第8話『魔よけの魔石』
リーフェと過ごすようになって数日が経った。日々行った自然治癒スキルの効果は抜群で、骨折した右腕は無理のない程度にまで動かせるようになった。
朝食が終わり次第俺は外へと出かけ、二層に戻るためのルートを模索した。
急斜面の土質は植物が生えないほど脆く崩れやすく、滝がある場所にいくつか木や草が生えているのを見つけた。移動経路として頭に叩き込んでおいた。
(ただ今の俺だと時間が掛かりそうだな。登っている途中に襲われなきゃいいんだが)
俺はともかくリーフェは簡単に大怪我してしまう。油断は禁物だ。
滝つぼから魚を三匹回収し、さっさと帰ることにした。すると急に強い風が吹き、勢いに押されて顔を上げると崖の上に二角銀狼を見つけた。
その姿には何者も恐れる力強さがあり、相対した者として背筋が震える。次は絶対に勝とうと決意すると、思いが届いたかのように向こうもこちらを一瞥した。
「………………」
「………………」
互いに吠えの一つもなかったが、「かかってこい」と言われた気がした。俺たちは静かに殺気をぶつけ合い、どちらともなくその場から去った。
そうして急斜面沿いに走り、リーフェの安否を気にして洞窟へと戻った。
中から聞こえてきたのは清らかな声音で、リーフェが歌詞のない歌を口ずさんでいる。不思議と身体の疲れが和らぐようで、ほどほどの距離から歌声に耳を傾けた。
「――――、――……ふぅ。あっ、魔物さん。おかえりなさい」
一通り歌を終えたところでリーフェは温かく迎え入れてくれた。
早速戦利品の魚を並べていくと、リーフェは鋭く尖った石を持って魚の腹を割いた。結構な手さばきで内臓が取れ、瞬く間に鱗が剥がれていった。
「昔孤児院にいた時に教わったの。先生は優しい人だけど、自分の食い扶持は自分で稼げって厳しいことも言う人でね。お祈りの日以外は忙しかったんだ」
朝は畑仕事から始まり、お昼は掃除と子どもの世話をして過ごす。午後は先生の元で勉強をし、夜は夜で編み物などをする。大変そうだが楽しそうだった。
けれど孤児院を出るという段階になり、リーフェの声に影が入るようになった。
「……理事長のことは好きなんだけど、本当はもう学園に行きたくないんだ。でも期待してくれた以上はその思いに応えたい、応えなきゃいけないの」
「ギャウ……」
「歌魔法が使えれば一番良いんだけど、まだ使えないの。本当に困っちゃうよね」
そう言って笑うリーフェは儚げで、俺はキメラの頭を身体に押し当てた。リーフェは抵抗することなく受け入れ、ギュッと頭を抱いて少しだけ身体を震わせた。
落ち着いたところで魚を焼き、無言で身を頬張った。バリバリと骨を噛み砕いて食事を終えると、リーフェがわき腹の辺りにチョンと触れてきた。
「魔物さん、少しお願いがあるんだけどいいかな?」
首を傾けるとリーフェは自分が倒れていた場所に戻りたいと言った。
そこには『魔物避けの魔石』なる物があるらしく、今日にでも回収したいそうだ。
特に断る理由もなく、俺は立ち上がって洞窟の入り口まで歩いた。そして姿勢を低くしてツタを動かし、「ここに座れ」と示すように背を叩いた。
リーフェはパッと表情を明るくし、すぐ背中に乗ってくれた。そのまま走ると落とす危険性があるため、しっかりとツタで固定して森へと駆け出した。
「凄い凄い! 魔物さん、すっごく速いよ!」
年相応にはしゃぐ姿に過去を語った時の悲しさは残っていない。色々な意味で外に出て正解だったと思い、最短ルートで行こうとした時のことだった。
茂みをかき分けて巨大な蜘蛛が現れた。横幅は三メートルもあり、色は黒々としている。腹の部分だけが毒々しく赤く、それなりに強そうな魔物に見えた。
(…………戦ってみたいところだが、ここはリーフェもいるし退くか)
迂回して逃げようとすると退路に糸が飛んできた。どうやら向こうは戦う気のようだ。
危険なのでリーフェを背から降ろすと、俺の耳元で蜘蛛の情報を告げてきた。吐き出す糸に神経麻痺の毒があるそうで、本体の戦闘力は低めと教えてくれた。
「あの身体の大きさで獲物を怖がらせて、糸に逃げて行ったところを捕まえる。もちろん弱い魔物ではないけど、見た目ほど強い相手でもなかったはずだよ」
情報の裏付けとでも言うかのように蜘蛛は沈黙を保っている。よく見ると周囲には細い糸が張り巡らされており、逃げたらまともに毒を受けるところだった。
「――――魔物さんなら絶対に戦って勝てる。私はそう信じるよ」
その言葉はとても心強く、格好良いところを見せると決めた。
即座に背中のスライムをすべてツタにし、一歩ずつ蜘蛛との距離を詰める。間合いに入ったところで尻尾のキノコから煙幕を発し、急加速で突っ込んだ。
動揺した蜘蛛は糸を噴射するが、正面方向にあった木を盾にして防いだ。さらに幹を蹴って登り、煙の中で視線を右往左往させる蜘蛛に直上から奇襲を掛けた。
身体に乗って柔らかめの体表に噛みつき、ツタを絡ませていく。ものの数分で身動きを封じてみせ、頭の方まで移動して首元に狙いを定めた。
(あいつと戦うためにも俺には力が必要だ。お前の肉体、もらうぞ!)
振り下ろした牙が身を裂き、蜘蛛は足を痙攣させて絶命した。
そのまま味の薄い身を喰らっていると、蜘蛛の情報が頭の中に入ってきた。
背中 毒糸蜘蛛 自動スキル 毒軽減(小) 任意スキル 毒の糸
試しに蜘蛛の足を生やし、数歩ほど多脚歩行を試してみた。安定性に関してはなかなかのものがあったが、機動性は角狼より数段落ちる。使いどころが重要だ。
一通り堪能してウルフスライムに戻ると、リーフェは目を輝かせて俺を観察した。そう言えば喰った魔物の姿を見せるのは初めてで、かなりの興味を惹けたようだ。
せっかくなので色々な形態に変身してみた。リーフェはとても喜んでくれたが、想像以上に疲れてしまった。短時間で肉体を切り替えるのは辞めた方がよさそうだ。
それからはハプニングもなく船の墜落地点に着き、魔除けの魔石を回収した。
背に乗せられなくなったため帰りは徒歩となるが、リーフェは頑張ってくれた。歩きながら半透明な結晶体を一瞥すると、どんな物なのか説明してくれた。
「この石は魔物避けの魔石って言ってね。どこでも取れる物なんだよ」
「ギャウ?」
「ほら、あそこに見える大きな結晶体も同じもので、人類史はこの魔石を中心にして栄えていったと言われてるの」
示された方角にあったのは転生時に見た塔のように巨大な結晶体だ。
大昔はアルマーノ大森林以外にも魔物がいたそうで、旅に出る時は魔石のお守りを持つのが通例だったとか何とか。そこで思い出されたのは光の玉との会話だ。
(……そういえば魔物がアルマーノ大森林にしかいないって話の時、『この時代において』とか言ってったけ。あれはこういうことか)
過去に何が起きて魔物が消え去ったのか、そんな疑問が湧いた時のことだ。
突然大地を震わせる轟音が鳴り、空を割るようなけたたましい咆哮が響いた。さらに激しい衝突音が連続して発生し、周囲一帯の鳥たちが慌ただしく飛び去った。
音の正体は恐らく魔物と魔物のぶつかり合いで、距離はさほど離れていない。運が良ければ強い魔物の死体を無償で取り込める可能性があった。
そんな思いを察するかのように、リーフェは目に強い意思を灯して言った。
「――――見に行こう魔物さん。あそこに何があるか、二人で」
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