第61話『獣の少女』

 村人たちの見送りを受け、俺たちは旅立った。馬車の荷台にはお礼として贈られたカシュラの実が大量に積まれ、辺りには柑橘系の爽やかな香りが広がっていた。


「ありがとう! また来ておくれよ!」

「買った商品、しっかり使わせてもらうぜ!」

「魔法使いのお二人さん、本当に助けられました!」

「じゃあね! お兄ちゃんお姉ちゃん!」


 手の振り合いは互いの姿が見えなくなるまで続いた。

 行商団の面々は長のハリンソに「お得意様ができましたね」と言い、快活な笑みを見せた。ハリンソも嬉しそうに微笑み、魔物から採取した素材に無償で得たカシュラの実と、かなりの売り上げが期待できる旨を語っていた。


「……でもこう言うのは何だが、カシュラの実を積むスペースにワイバーンの素材を多く乗せた方が良かったんじゃないか? そっちのが価値高いんだろ?」

「それはごもっとも。ですがカシュラの実は元々多く仕入れる予定でして。魔物の素材をありったけ売れば膨大な利益が見込めますが、その分先方の信頼を失います。それで悪評を広められれば次の仕事を失うかもしれません」

「商売は信用が第一って奴か」

「えぇ、それに置いてきた部位はあの村の利益となります。家々を壊されて畜産物を多数失った以上、何かしらの商材が無ければ干上がりかねません」


 今だけを見るのではなく先も見据える。ハリンソの商才は確かだった。今回の縁は偶然から生まれたものだが、後々も良い付き合いを続けようと決めた。



 それから数時間草原を歩き、一度休憩となった。

 俺は背からワイバーンの翼を生やして飛び、近場に魔物がないことを確認した。遠方には背の低い山々が連なっていて、街道はそっちの方向に伸びていた。

 町に向かうにはあそこを通過する必要があり、森で一夜超すと言われた。道中には魔除けの魔石が複数生えている地点があり、そこが休憩地となるそうだ。


「それほど広い森ではないので、明日の昼過ぎには抜けられるかと。そこからまた草原を進んでいき、夕方ごろには町に着く計算になります」

「今日中には抜けられないのか?」

「荷物が少量ならそれも考えたんですが、今回は無理と判断します。馬が途中で音を上げるでしょうし、焦ったせいで商品に傷がつきかねません」


 行商団は森の境界線に近づき、開けた地点から中に入った。多少ぬかるんでいる箇所はあったが、雑草が生え放題ということもなく進みやすかった。


「イルンは行先の町に行ったことがあるのか?」

「名前を知っているぐらいです。こっち方面はあまり用がなかったので」

「……故郷を離れて寂しくないのか」

「今のところは何ともですね。住んでいた場所は何もない漁村だったので、色んな人との関わりがある今の方が楽しいかもです」


 そうは言うものの、イルンの口からは故郷のことが語られた。実は七人家族の末っ子だということや、兄妹はイルンを除き全員男性だと知れることができた。


「この『ボク』って口調も兄たちから移ったものなんです。漁村に同い年の女子がいないこともあって、直す機会がないまま定着してしまいました」

「いっそ今変えてみるとかどうだ」

「もちろん考えましたけど、何かしっくりこないんです。わた……わたしって、ボクみたいな女性らしさのない女の子には似合わないです」


 イルンは自分を卑下していたが、意味が分からなかった。確かに体格は小柄なほっそり系ではあるが、顔立ちはとても可愛らしく愛嬌がある。

 思ったままを口にすると、イルンは目をまん丸にした。そして後ろ歩きで荷馬車の影に消え「あ、ありがとうごじゃます……」と俯いて感謝した。


「なぁおい。ハリンソ団長、あれ」

「少年少女の触れ合いです。温かく見守ってあげましょう」

「……なるほど、坊主は生粋の天然ジゴロか」

「かー、若いって羨ましいぜ……」


 行商団のほぼ全員からチラ見された。そんなに失言だっただろうか。イルンは大体十五分ほどで復帰したが、その表情は心なしか嬉しそうだった。

 その後も森を進み続け。日が落ちる前に魔除けの魔石の地点に着けた。行商団の面々はすぐにたき火を起こし、干し肉や乾いた固パンなどを用意し始めた。


「ハリンソ、俺は近くに危険がないか調べてくる」

「分かりました。お気をつけて下さい」

「イルンは何かあった時のために待機してくれ。大声を張り上げてくれればワイバーンの翼ですぐに駆け付けられる」

「了解です。くれぐれも無理はしないで下さい」


 俺は身体強化魔法で走り出し、野営地周辺を駆け巡った。魔除けの魔石の効力のおかげか魔物の姿はなく、森全体には静謐な空気感が漂っていた。


(……何というか、この静けさがいいよな。アルマーノ大森林を思い出す)


 あちらとは生えている植物が違うので別の場所だ。だが木々に這ったツタや辺りを飛び交う羽虫、枯れ葉に苔むした地面等の類似点は多く見つかった。

 俺は湿り気をおびた空気をいっぱい吸い込み、吐き出した。このまま走り出せばあの懐かしき景色に帰れるかもしれない。そんな馬鹿なことをぼうっと考えた。


「……本当に今更だが、世界を救うってとんでもなく重い言葉だ」


 目指す道はこれで合っているのか、どうしても考えてしまう。少なくても町に行くことまでは決まっているのに、別の選択肢があるのではと悩んだ。

 モヤモヤ感を抱いたまま野営地に足を向けると、ガサリと草音が聞こえた。場所は斜め前方の茂みで、何かいるのかと近づいた。その瞬間のことだった。


「――――ねぇねぇ、さっき何て言ってたの?」


 耳に届いたのはキンと高い声音で、その方向に振り返った。

 枯れ葉の上に立つのは灰色のフードを被った何者かだ。俺のことを値踏みでもするかのように見つめ、身を裂くような殺気を向けてきた。


「……誰だあんた?」

「先にこっちの質問に答えてよ。さっき何かを救うって言ってなかった?」

「ただの空耳だろ」

「そう、それは残念。面白いお話が聞けそうだったのにぃ」


 何者かはおどけた仕草で足を蹴り上げ、枯れ葉を散らばした。そのままクルッと一回転し、落ちてきた枯れ葉を一枚残らず切り裂いた。

 よく見てみるとその手は人のものではなく、毛と爪と肉球が生えた獣の前足となっている。胸元や腰つきは少女のそれで、二の腕にお腹回りと露出多めな服装をしている。フフンとした鼻息でフードが脱がれ、隠された顔が露わとなった。


「――――っ!?」


 少女の髪色は俺と同じ真っ白さで、前髪のひと房だけが桃色だった。頭頂部にはネコ科の耳がピョコンと生えており、紫色の瞳には縦型の瞳孔があった。思い浮かぶのは『獣人』という名だが、即座に否定した。相手が何者か分かったからだ。


「……お前は、キメラか」


 俺の問いに少女は笑い、爪を剝き出しにして答えた。


「――――そうよ、あたしは獣のキメラ。名前は『カイメラ』って言うの。短い付き合いで終わるでしょうけど、どうかよろしくね」

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