…せっ!」


「融合」


首を割づかみにしていたゴブリンが光となって消えていく。その光景を見て、周囲のゴブリンたちも狼狽し始めた。


「こいつ!スキル使いだ!」

「囲って殺せ!」

「今だ!」


敵は全部で20体…今のところは。

俺を囲っていたゴブリンが一斉に武器を持って襲いかかってきた。ある者は木を削った雑多な槍を手にし、ある者はナイフを、ある者は鎌を、ある者は剣を持って俺に飛びかかる、


俺はそこから動かず、ボクシング選手のように両腕を前に出してガードポーズをした。


何十ものゴブリンたちの武器が俺の全身に襲いかかる――俺は賭けに勝った。


「なっ!?」

「うえぇ??!」

「嘘だろ!」


さっき融合した二体を含めて、俺はこれまでに26体分のゴブリンと融合している。中にはレベル8や5などの個体もいたため、今の俺は最低でも元からの30倍近い身体能力を得ているはずだ。


レベル1のゴブリン30体分の能力を一度に使える訳だ。だから強力なモンスターと戦う前に、今の身体能力でどこまで敵の攻撃に耐えれるか知りたかった。


先程まで柔らかかった俺の肉体は、外からの衝撃が伝わった瞬間、そこの部位が急速に硬化していくのが分かった。強い弾性を帯びた俺の肉体には、先のとがった槍が刺さろうと、指で優しく押されたように小さくへこむだけだった。鋭利なナイフも、剣の斬撃もまるで指でなぞられたように、くすぐったいだけ。


「貧弱!貧弱ぅ!!」


俺は笑いながら武器を押しのけると、目の前にいる二体のゴブリンの首をつかんでスキルを発動した。これで3体目。


ううん、レベル2と3かぁ。これは旨い。


最初融合したときは苦しい程に熱かったが、今ではこのゴブリンのエネルギーと一つになる感覚が快感になりつつある。


攻撃が効かないばかりか、またも目の前で仲間が光の泡となって俺の体の中に消えていく光景を見たゴブリンたちは、俺の脅威に気が付き始めたようだ。


こいつに触れられたら死ぬ。


だが俺は二体のゴブリンとの融合が終わってないうちに、左に居たゴブリンのコメカミを押し当てる様に触った。ゴブリンの頭蓋骨がボキッと折れる音が聞こえる。


俺はゴブリンのコメカミに触れた瞬間にスキルを発動する。そしてさらに隣のゴブリンに回し蹴りをお見舞いしながらスキルを発動した。


これで5体目。


一瞬で仲間四人が消滅したことで、残りのゴブリンたちは悲鳴を上げながら逃げ出した。俺は手前を走るゴブリンたちを追いかけると、すぐに右手と左手で一体ずつゴブリンの首を掴む。


「やだああああ⁉」

「やめてえぇええ⁉⁉」


俺に首根っこを捕まえられたゴブリンは、自分の未来を察して泣きながらわめき始めた。別にこいつらに恨みはない。せめてもの情けに、俺はすぐにスキルを発動して融合していく。


これで7体。


どんどんと強くなっていくのが分かる。他のゴブリンの位置も匂いと音でおおよそは把握できてる。半分は既に里から出て森の方へ逃げて行ったか。

だがあいつらの脚ではすぐに遠くまではいけない。一人ずつ融合していって、この里のボスを殺せばいい。


俺は後ろを振り向いて逃げ出したゴブリンの元に向かった。


「ぬわ!」


だが大きな屋敷を通り過ぎた瞬間、横から巨大な丸太が自分の脚元に落ちてきた。いや、でもよく見れば丸太じゃない。あまりにもデカイ棍棒だ。


棍棒は地面に斜めに突き刺さっている。俺は首を上げて右を見た。


「でっか」


大きな屋敷に隠れて見えなかったが、そこには三メートル優に超えた巨大な鬼がいた。あれか、いわゆるオーガみたいなやつか。こいつが里のボスに違いない。周囲をのモンスターを追い出すほどの実力だ。よっぽど強いゴブリンがいるのかと思ったが、まさかオーガだったとは。


「納得」


俺が小さく呟いた瞬間、目の前で地面に突き刺さっていた棍棒が俺の元に飛んできた。俺は何とかその一撃を避けると、すぐに走って逃げ出した。


ありゃ絶対に強いわ。もう見るからに格がちげぇ。前腕と上腕二頭筋の太さがゴブリンの肩幅ぐらいありやがる。なんでゴブリンの里にこんなバケモノがいるんだよ。


「小僧、逃げるか」


いったい何十年と生きて来たんだ。渋くも重みのあるオーガの声が耳に響いた。俺はオーガの声を無視して里の外へと向かった。


今回の目的はレベルを上げる前に融合して、ステータスを上昇させることだ。俺は別にオーガにしろ、他の凶暴なモンスターにしろ、そいつらと死闘を繰り広げるつもりなんて一切ない。


そんなことやんない方が良いでしょ。だって痛いよ?怪我だってするし、文字通り死ぬかもしれない。戦って勝つならともかく、死んだら意味ないじゃん。


そんな馬鹿なことしてる奴がいたら俺が言ってあげるよ。痛いから止めな?ってな。それにワンチャンあのオーガに勝てたとしても、大けがしたら終わりだ。戦いに勝っても、その怪我で命を落とすかもしれない。俺の里に治癒魔法みたいなスキルを持ってる奴もいないし、怪我の直りを早める薬草とかポーションみたいな物もない。


戦闘で勝とうが、大きな怪我を負ったらそれだけで負けなんだ。俺はオーガの前を通り過ぎて森の中へと身を隠した。まずは逃げたゴブリンを追って融合をしていこう。話はそれからだ。


耳を澄まし、鼻に意識を集中していく。木や土とは違う、ゴブリン特有の匂いがする。俺は匂いがした方向へと走り出した。


「おわ⁉えぇ⁉」


だがその瞬間、手前の木々が一瞬で燃え広がった。俺はすぐに近くの木に登り身を隠す。すると空から巨大な火の玉が何個も降ってきた。


「くっ…この野郎」


負っていたゴブリンの匂いが煙に紛れて分からなくなった。俺はすぐにその場から離れる。木の枝を伝って西に逃げると、またゴブリンたちの匂いを察知した。


いる、近くに。

それもかなりの数だ。



「はぁ…はぁ…はぁ…どうする?」

「どうするって…」

「あんな奴に勝てるわけない…」

「でもこの川渡っても、俺たちだけじゃ生き残れねぇよ」

「そんなこと分かってるわ!」

「じゃあどうすんだよ!」

「ボスだ!ボスならあいつを殺してくれる!!」

「でも…アイツ手で触れただけで仲間を殺したぞ…ボスだって…」



数は10体。あの時逃げ出したゴブリンの多くが西の川まで逃げてきたようだ。恐らくお互いに匂いを嗅ぎながら合流したんだろう。強い敵に襲われた際は四方八方に逃げて、後で匂いを頼りに合流する。


弱いゴブリンの常とう手段だ。


ゴブリンたちの話を聞いていた俺は、川岸の境に生えていた木から飛び降りた。


「うっ?うわああぁあぁ⁉」

「来たぁ…!」

「なんで…⁉ボスは⁉」


ゴブリンたちは目の前に現れた俺を見るなり、少しでも距離を取るため川の方へ走り出した。俺は川岸の砂利を握りしめると、ゴブリンたちに向かって思いっきり投げつけた。


砂利を握る腕を振り下げるとほぼ同時に、飛んでいった石はゴブリンたちに直撃した。そして石が空気を切り裂く音が遅れて聞こえて来た。とんでもない速さだ。


「ぎゃっ⁉」

「ぶっ」

「ぴょっ⁉」


一回の投擲で三体のゴブリンが倒れた。一体は後頭部に直撃し、残りの二体は上半身に当たった。頭を避けて投げたが中々の上出来だ。俺は続けて砂利を投げつけた。無数の石が逃げ惑うゴブリンに襲い掛かる。


「スラーイック!!バッターアウト!!」


俺の声がむなしく岸辺に響いた。逃げ出した全てのゴブリンは砂利を投げつけて倒せた。良い発見だ。このぐらいまで身体能力が上がれば、石を投げるだけで容易に殺せる。生身の体でも思いっきり石を投げつけられて頭に当たれば最悪死ぬけど、今の俺が投げた石は音速を超えていた。


これならピストルの代わりになるな。


俺は川岸に倒れたゴブリンたちの方へ歩いて行く。頭に直撃した三名は死んでしまったが、それでも7名のゴブリンはまだ息があった。でももうじき力尽きて死ぬだろう。俺は悶えるゴブリンの頭を掴むと持ち上げる。


「うっ…うぅぅ……」


腹を抑えて苦しんでいたゴブリンは、俺に持ち上げられると力を失ったように両腕を地面に下した。ゴブリンの腹には拳ほどの穴が開いていた。穴の向こうに北へと流れていく川が見える。


ゴブリンほどの貧弱な肉体であれば、簡単に貫通してしまうようだ。投石の威力を確認した俺はすぐにスキルを発動した。


「すまないね、これもゴブリン族の繁栄のためなんだ」


俺がいた地球では、魔法もスキルもない世界で人間は星の支配者となった。ドラゴンはいなかったが、それでも人間の何倍も大きく、凶暴な生物たちを人間は集団の連携で滅ぼしてきた。


そんな恐ろしい生き物がスキルや魔法を携え、さらに銃まで手に入れている。この世界のモンスターたちも多くは単独か、群れを成しても数十匹だ。知能がある程度高ければいいが、多くのモンスターは人間ほどの複雑な連携はできない。


高レベルのモンスターであればそれでも対抗できるだろうが、レベルが上がるのは人間も同じだ。それに人間の知能なら、率先してレベル上げの為にモンスターを狩るだろうから余計に厄介だ。


昔いたゴブリンたちの住処は人間の開拓者たちに奪われ、今では冒険者もここまで入り込んでいる。もう時間はかなり限られている。


かわいそう、なんて言っている暇はない。


俺は息のあった七体のゴブリンと全て融合を遂げた。この里だけで既に14体と融合を遂げている。合計では38体だ。オーガと接敵した先程よりも、さらに力を増している。


俺は後ろを振り向いて西の里の方を見た。燃えていた木々の煙は見えない。どうやらオーガはここまで追ってくるつもりはないようだ。


死んだゴブリンも所詮は捨て駒か…それか森の中で戦うことを避けたのか?あの巨体と棍棒だと木々が密集した森の中では戦いづらいか。それに小柄な俺の方が木陰に隠れてヒット&ウエイができる。


それに今俺の方に行けば、単独で戦う羽目になる。ゴブリンたちはまだ里の方にもいたのを確認してる。仲間の援護もある里で戦った方が奴には有利だ。

なにより森の中で火魔法を使えば自傷しかねない。アニメみたいに都合よく開けた土地があればいいけどな。あいにく此処は人の手が入っていない原生林だ。


「厳しいかなぁ…」


とんでもなく強いのに自分の不利な地形では戦わず、有利な地形を選ぶ冷静さと慎重さ。あれほどの力を持っていれば少しぐらい油断してくれてもいいんだがな。


やっぱり長く生き残ってきたゴブリンは、他の個体と一癖も二癖も違うようだ。俺はこれ以上あの里に手を出すことは諦めた。向こうから攻めてきたら相手をするが、これ以上は此方からアクションはしない。


すでに俺の力はかなり伸びているはずだ。腹も減ってきたし、一度川の向こうに居るモンスターたちと戦ってみるか。


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