最弱のゴブリンに生まれ変わったけど、融合スキルで食物連鎖の頂点へ

僕は人間の屑です

ゴブリンに生まれて

日光が遮られた薄暗い樹海の中、大木の枝の上から俺は地面を見下ろしていた。


「そのまま右へ追い詰めろ!俺が仕留める!」


俺は弓の弦を引きながら木の下にいる仲間たちに合図した。仲間のゴブリンたちも擦れた汚い鳴き声を上げながら俺の元へ近づいて来る。


俺が持っているのは木の枝と大猪の腱で作った粗悪な短弓だ。ちなみに自分で作った。弓を作れる仲間に教わりながら、ボスが狩った大猪の腱を弓に巻いて弓力を高めている。短弓で射程は短いが、その分だけ近くで撃てば威力は高い。


高レベル個体では難しいが。若い猪なら首や腹を狙えば簡単に仕留められるようになった。おかげで俺が生まれるまでは悲惨を極めた集落の食糧事情はある程度はマシになった。


マシになっただけで食糧が不足していることには変わりないが。それでもこの弓を作れば狩りの成功率が高くなると、俺が生まれたゴブリンの集落では、すでに大猪の腱を使った弓がセオリーになっている。


それで俺はこの弓を作った功績をボスに認められて、狩り組を束ねるリーダーに選ばれた。ちなみにこの弓のことを他の集落のゴブリンにも広めようとボスに言ったら、すごい剣幕で怒鳴られた。挙句の果てにはスパイ認定までされそうになったが、必死に弁明して難を逃れたよ。


もと人間の俺から見るとゴブリンは若干、頭が弱い。難しい思考も出来ないんじゃないのかなと思う。狩りをしていない時の仲間たちも、半分くらいは麻薬を吸いながら空をボーっと見てるしね。それで他の半分は果物を発酵させた酒をめぐって賭け事をしているし。


体も人間の子供程度で小さいし、力も弱い。これじゃあ森の中で食物連鎖の下にいるのも納得だ。しいてゴブリンの長所を言うのなら免疫に強くて汚い所に住んでいても病気にならないことと、痛みに強いこと。


そしてなによりも――。


「リーダー!猪がこっちに来ますぜ!」


反対側の木の枝に立っていたボムが俺に話しかけた。

俺のいる場所から左の方角から仲間のゴブリンたちの叫び声や、石を叩く音がわらわらと聞こえてくる。そしてその音から逃げる様に、一匹の小柄な大猪が”俺たち”のいる狩場へと入り込んだ。


まだ毛並みの短くて痩せている。

親元から離れたばかりの若い個体だ。

こういう個体はまだ経験が浅く、集団で襲えば半減せずにビビってすぐ逃げる。


つまりは俺たちの格好のねらい目だ。


「今だ!うてぇええええええ!!!」


俺の合図に従って、狩場を四方から囲む位置に居た仲間たちが一斉に矢を放った。引き伸ばされた弓柄と弦が、大猪の腱のおかげで高い弾性をもって矢を目標に向かって押し出される。


十本の矢が飛んでいき、そのうちの五本の矢が一斉に真下を通った猪の背中と首に突き刺さった。


矢にはゴブリンが好んで使う麻薬の原液をたっぷり塗ってある。ゴブリンが麻薬を吸うときは、この原液を水で百分の一に薄めたものに葉っぱを浸して、噛みタバコみたいに摂取する。これを原液で使うと一日中意識を失って、起きた後も手足のしびれが中々消えない程だ。


命を落とすほどではないが、神経系を麻痺させる強力な麻薬成分をもっている。


「ぶぴぃぃぃぃいいいいっ⁉⁉」


矢が体中に深々と突き刺さった大猪は、痛みで泣き声を上げながら、そのまま狩場を通り過ぎて走り去っていった。


ここまで来ればもうこちらのモノだ。俺は下にいる仲間たちに最後の命令を下す。


「槍を投げろ!!」


俺の合図に追い掛け組の先頭を走っていた五人のゴブリンが、木の枝でできた細い槍を猪に向かって投げつけた。


「倒したぞおおおお!!」


「うぉおおおお⁉⁉」


「お肉だああああああ!!」


下にいる仲間たちの歓喜を帯びた叫び声が辺りにこだましていく。


「どうやら仕留めたようですね」


隣の木にいたバロが嬉しそうに声をかけて来た。

ぶっちゃけ俺の中ではこいつらには何の感情も持っていない。所詮は俺が生き残るためのただの駒だ。だって俺がこの世界に来てまだ半年だ。彼女や家族、友達と別れてしまったのに、いきなりこんなキモイ奴らと一緒に過ごさないといけないなんて地獄でしかない。


それでも狩りが成功したのは嬉しい。

俺もバロに連れられて微笑んだ。


すぐに木の枝から飛び降りて地面に立つと、手前には仲間たちが大猪を囲って俺の方を見ていた。


「リーダー!まだ生きてますよ!やっちゃってください!」


俺がこいつらを率いる様になって約束したことがある。ゴブリンは基本的に序列社会だ。上の身分の奴らから順番に食い物を取っていける。だから俺みたいなリーダー格は多くの食事を得て、下の奴らはその日を生きるのに必要な最低限の量しか得られない。


俺はそれを廃止した。

俺たちが獲った食糧はボスに献上する分を除いて、残った食糧を俺もみんなも平等に同じ分を配給する事にした。


これで俺より身分の低い者たちも普段よりも多くの食事にありつける。その代わりに勝った獲物を最後に仕留めるのは必ず俺がすることを条件にした。


なぜか。

それはこの世界には生き物を殺すとレベルアップするという概念があるからだ。そしてレベルを上げていくと身体能力が上がり、時に不思議な力に目覚めるらしい。簡単に言えばスキルだな。


ボスもスキル持ちだ。

俺はそれを狙っていた。


こんな非力なゴブリンで生き残るにはボスのようにレベルを上げて力を伸ばし、能力を伸ばしていくしかない。


そして仲間たちは俺の提案を喜んで受け入れてくれた。俺の感性からしてみれば、レベルアップという概念がある世界で、敵をしとめる権限を渡すのは愚かだと思うのだが、ゴブリンたちは違うようだ。


将来の可能性よりも、今に快楽を享受することを優先する。俺がこれまでゴブリンを見てきた中でゴブリンを評価するとなればこう言うと思う。


むしろ俺やボスのようにレベルを上げて強くなってやろうと考えるゴブリンは一部なのだろう。そしてその一部のゴブリンが実際に強くなっていき群れを率いる様になっていく。


ゴブリンのなによりの強み――数とその繁殖力。


これだけ多くの個体が居て――寿命は意外と長いけど――弱いからすぐ死ぬくせにすぐ繁殖する。つまり集団の世代交代が速いから、同じ時間軸でも他の生物と比べて優秀な個体が出てくる機会が多いのにもかかわらずゴブリンの中から強い個体がなかなか現れないのは、こういったゴブリンの習性が関係しているのだろう。


俺は仲間のゴブリンから槍を手渡されると、荒い息を吐きながら倒れる大猪の首に槍を突き立てた。


これでやっと30体目。


ゴブリンの力は強くない。全身の体重を乗せながら槍を首に差し込み、左右にひねて動かすと、大猪の首と口から大量の血が噴き出した。


口の中ら唾液がギュッと溢れだした。生き物の血の匂いを嗅ぐといつもこうなる。仲間たちも血を吹き出しながら次第に呼吸が浅くなっていく獲物を、黙ってじっと見つめている。食欲をそそる死の匂いに、俺は焦るように槍を揺らしていく。


その時だった。


「うびっ⁉うびびびびびっ⁉⁉」


急に全身が雷に打たれるたような電撃が走った。


「リーダー⁉大丈夫ですか!」


「ガルク君⁉ぶじか!!」


後ろの方で狩り組一番の年長者であるダリアの声が聞こえた。

だがあまりの痛さに俺の意識はもう消えようとしていた。


意識が朦朧とする中、体に走る電撃と共に、その弱った意識の隙をつくように謎の情報が頭のなかに入り込んできた。


「これ…が…スキ…ル?」


「リーダー!なにか言いましたか⁉なんですか⁉」


仲間たちは心配そうに声をかけ続ける。


「大丈夫だお前たち!レベルアップだ」


「れっレベルアップ⁉」

「レベルアップでなんだ?」

「馬鹿!ボスから聞いただろ!」


年長者のダリアが心配して俺を囲む仲間たちを諭し始めた。俺の住んでいる里の中で20年以上生きているのはボス一人。10年はダリア。あとのみんなは大体が1年未満だ。俺たちの前の世代はゴブリンより強いモンスターに狩られたり、他のゴブリンの集落との縄張り争い、たまにこの森の深くまで入り込んでくる人間によって殺されてしまった。


だから仲間の殆どはレベルアップを経験したことがない。

10年生きているダリアでさえ、レベルは5だと言っていた。


それだけ弱いゴブリンにとってはレベルアップとは縁のないものなのだ。


俺はなんとか呼吸を整えていく。

次第に体に走る電撃も収まり、頭に流れて来た情報の整理もできた。


「ふふふ」


おっと。我慢していたのに笑いが漏れてしまった。


「笑ってる?…大丈夫ですかいリーダー…」


「大丈夫だ」


顔を覗かせて心配そうに見つめるボムを無視して俺は立ち上がった。

狩り組の中で最年少の俺を、仲間たちは心配そうに上から囲っていた。


「リーダー!レベルアップしたんですか!」


「ああ」


俺が短く答えると仲間たちは「すげえ、すげえ」と声を上げてはしゃぎ始めた。俺の命令がないと使い物にならない奴らでも、ここまで褒められれば気分は良い。


俺もなぜだか誇らしげに小さな胸を張ってみた。

すると仲間たちから思わず「おぉ」と声が漏れた。

だがお山の大将もこれぐらいでいい。


「さっさと猪を枝に吊るして里に持ち帰るぞ!」


「「「おおおおおお!!!!」」」


俺の命令に仲間たちは拳を上げて勝鬨を上げた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る